東井朝仁 随想録
「良い週末を」

師 走 の 初 日 に 想 う

「今、社会全体に大きな不安というものが、わだかまっているような気がします。
不安の原因は、主に三つぐらいでしょうか。一つは多くの高齢者が抱える老後の健康の問題。
二つ目は、日本が大きな災害に見舞われる可能性が高いということ。
三つめは私たちの未来図(将来図)がないということ。周りを見回すと、4人に1人が65歳
以上。
しかも安定した希望に満ちた生活というのが、(今後)考えられない(後略)」。
これは作家・五木寛之氏の「玄冬の門」(ベスト新書)の一文。
私は、常々、今後の日本の大きな不安要因として「巨大地震などの天変地異の発生、経済大恐
慌の発生、そして戦争やテロなどの発生」の3つをあげてきました。
日本社会はこの3つの要因のどれか一つで、あるいは連鎖で、未曽有の激変を余儀なくされる
と予測。
五木氏の指摘と、どこかで通底しているので共鳴しています。

国際状況から国内状況まで、今、世の中は不安と混沌の時代に突入していることが、毎日のニ
ュースを見聞きしていても痛感させられるのは、私一人だけでしょうか。
と、夜の9時半に書き始めましたが、こうした問題は長くなるので、今回はやめます。
一言、ズームインで。

今は子供から大人、若い者から高齢者まで、なべて自分が「孤独」に陥ることを、大変怖がっ
ているように、私には感じられるということ。
一人で昼食の弁当を食べているところを人に見られるのが恥ずかしい(怖い)から、学校のト
イレ(!)に入って(隠れて)食べている大学生。一人でも多くのメル友をつくり、せっせと
送信・返信を繰り返す中学生や高校生。
それが貴重で唯一の友情かの如くに思い込んで。
昼飯を食べに行くのにも、一人では行けず、毎日決まったメンバーと一緒に行くサラリーマン
・OL。
皆がすること、話すことから逸脱しないように、「空気」ばかり読んで自己を埋没させている
人。
みな「仲間はずれ」にされることを極度に恐れているのでしょう。
学校の登下校も、休み時間の合間も、教室を移動する時も、常に決まった仲間とつるんで行動
する学生・生徒。
一人で行動している姿は、「友達の一人もいない、寂しい、しょぼいやつ」と見られるとでも
思っているかのよう。
駅や街角で別れるときは、永遠の別れかのように「バイバイ、バイバイ!」といつまでも両手
を振って大袈裟な声を張り上げている 、おバカの典型のような女の子たち。
今の社会は、皆と一緒、誰かと一緒ではない人は、「変な人」「魅力のない人」とでも見なす
風潮が蔓延しているのでしょうか。
イジメはその反動としての表れでしょうか。
イジメる側は常に複数。見て見ぬふりをしている人もイジメ側の同類。下手すると組織ぐるみ
に。
イジメられる人は、常に一人・・・・。

みな、寂しいのでしょう。孤独が怖いのでしょう。はかなき希望は消えかかり、漠然たる大き
な不安に心がさいなまれる現代社会の人々。
情報が過剰に氾濫し、生存競争と利己主義が渦を巻いている、砂漠のような巨大都市の中で、
人々の心奥では望みは消え「深い孤独感」が溢れて、誰もが堰を切って爆発寸前にいるような
気がしています。
だからスケープゴード(不平や恐怖や憎悪を、他にそらすための身代わり。イジメられる人)
を作り、自分の不安を払拭しているのでしょう。

昔、ある女子高校生が、新学期のクラス編成の時、ポツリと吐いた言葉を忘れません。
女学生「偶数だといいな」
私「何が?」
「新クラスの女性の人数」
「なんで?」
「だって奇数だと、一人外れるから。女性は必ず他の一人のパートナーを作るのよ。
「その人は友達?」
「でもあるけど、そうでなくてもいいの。便宜的。何かするとき一人じゃ寂しいじゃない」
「・・・・・・」

時代は変化しても、昔も今も若い者の心情は、さして変わらないのかも知れません。
それにしても、今の日本社会の状況は、「何か、凄く変!」と、思いませんか?

それでは良い週末を。