ウイスキーと田中角栄(1)

私の最近の晩酌は、殆どウイスキー。
それまでは日替わりで、燗ビール1〜2本、ワイン2杯、日本酒の燗か常温1・5合、焼
酎お湯割り(濃いめ)1杯のいずれかを飲んでいました。
晩酌は食前酒であり、神経をリラックスさせ、食欲を増進させるためのもの。
だから、宴会や会合の様に「大いに楽しく酔う」「コミュニケーションを促進するた
めの潤滑剤」といった飲酒とは目的が異なるでしょう。メインはあくまで夕食。
過日、昨年放映されたNHK・TVの朝の連続ドラマ「マッサン」に触発されたわけではあ
りませんが、急に、ウイスキーが飲みたくて、食器棚の奥をガタゴトと探していたら、
出てきたのがサントリーの「響」。
これはだいぶ前に、それも私が厚労省に在籍していた頃だから10年以上の物に間違い
なし。
豪華な箱から出してみると、壜の表面がくすんでおり、ビニールカバーをはがしてコ
ルク栓を抜くと、コルクがポロポロと崩れ落ちそう。
ラベルに12年物とか17年物とかの表示が無く、ラベルも固い和紙の両端がちぎったよ
うな波形をしているので、現在販売中の商品より遥かに古いものであるのが見て取れ
ます。
しかし、小ぶりのウイスキー・グラスで、ストレートで口に含んだ時は、今までのウ
イスキーに対する観念がガラリとかわりました。
ウイスキーは、いつもスナックやバーに行くと「水割りですか?」と聞かれるか、黙
っていてもホステスが勝手に水割りを作ってしまい、これがいつどこで飲んでも不味
い。
私はホテルのバーなどのしっかりしたところだったら「ハイボールでね」と頼みます
が、「まあ、スナックで他人のカラオケを聞きながら、ワイワイやる場合は、こんな
ものだ」と諦め、ホステスがやたら継ぎ足す水割りを、仕方なく口に運んでいました。
全く美味くないが、悪酔いしたくないので「もっと薄めに」等と頼んだり。
だから、総じてウイスキーには日頃から余り興味を持っていなかったのです。

それがです。
この響を口に含み、少しずつ喉に流し込んでいくと、アルコールの強さと苦味の中に、
古樽のえも言えぬ木の香りと、長年熟成させたモルトのまろやかな芳香、それに口の
中に豊かに広がるまったりとした深い味わいに、「こんなうまい液体を口にしたのは
初めてだ!」と感嘆。
それからは、普通の大きさのコップに氷をたっぷり入れ、コップの淵までウイスキー
を満たした「ロック」をよくかき混ぜ、それからおもむろに飲むのが中心に。
たまに、しゃれた小ぶりのウイスキーグラスで、濃い琥珀色のストレートを飲むのも
習慣になりました。
勿論、アルコール度数が高い酒ですから、いずれもチェーサーとして、コップ1杯の
水を横に置きながら。
(ちなみに、エール大学の研究によれば「洋酒の中で二日酔からの回復率が最も早い
のが、ウオッカとジン、次にスコッチ、ライウイスキー、バーボン、カルバドス、ラ
ム、ブランデー」とのこと)〈「洋酒入門」・吉田芳二郎著・保育社〉 
ズバリ、私がウイスキーを晩酌で好むのも、その芳醇な味わいと「手早い酔い心地」
と共に、寝床に着くまでには、すっかり酔いが消えている「酔いざめのきれいさ」に
あります。

作家の山口瞳が、若い頃に酒場でバーテンダーに「水割ですか?」と聞かれて、「酒
を水で割って飲むほど、貧乏しちゃいねえや」と返答していたのは、有名な話。
確かに、ウイスキーを水や炭酸で割ると、飲みやすくはなるが、一番美味い状態で出
来上がっているウイスキーの品質を、安易に損ねることは確かでしょう。
今でこそ、「角ハイ」「ハイボール」が流行っていますが、私は、二十歳を過ぎて初
めてサントリー・バーに入った時からこのかた、スツールに座るなり「ハイボール」
と、馬鹿の一つ覚えで通してきましたが(たまに、マンハッタンを)水割よりソーダ
で割った方が味が引き立ったのです。
しかし、やはりストレートが極上。
でもだいたいウイスキーは43度と強い酒ですから、割るか、ストレートを飲んだ後に
チエーサーをとらないと駄目。
先の山口瞳も晩年、こう語っています。
「今の私は、ウイスキーを水で割って飲む。特に寝酒がそうだ。裏切られたと思う方
は、67歳という年齢に免じて許して貰いたい。高齢となって喉、食道、胃を保護しな
ければならなくなっている」。
彼は68歳で逝去された(「ウイスキー粋人列伝」・矢島裕紀彦著・文春新書)

「ウイスキー粋人列伝」には、各界のウイスキー愛好家90人のエピソードが紹介され
ていますが、私がすぐに目を走らせたのは、「田中角栄」の欄。
元総理・吉田茂から教示されたオールド・パーをこよなく愛した彼は。
「飲み方は水割り。と言ってもかなり濃い。グラスにたっぷりの氷を入れ、半分くら
いまでウイスキーを注ぐ。
最後に水をたす。ダブルの二倍くらいの濃さ。陽気な酒で、飲むと例のしやがれ声が
次第に大きくなる。
真っ赤になって、おしぼりで汗を拭きながら、ごくごくと水割りを飲んだ」
「休日には、書生相手にオールドパーをやりながら、将棋に興じることもあった。
もっぱら攻めの将棋で、
相手の駒をとっては貯め込む。そんな時は、浪曲調の唄うような口ぶりで「あ、おじ
さん、おじさん、次はどうするのかな」等と言いながら、書生たちにも「君らも遠慮
せずに飲めよ」と、オールドパーを勧めた」そう。
今太閤、錬金術の大宰相と揶揄されながらも、いまだに絶大な人気がある田中角栄。
私も彼は好きだし、男として非常に魅力的で、庶民・弱者の心をいつも基準において
政策を断行した、戦後最大の愛すべき首相と認識しています。
話が長くなるので、続きは次回に。

それでは良い週末を。