前回の話の続きです。
今週もスマホで聴いた河島英五の歌。
そのうちの2曲にまつわる想いを、述べてみます。
今回は「てんびんばかり」。
前回話題にした「酒と泪と男と女」と同時期に発売された歌。
若き時代の河島英五の真骨頂が曲と詩に滲みでている、聴取者の心を揺さぶる傑作で
す。
「♪真実は一つなのか どこにでも転がっているのかい
一体そんなものがあるんだろうか 何もわからないで僕はいる」
こんな問いかけで始まるメッセージ・ソング。
・家を出て行く息子と、それを引きとめようとする母親。
どちらもお互いに愛している、でも恨んでいる、そしてどちらも泣いている。
・何人ものかけがえのない人を殺した男。今度はその男が殺される番。
でも誰も何も言わないで、男が殺されるのを賛成する。
・友達が殴られて仕返しに行った男がいる。その殴った男も友達だったので、
困ってしまった男がいる。
・何気なく呟いた言葉が彼女を悲しませてしまった。慰めようと言葉をかけた
ら泣きだしてしまった。
・毎朝決まった時間に起きる人の喜びは、どこにあるのだろう。
電信柱に小便をひっかけた野良犬の悲しみは、どこにあるのだろう。(後略)
世間の不条理や何気ない日常の出来事を見つめながら、一体どこに真実(救い)があ
るのかを問いかけ続けながら、最後のフレーズに。
「♪(拳を上げる人々と、手を合わす人々が言い争いを続ける間に、
ホラごらんなさい、野良犬の母さんが可愛い子犬を生みました)
誤魔化さないで そんな言葉では僕は満足できないのです
天秤ばかりは 重たい方に傾くに 決まっているじゃないかい
どちらももう一方より重たいくせに どちらへも傾かないなんておかしいよ」
この歌を聴くと、私はどういうふうなのか、演劇「神の代理人」を想い出します。
これは確か私が25歳の頃、渋谷の東横劇場で観た劇団「民芸」の新劇です。
主人公は、アウシュビッツのユダヤ人捕虜収容所の監督者(演者・滝沢修)。
毎日、多くのユダヤ人捕虜がガス室に送り込まれ、虐殺されていく地獄の収容所。
しかし監督者は、明日をも知れぬ恐怖のどん底にうごめく捕虜たちなど歯牙にもかけ
ず、冷酷に任務を遂行していくのです。ある日、明日にもガス室に送り込まれて殺さ
れることを悟った一人の捕虜が、夕陽を眺めながら、こう祈りを捧げます。
「神よ われを救い給え」と。
それを見ていた監督者が近付いて行き、「神?神様か。ハハッこれは可笑しい。
そんなことで救われると思っているのか」と、ステッキを振り回しながら高笑い。
すると、骨と皮だけの捕虜の男は、憐れんだ表情を浮かべながら「この罪深い男にも
、神の御慈悲を」と、こうべを垂れて祈るのです。
ここで観客は、八つ裂きをしても憎みきれないであろうナチスの幹部さえも許す、こ
の一人の捕虜の気高き寛容な心に胸を打たれるのですが、それも一瞬。
ナチの監督者は再度高笑いしながら、こう言い放ちます。
「祈れば命が助かるのか。ハッハッハッ。祈れ祈れ。俺は神の代理人なのだ!」
私は残念ながら、そこまでのストーリーというか、そのシーンだけしか覚えていない
のです。
「正義なき力は暴力であり、力なき正義は無力ということか・・」
私はそんなことを考えながら、何とも言えない重い気分で暗い帰路を辿ったのです。
今、再度この劇を観たら、この演劇の趣旨はもっと別のところにあり、河島英五が熱
唱した歌と同様に「真実は一つなのかどうか」そのあたりの何かが、わかったのかも
知れません。
しかし、あれから40年以上の歳月を生き、語り尽くせない様々な経験をしてきた今、
「神というか、サムシング・グレート(宇宙の偉大な何か)は確かに存在する」と私
は思っています。
そうした思いは、宗教でもなく理論でもなく、その人の人生で触れて来た火や水や風
や人の魂が、長い歳月をかけてその人の心身に静かに深く作用し、やがて一つの無定
形な確信となって心の奥に存在し始めるのでしょう。
まさにその人の生きざま次第で、結論は異なってくると断言できます。
てんびんばかり。
河島英五がこの歌を作ったのは、彼が20歳前後だと思います。
てんびんばかりは、必ずしもどちらか重たい方に傾くわけではありません。
昔は、お店で「英字ビスケット200グラム」と言ってお菓子を買うと、おじさんが天
秤ばかりで200gの分銅(重(おも)り)に対して、天秤の片方の皿に巧みに菓子を盛
り、秤を見事に水平にしたものです(最後に、気持だけ菓子を上乗せしてくれました
が)。
きっと当時の河島英五氏の心には「何で真実を直視し、語ろうとしないのか」という、
大人への不満が内在していたのでしょう。
「世の中は、あいまい、ことなかれ、問題先送り、優柔不断、無責任、見て見ぬふ
り、自分勝手な人々で溢れている。それでいいのか?!」という激しい思いが。
私は、そう勝手に推察しているのです。
この歌を聴くと、当時の清廉な若さから生まれる男らしい彼の叫びが、痛切に心に
伝わってきます。
だから今の時代にこそ、生きていたら還暦をとうに過ぎている河島英五氏に、もう一
度、力強く切々とこの歌を歌って貰いたかったものです(注・彼は2001年、49歳で逝
去)。
てんびん座生まれの私の、心に残る一曲でした。
話の続きは次回に。
それでは良い週末を。