混 沌 の 時 代 へ |
米大統領選挙は、共和党のトランプ氏が民主党のクリントン氏を破って 当選した。 その結果については、現在、各マスコミが評論家や各界の声を織り込みながら論評を 続けているが、どこの社も「トランプ氏は、既成政治批判層の支持を集めた」「グロ ーバリズムへの大反乱」と、したり顔で論評。 しかし、日本中の各マスコミどころか、全米のマスコミの殆ども投票前は「クリント ン氏有利」「接戦ながら、最後はクリントン氏」と当然のように 事前予測していた。 だが。 日本時間の9日午前から開票が始まると、政・官・財界には一斉に「驚愕」の雰囲気 が漂い、これを報道するテレビのニュース・キャスターやコメンテーターには戸惑い の口調や表情が表れていた。 皆、一様に「想定外」だというような。 私は、8日の夜、NHKテレビ「ニュース7」にチャンネルを合わせて見たが、冒頭 のニュースは「博多駅前の大陥没事故」。確かに突然の大事故だったので、トップニ ュースにした企図も理解できたが、反面、「米国大統領選挙の趨勢のほうが、これか らの日本にとって未曽有のニュースなのに・・・」と腑に落ち なかった。 でも、「大丈夫、最後はクリントンだ」と、政権・官僚から証券会社や投資家までの 多くの関係者が安穏と構えている様子がテレビから流れるにつけ、「これが日本のゆ でガエル状態、平和ボケ症候群の現状」と考えると腑に落ちた。 配偶者に「日本のマスコミは、予定調和的にクリントン当選で準備しているんだよ。 だが、わからんよ。俺はトランプが勝って、明日の今頃は、政府も財界も「想定外の 結果・・・」と右往左往しているかも知れないぞ。アメリカの新聞各社の殆どがクリ ントン支持を表明しているが、最後の世論調査の支持率は、ほぼ同じなんだからな」 と、予測。 結果、やはり。 最近、天候異変による大災害が勃発するたび、行政関係者は「50年に一度の未曽有 の災害で、想定外だった」、地元の被災者は「こんなことは、生まれてこの方、初め てだ」と語るのを見るにつけ、「いよいよ想定外のことが連発する時代の始まりであ り、想定外にしてしまうのが国や行政や大企業の緊急事態への手」と思っていたから、 この大統領選後の各界の狼狽ぶりは想定内となった次第。 評価はマスコミから氾濫する情報に任せるとして、私が痛感したのは米国内の多くの 有識者・関係者も、今回のクリントン・トランプの戦いを、政策論争より誹謗中傷合 戦の、史上最低最悪の大統領選挙(注・米国のマスコミ報道)」と表現していたように、 「米国もトランプ氏のような人が候補者に選ばれ、大統領になってしまう国になった。 飛びぬけたリーダー・優秀な人材がいないのだ。それだけ国力も愛国心も低下してい るのだ。アメリカ帝国の終焉の始まりだろう。日本への深刻な影響も危惧される」と いうこと。 そんなことを憂鬱な気分で考えていた今日、たまたま読んでいた本の内容にびっくり。 題名は「新・リーダー論」(池上彰・佐藤優共著、文春新書)。 一部を抜粋してみると。 「池上:どの先進国でも、大衆迎合型のポピュリズムが勢いづいています。英国EU離 脱にしても、米国大統領選での共和党候補トランプの躍進にしても、フイリッピンの ドゥテルテ大統領誕生にしても、社会の指導者層、エリート層に対する大衆の不満が 爆発した結果だと言えます。 つまり、従来のリーダーやエリートのあり方それ自体が問われているのが、今日の状 況です」 「佐藤:今日、エリートやリーダーのあり方が以前と大きく変わってきているのは、 経済のグローバル化、すなわち新自由主義の浸透と深く関係しています。格差が拡大 し、階層が固定化していく中で、エリートと国民の間の信頼関係が崩れ、民主主義が うまく機能していないのです。 民主主義は、世界中で機能不全に陥っています。ところが、民主主義に代わる制度は 見つからない。 たとえば、民主主義が機能不全に陥っている状況を受けて、民主主義を迂回する様々 な形態が生まれています。 その一つが「諮問会議」です。(略)重要事項の殆どは諮問会議で決められたようで、 どこで何がどのように決定されたのか、極めて不透明です。 本来、選挙の洗礼を受けた人々が議論した うえで、決定すべきです」 (略) 「佐藤:最近の若手官僚の「私は全知全能だ」と思っている全能感や自己本位のナル シシズムは、新自由主義と裏腹の関係にあります」 「池上:新自由主義とは、いわばお金以外に価値基準がないということで、そうした 価値観不在の環境から生じるのがナルシシズムだ、ということですね」 「佐藤:そうです。その先陣を切ったのは、前仏大統領のサルコジでしょう。 仏の人口学者トッドは、サルコジの特徴として、「思考の一貫性の欠如」「知的凡庸 さ」「攻撃性」「金銭の魅惑への屈服」「愛情関係の不安定」という、5つの資質を あげています。 その上で、ナルシシズムの問題を、単なるサルコジ個人の問題ではなく、フランス社 会、特にフランスのエリート層全般にかかわる問題と位置付けています。そしてこう 述べています。 「彼が当選に成功したのは、我々の周り、我々の裡にある最悪のものを体現し、助長 することによってである。 彼の否定性が、人々の心を引き付けたのだ。強い者への敬意、弱者への軽蔑、金銭へ の愛、不平等への欲求、攻撃の欲望、大都市郊外やイスラム諸国やブラック・アフリ カの人々をスケープゴードに仕立て上げる手口、目くるめく自己陶酔、己の感情生活 の公衆の面前での公開、これらすべての無軌道な漂流が、フランス社会の総体に働き かける」と。」 「池上:まるで、現在選挙戦中の別の国の大統領候補を評する言葉であるかのようで す」 「佐藤:トランプは、アメリカ版のサルコジで、安倍首相も多かれ少なかれ「ミニ・ サルコジ」なのです。(略)」 「佐藤:ここで考えなければならないのは、サルコジ現象はかってのレーガン米大統 領、サッチャー英首相の出現とは、全く質を異にしているという点です。 レーガン、サッチャーが登場したのは、社会の「地」の方は社会民主主義的で、国家 による富の配分で「ゆりかごから墓場まで」と言われた時代でした。 そういう環境で、レーガンとサッチャーは、批判を顧みず敢えて、「これでは国家も 社会も弱体化する一方だから競争原理を導入しろ」と主張したのです。 当時、「レーガンみたいなやつ」や「サッチャーみたいなやつ」と思われるのは、恥 ずかしいことでした。 ところが、新自由主義が社会の隅々まで浸透した結果、それがいまや素晴らしいこと に思われている。エリートほど新自由主義 的価値観を当然視しています。 そして権力を持ったエリートが、社会全体に対する責任を思う前に、自己利益や自己 実現ばかりを優先しているのです」 「池上:日本の政治家や官僚や企業トップにも、同じような変化を感じます」 断章が長くなりました。 この本は先月20日に発行。 著者お二人の慧眼に驚くとともに、示唆に富んだ話に感心した次第。 周回遅れでアメリカに見放されまいと必死に追随する日本。 このかじ取りを細心大胆に操れるリーダーが、日本に継続的に出現してくるのだろう か。 トランプ氏の評価は別として、今回の大統領選の結果(一応、反新自由主義、反グロ ーバリズム(巨大資本による世界規模の利潤追求)の勝利)は、世界も日本も自己利 益擁護を優先した、排他的で攻撃的な時代に突入してきた 兆候の一つのよう。 何か漠とした不安感が漂い、世界は混沌の時代になってきた感を否めません。 残された私の人生において、果たして新しい時代の潮流・潮目に、そしてカオスに遭 遇するかどうか。 これが、4年後の東京オリンピック以上に、今の私の関心ごとなのです。 それでは良い週末を。 |