花水木いつの日か

「ここは桜の苗木だ」「ここにはモミジの苗木があるよ」
ホール・アウトして4人乗りの乗用カートで、次のホールに向うカート道沿い。
添え木で支えられた桜や楓の若木が植樹されています。
気温は30度を超え、直射日光は頬や半袖からむき出した二の腕がピリピリするほどの
強烈さ。
5月にして早や熱中症予防警報が出るのですから、今年の夏も異常な暑さに見舞われる
のでしょうか。
それでもカートが緑陰をくぐって走ると、カラッとした涼風が体温を鎮めてくれ、心
も晴れやか。
木々の緑が鮮やか。目線は様々な樹葉の揺らめきに向けられ、そして冒頭の言葉が出
ます。
コースのメンテナンスの一環として、随処随所に緑の苗木が一斉に植えられているの
です。
どの若木も細い幹で、背丈は私の身長(170p)ほど。
「この苗木を、2〜3本貰っていきたいもんだ」
私はつい本音を口にし、他の3人の苦笑を貰っていました。
時は先週の土曜日、5月31日。
場所は、長野県佐久市佐久穂町の「佐久リゾート・ゴルフ倶楽部」。
毎年この時期恒例の、佐久市役所の若い仲間との親睦ゴルフ。

この日の前日(5月30日)のこと。
私は長野新幹線「佐久平駅」で小海線に乗り換え、昼過ぎに小諸に。
向った先は「梅香園」という、あたりでは名の知れた造園業者。
そこで、佐久の小宅の庭に植える「ハナミズキ」と「アオダモ」の若木を買い、軽四
輪に積んで梅香園の社長と一緒に佐久の家に向ったのです。
去年の同時期に、この店で3メートルほどの「サルスベリ」「イロハモミジ」の花木
と、1メートルほどの「ウメ」と「ジュンベリー」の苗木、それに低木の「ニオイツ
ツジ」を買って植え込みをして貰ったので、双方、気心は十分に承知。
「やあやあ」と挨拶を交わし、広大な店の周りの土地に配列された様々な樹木や草花
の中から、精力的に見て回って選りすぐったのが、前述の樹木や花の若木。

話は少しそれますが、この50歳前の精悍な若(?)社長は、身長は私と同じぐらいで
すが、毎日の造園・土木仕事で鍛え抜かれた身体は、まさに「マッチョ」!
土埃が付いた作業ズボンに濃紺の半袖Tシャツ姿。
顔は褐色に日焼けし、サラッとした濃い短髪に韓流の甘いマスク。
むき出した腕は丸太の様な太さ。
どう見ても二人がかりでないと持ちあげられないハナミズキを、樹木に巻いたベルト
を肩にかけ、容易に搬送するのには「さすが!」と唸りました。
何事の動作も、丁寧に素早くこなしていきます。
それだけではありません。
乾燥した土の道を砂塵を舞い上げながら走る車中で、色々な雑談をするのですが、誠
実な話しぶりで好感が持てます。
秘めた男気が感じられ、「この人は、本当に造園・植木職が好きなんだな」と直感。
「親の代からの仕事だろうが、貴方は何年になるの?」
「もう30年近くやってます」
「超ベテランだね」
「いやあ、まだまだ知らないことが多くて。店で7〜8年になる若い職人が3人ほどいま
すが、彼らも毎日、黙々と修業していますよ」
「今は、定年退職した連中に、植木職の人気が高いみたいだね。シルバー人材派遣セ
ンターでも、結構、草刈りとか植木の剪定とかが特技だと言って、登録している高齢
者が多いみたいだよ。
私の佐久の家の小さな庭でも、昨年の夏は草取りを数回したけど、この夏からはシル
バーに頼んだ方が合理的かもしれないと思っているんだ。時給1000円ぐらいだろうか
ら、2時間もあれば十分だよな」
「草刈りは、電動草刈り機で刈るだけですから。草取り・草むしりは根っこから取る
から、時給はその1.5倍でしょうね。そのかわり確実に草の除去が出来ますがね。いや、
他から種子が飛んできてすぐに生えるでしょうが」
「そうか。刈るのと取るのでは大違いなんだ。なるほど、草取りを頼んだら、しゃが
んでの手作業で何時間かかることやらだな」
「彼らは時間で流しますからね」
「そういえば数年前、私がニンニクの皮むきをシルバーの7人に依頼したら、1日で終
了する予定が殆ど進捗していないので、私も途中から加わって作業をしたんだがね。
横眼で覗いていると、こちらが3個処理する間に1個のペースだったね。結構疲れるか
ら無理ないが、急遽、翌日は看護学生を12名雇って仕上げたことがあったが、作業内
容を考えて依頼しないと難しいね」
「それとシルバーさんに庭木の剪定を依頼したら、大事にしてきた庭木を坊主にされ
て枯れてしまったとか、形を崩されてしまったので修整してくれというお客さんが多
いですね。
話を聞くと、庭木○○士の資格があるというんですが、これらは民間団体が勝手に作
っている資格で、殆ど実技をしたことが無い人が、認定証を交付されている例も多い
んですよ。
本来の庭師の資格は国家試験に合格しなければ取得できないんですがね。まあ、色々
な人がいますから」
「なるほど。どの世界でもプロフェッショナルになるには、相当の訓練が必要だよな。
ボランテイア的な感覚で行うなら、単純な時間作業を選ばないと、責任がとれなくな
るよね」

佐久の小宅に着き、すぐに植樹の位置を指示。
彼は、シャベル1つで石の多い固い地質の地面を凄い勢いで掘り、そこの立ち位置を私
が再度チエックして植込みを。その後、バケツの水を何杯も根元にかけて、「これで
終わりました」。
その間、20分ほど。
私が一人で、いや、近所の知人などに頼んで二人で作業したら優に1時間以上かかり、
翌日は身体中が痛くてダルクて往生したことでしょう。
ついでに、昨年植えたサルスベリやモミジの成長度合いを、葉の色や枝ぶりから観察
して貰うと。
「いいですよ。問題ないですね。夏にサルスベリが咲くかもしれませんね。
ただ、根元にかけてある枯れ草はどけてください。害虫の巣にになって木がやられま
すから」
「そうか。降雨の少ない佐久では、保湿作用があるから根元を覆うようにかけていた
が、数十センチ離さないと駄目なんだな」と教えられ、全ての木の根元をきれいにし、
その後に害虫駆除剤をパラパラと撒いておいたのです。
「柿の木が欲しかったけど、桃栗3年、柿8年でしょ?余程の成木を植えないと、8年も
待っていられないからね。
サルスベリやハナミズキもそうですよ。
もっと成長したやつが欲しかったが、余り大き過ぎても鬱陶しいし、成長を見るのも
楽しみだから、、、」
「そうですね。何かありましたら遠慮なくご連絡ください。それでは失礼します」
彼は律儀にお辞儀をし、乗車してターンし、再度窓から白い歯を見せて発車して行き
ました。
私は軽く右手を上げ、見送ったあと、西に傾き始めた陽の光を受けている、植樹した
ばかりのハナミズキを、いつまでも眺めていました。

「あと10年。いや、まずはあと3年。
お前はこの地で3歳、俺は人生70歳になっている。
あっという間の時間だが、せめてその期間はお互いに成長して行こうな。
枯れるなよ。
俺も枯れないでいくからな」

いつの日か(まだ咲いていない)ハナミズキの白い花が咲くことを、心から夢見てい
るのです。
その頃は、我が国の社会にも、誠実で明るい花がちらほらと咲き始めていることを、
期待しながら。

それでは良い週末を。