安保法案に思う

「安全保障関連法案」の審議が、国会(現時点では衆議院特別委員会)において行わ
れています。
新聞・テレビのマスコミ各社は、その審議内容や進捗状況を各社の思惑(編集方針)
に則って報道しているので、その視聴するテレビ番組や購読する新聞によって、国民
・有権者の意見も左右されてきます。
(注・私の印象では、読売新聞・日本テレビグループと、フジテレビ・産経新聞グル
ープは安保法案推進派。朝日、毎日、東京新聞は安保法案反対(慎重)派)

さらに、この安保法案に対する総理・防衛大臣・外務大臣等閣僚の答弁内容が抽象的
で不一致になることも多々あり、マスコミの報道からは、安保法案がどの様なものな
のか、一般の国民には良くわからない現状といえます。
きっと、肝腎の国会議員たちも、法案全体を確実に理解している人は殆どいないので
はないでしょうか。
さらに自民・公明の連立与党の議員達は「国会の審議で上げ足をとられるから、発言
を控えるように」とのかん口令が引かれているとのことなので、当初「丁寧に、しっ
かりと説明し、国民のご理解を得ていきたい」といった公約は、全く進んでいないと
言わざるを得ません。

それでいて、10日の特別委員会の審議において、安倍首相は「80時間を大幅に超える
審議を通じて議論は深まった。委員会で十分審議したと判断されたら、決めて貰いた
い」と、早期の採決を委員会に求めていました。
この日の岡田・民主党代表が、集団的自衛権に基づく武力行使を可能にする「新3要
件」について質問。
新3要件とは次の通り。
@ 日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、我が国の存立が脅かさ
れ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
(存立危機事態)。
A 我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない。
B 必要最小限度の実力行使にとどまる。
これらを満たせば可能に。
岡田代表は、朝鮮半島有事で集団的自衛権を行使するケースをあげ「(日本を守るた
めに活動中の)米艦への攻撃が、なぜ(行使の要件になる)日本の存立危機となるの
か?」と質問。
これに対し首相は「(存立危機は)総合的に判断する」と答弁。
この様に、「総合的に」とか「全てを網羅的ににはできない」「固定的に定めていく
のは難しい」といった答弁や、すれ違いの答弁の繰り返しが多い審議状況。
これでは国会内の議論どころか、国民・有権者の理解も進みません。
ことほど左様に、政府内・外でも明確に答えられるものはいない安保法案の中身。

そもそも、衆参の過半数の議席を擁する政権・与党の立場からすると、議論が進もう
が遅延しようが、一定の審議時間の経過実績さえ積めば、いつでも一挙に採決する腹
積もりがあるのでしょう。
「今までの日本は、「決められない政治」が続いていた。しかし、安倍政権は決めら
れる。世論の動向を忖度して躊躇していたら、物事は進まない。決めてしまえば国民
・有権者は黙ってついてくる」
うがった見方かもしれませんが、これが政権・与党の本音だと、私は推測するのです。
最近2回の衆議院議員選挙と1回の参議院議員選挙で、過半数近い有権者は投票を棄権
し、結果、少ない得票率でも両院の議席の圧党的多数を獲得してしまった「驕り」が、
きっと根底にあるはず。
「私達は多くの国民・有権者の支持を受け、信認を貰っているのだ。少数野党や学者
ごときが何を言おうが、政治の責任を負う我々の判断が第一」とばかり。

マスコミでは「集団的自衛権は合憲か違憲か」「安保法案に賛成か反対か」「安保法
案の今国会での成立に賛成か反対か」などと世論調査を行っていますが、先に述べた
マスコミ各社の安保法案に対するスタンスの違いから、それぞれの回答にはバラツキ
が見えるようです。
2問目と3問目は類似の設問。
今現在では、それぞれ「違憲」「反対」「反対」が多数の模様。
3問目は「もっと慎重審議を」という消極的反対を含んでいます。
しかし、2問目の安保法制については、ときに「賛成」が多数の場合も見受けられます。
「中国などの武力を盾にした海洋進出や、北朝鮮からのミサイル攻撃の危険など、我
が国を取り巻く環境が根本的に変容し、時々刻々と変化している今日の状況を踏まえ、
日本の安全保障体制の強化を図るために安保法制の整備を行うことに、あなたは賛成
ですか、それとも反対ですか」と問われたら、「賛成」と回答する人が少なくないで
しょう。
したがって、回答には時としてネジれが起こるのです。
集団的自衛権は違憲だが、(集団的自衛権の行使を含んだ)安保法制(案)は賛成、
と。
憲法の議論と安全保障の議論が、次元を同じくして俎上に乗せられているからでしょ
う。

私は、曖昧でわかりずらい安保法案の議論の原因は、「集団的自衛権の行使」を容認
した昨年7月1日の「閣議決定」にあると思っています。
「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」
の表題で、結構読みづらい文章が長々と続いている閣議決定の全文。
最後から3番目と2番目の段落にきて、「集団的自衛権による「武力の行使」には、他
国に対する武力攻撃が発生した場合を契機としたものが含まれるが、憲法上は、あく
までも我が国の存立を全うし、国民を守るため、すなわち、我が国を防衛するためた
めのやむを得ない自衛の措置として初めて許容されるものである」と述べ、ここで婉
曲に、今後は自衛隊による集団的自衛権の武力行使を図っていくことが宣言され、最
後の段落で「今後、こうした活動を実施できる根拠法となる国内法を整備し、国会に
おけるご審議を頂くこととする」で、結んでいます。

そもそも、この閣議決定の内容の妥当性、合憲か違憲かを当時に大議論すべきところ
が、なし崩しに時間が経過。
いま、ようやく安保法案の中身から具体的に議論することが始まったのですが、憲法
論議こそ第一義的な喫緊の課題。
しかし、良く聞こえてくる憲法論議、特に違憲論に対する反論として「仲間の国が武
力攻撃を受けて危機に瀕している時、日本は黙って見ているだけでいいのか。国際的
にそんなことは通用しない」「中国の軍事的脅威が増大している状況で、アメリカな
どの同盟国軍の抑止力が必要だ。現行憲法が発布された1946年の頃と現在では、国際
環境が激変している。現代の危うい国際状況からみて、集団的自衛権の行使は絶対不
可欠だ」といった意見を良く聞きます。
私は、それはそれで正論だと思います。

しかし、だからといって憲法を棚上げし、安保法案を情緒的に肯定するのは、本道か
ら外れた議論。
安保法案の成立を図る前に、安保法案の合憲性・違憲性を明確にすることが、立憲主
義に立つ日本国家の本道。
政策の立案、制定、施行に関する国政。
「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、
国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の
代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する」と、日本国憲法前文にあ
るように、時の為政者が常に忘れてはならないのが、国民・有権者の声。

それでは「安保法案」(閣議決定の政権方針を含む)は、一体どうなのか。
私は次の2点が、極めて重要な見解だと思います。
@ 6月4日に開かれた「衆議院憲法審査会」に招致された、3人の憲法学者の意見。
3人とも「憲法違反」と明言。
自民党推薦の長谷部・早大教授は「個別的自衛権のみ許されるという憲法9条の論理で、
なぜ、集団的自衛権が許されるのか。従来の政府見解での基本的な論理の枠内では、
説明がつかない。法的安定性を大きく揺るがすことになる」。
民主党推薦の小林・慶大名誉教授は「憲法は海外で軍事活動する法的資格を与えては
いない。集団的自衛権は仲間の国を助けに海外へ戦争に行くこと。露骨な戦争参加法
案だ」。
そして維新の党推薦の・笹田早大教授は「従来の安保法制は内閣法制局と自民党政権
が、(合憲性を)ガラス細工のようにギリギリで保ってきたが、それを踏み越えてし
まった」。

これらに対し、菅官房長官は「全く違憲でないという著名な憲法学者もたくさんいる」
と弁明。
しかし、実情は次のごとく。
A 7月11日付で朝日新聞から報道された「安保法案に関するアンケート調査結果」。
「憲法判例百選」(有斐閣、2013年発行)を執筆した、209名の憲法学者を対象に調査。
設問は「安保法案の違憲性」。
回答は122名。
その内訳は「違憲」104名、「違憲の可能性がある」15名、「違憲ではない」2名、
「無回答」1名。
圧倒的多数が「違憲」としていることで明白なように、「他衛」を本質とした集団的
自衛権の行使を容認した安保法案は、「解釈の限界を超えている」というこのなので
しょう。
法案を合憲とした、ある大学の准教授は「違憲かどうかではなく、日本や国際社会の
平和と安定に真に貢献するかという政策論議を、国民は期待している」と述べていま
すが、それは先に述べたように今回の憲法論議とは別に、今後の基本的な安全保障論
議で深める事柄ではないでしょうか。

憲法第98条にはこうあります。
「この憲法は、国の最高法規であって、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務
に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」と。
また、99条にはこうあります。
「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重
し擁護する義務を負う」と。
今回の安保法案について、我が国の斯界の権威ある学者たちが、こぞってその違憲性
を述べている中、これらを無視して強引に法案を採択して成立を図るとしたら、もは
や日本は立憲主義国家の崇高な誇りと民主主義国家としての信認が失墜し、近隣の幾
つかの国と同様、無法がまかり通る「独裁政治」(注・強大な権力をもつ単独者・少
数支配者・支配的政党が、集中化された権力機構を通して大衆を操作・動員しつつ行
う、専断的政治)の国家と見なされても、仕方がないでしょう。
首相以下国会議員、それに関係国家公務員などの人々は、日本国憲法など眼中にない
のでしょうか。

私の結論。
@ 安保法案は廃案、又は継続(合憲に修正)審議に。
A 安保法案を制定するなら、まず先に憲法改正に着手すること。
堂々と国会で憲法改正の発議を行い、国民投票で投票総数の過半数を得て、国民の承
認を得れば良い
こと。それが立憲政治、議会制民主主義の原理原則。
この2点が成り立たないとしたら、いよいよ日本は混乱と無法がまかり通り、一気に衰
亡の一途を辿ることになる、と私なりに断言します。

日本の政治に絶望と一抹の期待を抱きながら、今週のエッセイを書きました。
今週も暑苦しい、風雲急を告げる週になりそうです。

それでは、良い1週間に、良い週末を。