東井朝仁 随想録
「良い週末を」

 新 緑 の 季 節 に

桜の四月も終わります。
今年の東京の桜の開花宣言は、3月21日。
平年は3月26日。例年より5日も早かったのですが、その後、満開に至る時間が長かっ
たような印象です。
開花から1週間後の3月28日頃が満開と予想されていましたが、この予想は外れたと言
えます。
開花後の寒波再来などが、予想を狂わせたのでしょう。
桜は散るまで人の心を惑わせるものです。

私は今年の桜の見頃は4月1日前後と、当初予想していました。
通常、開花宣言日から1週間後を満開日と予想しますが、それよりさらに3〜4日後が、
桜は最も爛漫として見事だと、過去の経験から判断していたからです。
そこで、4月1日の土曜日に花見を計画。
仲間の有志6人で鎌倉の鶴岡八幡宮を拠点に、その周囲を散策してから花見ランチを鎌倉
駅近くの中華料理店でとるという予定。
鎌倉は東京より開花も満開も早いと言われていたから、散り染めし桜はあっても、未熟に
咲いている桜を見ることはないだろうと想定。
段取りは地元のKさんがすべて行ってくれました。
しかし。
当日は朝から小雨。「晴れ男」を自認していた私はいささか戸惑いましたが、「どうせ散
策する頃には止むだろう」と。
また、たとえ止まずとも、「雨に煙る桜花も風情があるだろう」と高をくくり、いそいそ
と鎌倉に赴いたのです。
だが。
小雨は降り止まず、殆どの桜は蕾か、せいぜい1〜2分咲きで震えていました。
それでも周囲の桜木を見て回り、ついでに満開の牡丹の花が多数植わった花園を見学した
り、鎌倉彫の店で買い物をしたりしてから、中華料理店で熱燗の紹興酒を酌み交わしたの
です。
ちなみに、帰りの鎌倉駅のホームに立った時、雨は止んでいました。

想定外の花見で開幕した4月。
その後は、4日(火)に皇居・日比谷界隈で、10日(月)に中目黒の目黒川沿道で観桜(こ
の頃が東京の満開のピーク)。そして14日(金)には半蔵門で最後の花吹雪を楽しんだの
ですが。
今年は、開花した3月21日から3週間余の長き間、桜花に心を乱された感があります。

そこで先週の3日間、桜の余韻を吹っ切るように大阪に旅行に行ってきました。
狙いは新緑。気分転換。
中之島にある「リーガ・ロイヤルホテル」を宿にして、勝手気ままにそこここを散策。
中之島、堂島、御堂筋、大阪城公園、心斎橋、道頓堀・・・。
川沿いの道や、ビル街の道をそぞろ歩いていると、新緑の樹々が眩しく目に映ります。
大阪城の天守閣から見下ろすと、公園の緑と共に幾筋か街路樹の緑も目に入ってきます。
しかし、それでも大阪は緑が少ないと痛感。
特に東京23区との比ではありません。
現に、大阪市は政令指定都市の中で、「緑被(緑化)」率」がワースト1。
「大阪のみどり」は、全国でも最低評価。
大阪府民のアンケートでは、「まちなかに緑が豊か」と感じている府民は、何と1パーセ
ント。
そこで大阪市は去年の4月に「大阪市みどりのまちづくり条例」を制定。
「みどりの魅力あふれる大都市・大阪」の実現を図るため、敷地面積1000u以上の新
築・増改築を行う場合、敷地の3パーセント以上の緑化をすることが、建築主に義務付け
られたのです。

ここで「なぜそんな緑化率がワースト1の都会に、わざわざ東京から新緑を目指して出か
けたのか?」
と疑問に思われた方もおられるでしょう。
そのわけは。
一言で「青春時代の夢を追うために」と答えると、少し気障でしょうか。

私は青春真っ盛りの高校時代を、奈良県の天理市で過ごしました。
夜中、机の部屋の明かりを落とし、ゲルマニウムラジオのイヤホーンから流れるDJを聴
くのが、寮生活における毎日のささやかな楽しみでした。
「芦屋のAさんから、寝屋川のBさんへ。『受験勉強頑張ってください。4月には一緒に
御堂筋を歩きたいですね』とのことです。
♪御堂筋のたそがれは 若い二人の夢の道 お茶を飲もうか心斎橋で 踊りあかそう宗右
衛門町・・ 
それでは坂本スミ子さんの『たそがれの御堂筋』をどうぞ!」
そんな軽快な口調のあとに、深閑とした室内の机の前で勉強している、私の耳元にだけ流
れてくる音楽。
同じ近畿圏にあっても、大阪へ出るのは年に1回ほど。映画館に行く時だけ。
しかし、ラジオからの歌や会話でロマンチックな大阪の街を、あれこれと思い描いて楽し
んでいたのです。
「いつか、ゆっくりと大阪のまちを訪れ、ロマンあふれる青春の大阪を楽しもう」と夢に
描いて決心していました。
当時、東京を遠く離れて寮生活をしていた一人の高校生が、そんな夢と幻想で、どれだけ
寂しい心が癒されたことか。
だが、長ずるに及んで大阪の街には数十回行きましたが、人や街並みや社会文化の現実に
触れるにつけ、夢はどんどん色あせてしまったのです。

先週の大阪で、タクシーの運転手が「大阪は駄目やな。何が一番あかんかと言うとな、大
阪の政治家でも社長でも心底がめついんや。カネを儲けたらがっちり懐にしまいこみ、絶
対に他人には施さんしな・・・。大阪はあかんな」と。
「緑が少なく砂漠の様な街か・・・。水の都が聴いて呆れるか・・」とは、思いませんが、
経済も長期低落傾向の大阪の一端を聞いた思いでした。
それでも、私の脳裡には、大阪への懐かしい思慕が残っているのです。
これはやはり高校時代に深夜放送で聴いた、舟木一夫の歌「青春の大阪」。
「♪小雨の朝は御堂筋 星降る夜は中之島 別に約束したんじゃないが
君も僕も緑の並木が好きなだけ ああ大阪を青春の 緑で緑でつつもうよ・・」
あの頃(50年前)から、ごく一部の人達からは大阪の緑化運動の推進が発せられていた
ような気がします。

桜が散って、新緑が美しい季節になりました。
この季節になると、青葉若葉が薫風に心地よく揺らめくように、私の心も桜以上に新緑を
求めて揺らめいてくるのです。

いつの日にか、緑化が進んだ大阪の街を再訪し、銀杏並木の新緑が輝く御堂筋をそぞろ歩
き、夜はネオン煌く宗右衛門町で「大阪しぐれ」(歌・都はるみ)を歌いながら、しみじみ
と飲み明かしたいものです。
今年もあこがれに満ちた新緑の季節がやってきました。

それでは良い週末を。