さがし物は何ですか

「ない!、切符がない!」
そろそろ京都駅の新幹線のホームに上がろうと、悠然とエスカレーターに乗ろうとし
て、オーバーコートのポケットに手を。
「13時29分発、ひかり522号東京行き」の車両に乗るためには、5分前にホームに上が
ればいい。それまでは日本酒の熱燗を2本ほど飲みながら、ゆっくりとランチの寿司定
食でも食べてればいい。
そのようないつもの旅行スタイル。
あとはグリーン車の座席に埋もれ、文庫本を手に半睡しながら帰路に着く。
これで今回の小旅行(28〜29日の一泊二日の奈良への旅。石上(いそのかみ)神宮参
詣と、高校時代の級友との夕食懇談が目的)も、完璧にスムーズに終了。
と満足感に浸るところだったのですが。
胸の中で、思わず冒頭の叫びを上げてしまいました。

オーバーコートの左右のポケットを手探り。しかし、中に入っているのは東京で使う
「パスモ」の磁気カードのみ。
オーバーは車内の座席に着いた時に脱ぐのが習慣。それまでに新幹線改札口を通り、
さらに車両番号と座席番号を確認するために、切符は取り出しが容易なオーバーのポ
ケットに入れてあるはず。
しかし、ないのです。
「そうだ、背広のポケットだ」と思い直し、今度は背広の左右の表ポケットを手探り。
オーバーに入れておくと、無意識のうちに手の出し入れの拍子で、切符が抜け落ちる
危険がある。とりわけ昼食に燗酒を2本飲んでいるので、危ない。
内の背広に入れておいた方が安全。寿し店を出る際にそう考えたはず。
でも、出てきたのは手帳と3枚の名刺と目薬だけ。
「あわてるな」と自らに言い聞かせ、手帳の中、裏表紙の間に挟んである紙や写真の
間をチエック。
さらに、念のために裏ポケットの左右の物を全部出し、財布の中まで点検。
でも見当たりません。

「そうだ、改札口で乗車券と特急券を二枚重ねで入れたのは良いが、取り出し口に
そのまま忘れて来たのかもしれない!」と、冷静に考えたら普段からまず200%あり得
ない行為も、その時は確信に似た想定をし、慌てて改札口近くの駅員に駆け寄り、
「改札で切符の忘れものがありませんでしたか?」と。
「いや、ありません。他のお客さまからの届け出もありませんし。どこの改札口でし
たか。中央口ですか?」
そう問われると、近くに二つある改札口のどちらから入ったのかも定かではなく、
「ううん、ここかな、あっちかな。とにかく入ったんですよ。だけどポケットにない
とすると、落としたか改札で取り忘れたか、、、」

そんなやり取りをしている間に、「13時29分発ひかり522号東京行きが到着します」と
のアナウンスがホームから聞こえてきます。
駅員はすでに他の駅員と他の案件でやりとりを。
私は深呼吸をしながら覚悟をしていました。
「これは、何事もあせるな、あわてるなという神の声かもしれない。切符がなかった
ら買い直そう。
ひかりの特急券と乗車券の運賃は、「大人の休日倶楽部」で3割引きだった。しかし
この後ののぞみだと、割引はきかない。それでもいい。
余計な出費だが、天の声が俺に何かを悟らせているのだろう」
そうあきらめて、何気なく背広の右ポケットに手を入れ、手帳と3枚の名刺を取り出し、
やや虚脱状態でそれらをいじっていました。

すると、名刺の間から2枚の切符がチラリと見えたのです。
「あれっ?あったぞ!」
不思議なもので2回も名刺をチエックしたのに、3枚の名刺の間に張り付くように隠れ
ていたのです。
切符も名刺もサイズはほぼ同じ。
「あれほど入念にチェックしたはずなのに?」
と信じられない気持でしたが、発車のベルに我に帰り、エスカレーターを駆け足で上
って閉まる寸前、ドアに身体をこすられながら滑り込んだのです。
「危ないですから、駆け込み乗車はおやめください」のアナウンスに快感を覚えなが
ら、「いや、助かった。余計な出費がなくなった。さて、そうすると缶ビールに、お
つまみに、、、」

やれやれ、こりない性分です。
でも、たしかに「今年1年。慌てることなく、勇んで進もう!」と痛感したことは確か
です。
さて、あなたのさがし物は何ですか?
金ですか?やりがいのある仕事ですか?恋人ですか?健康ですか?
お互いに、さがし物は「あわてずに」探しましょう。

それでは良い週末を。