「あれ?どこにいるのだろう?」
水槽代わりにしている比較的大きなガラス壜を眺めると、いつもピンピンと尾ヒレを
動かしているメダカの姿が見当たりません。まさにキツネにつままれたよう。
青山の事務所に着くと、私はすぐに本箱の上に並べてある観葉植物の鉢に水を与える
ことと、メダカに餌をあげるのがならいとなっているのです。
この日(9月30日)も無意識の動作で餌の入った小瓶を取り出し、ガラス壜の広い口
の上からフリカケご飯のように水面にパラパラと餌を振りかけようとしたのですが、
たった1匹しかいないメダカの姿が忽然と消えているのです。
そこで、改めて水面に目を近づけて凝視すると、壜の底に白い腹を上にして沈んでい
るメダカが確認できました。
この1年、往時の金色に輝く細い肢体が失せ、白くブヨッとした魚形で緩慢に泳ぐ姿
に、近い将来にこの様な日が来ることを予感していたのですが、まさかというやるせ
ない気分に陥りました。
たった1匹の、我が事務所にいた愛すべきメダカ。
いなくなってしまったのです。
5年前、乃木坂の事務所にいた頃、通りにある花屋さんの軒先で売っていた2匹のメダ
カを衝動買い。
水草を入れた小さな壜に入れて飼い始め、飼い主の厚情(?)に包まれてメダカも平
穏な日々を送っていたのですが、例の「2011年3月11日の大地震」で1匹が死亡。本震
の段階でメダカの壜がラックの上から落下し、間髪いれずに襲来した震度5強ほどの
強烈な余震に、私が老朽化したマンションの3階の部屋の窓枠につかまって呆然となっ
ている隙に、絨毯の上で息絶えてしまったのです。
余震が長過ぎたのか、私の氣づきが遅すぎた(トロかった)のか。
悔やまれました。
その後、1匹ではメダカも私も余りにも寂しいと感じたので、若いぴちぴちした2匹
(金色が濃く、魚形もスマート)を急遽購入。合計3匹に。
そして今春、青山1丁目駅前のマンションに事務所を移転した際に連れて来て、同居
を再開したのですが。
梅雨に入ってから、私のテンションというか物事に対する好奇心が「最近何となく低
下してきたな」と薄ぼんやりと考えていた頃のある日、壜を覗くと底に2匹のメダカ
が沈んでいたのです。
それも先輩の方のメダカ1匹を残し、若輩の2匹が逝ってしまったのです。
私は、一瞬唸りました。そして反省しました。
「そう言えば、老化現象、いや加齢現象の一つに、物事に対する興味や関心が薄れる
こと、が上げられているが、私もその例にたがわず、メダカなどに対する関心が薄れ、
飼育がおろそかになっていたのかもしれない」と。
一方、最近の政治や社会の退廃化・無気力化に嫌気がさし、日本の将来に希望が持て
ずにいる心情も事実。
ともすると「最早なるようにしかならない。どうぞご勝手に」といったところだった
のです。
しかし、そうした気分感情も「無こ」のメダカに及んだのかもしれない、と。
その後、新参のメダカを買い入れる気持にはなれず、「この5年以上生き伸びている、
人間としては高齢者のこのメダカ1匹を、じっと見守っていこう」と決め、壜の水は
適宜適切に据え置きの水と交換して水質と酸素を保つようにし、連休や旅行前にはや
や多めに餌を与えてきたのですが、冒頭に記述したように、先月末に昇天してしまっ
たのです。
話は少し変わって。
私の妹は小さい頃から動物が好きで、独り者の現在も非常に可愛がりながら文鳥を飼
っています。
今の文鳥は2代目。
良く飼いならされています。
例えば、妹が風呂に入る時に籠から出し、風呂に浸かってから「ピイピイおいで!」
と声を掛けると居間から廊下、そして浴室までを喜び勇んで飛んできて、浴槽の妹の
両手の平のお湯で嬉しげにピチャピチャと湯浴びするとのこと。
その初代の文鳥が亡くなった時、妹はショックのあまり1週間寝込んでしまいました。
そうした動物に対する深い愛情と、私のたった1〜3匹の適当なメダカ飼いなどとは比
べようがありませんが、犬や猫などを飼っている人の気持が数センチぐらいわかっ
たような気がした、9月30日のメダカの消失でした。
その翌日、私は67回目の誕生日を迎えました。
今はあの小さな小さなメダカが、自分の死と入れ替えに、飼主に何となくメッセージ
を残してくれたような気がしているのです。
「たった一度の人生ですよ。毎日を悔いなく元気に生きて。貴方らしく!」と。
それでは良い週末を。