東井朝仁 随想録
「良い週末を」

白 い 少 女

白い服を着た足の細い女性の姿が、今も脳裏に残っています。
目にしたのは、駒澤大学駅の構内。
上は白いブラウス、下は薄いベージュ色のスカート。
背丈は小柄で細く、特に膝丈のスカートからのぞく両足は細く、背後から眺めた時は、少
女と思いました。
それも普通の少女ではないことは、右手の白い杖で下をコツコツと叩きながら駅のホーム
をたどたどしく歩く姿で、容易にわかります。
何か困惑する場面に当たったら、少しでもヘルプしてあげようと思い、私は4〜5メート
ル後にそっとついて歩いていました。
「全盲の少女だろう。電車の乗り降りも大変なことに違いない。我々が目隠しされて電車
で出かけるとなったら、命がけの怖さに陥ってしまうに違いない。
それが彼女は眼が不自由なために、普通の人が当たり前に通り過ぎるホームや階段でさえ、
きっと不安な気持ちを抱えながら一歩一歩、恐る恐る慎重に歩まなくてはならないのだろ
う。それは大変に勇気と辛抱がいることだろう。」

そんなことを考えていると、少女の先にホームの真ん中でスマホを覗き込んでいる中年の
女性が目に入りました。
電車が去ったあと、ホームの乗降客はあらかた潮が引いたように消え去っており、人の姿
もまばら。
少女は右手の白い杖でホームの補導(誘導)ラインを叩きながら、慎重に歩いていきます。
しかし、少女が歩く延長線上に立つスマホ女は、少女が近づく気配を全く感知せずにスマ
ホに夢中。
私は「やばい!」と感じ、声を発して注意しようかと思った瞬間、二人はお互いに軽く左
肩を接触させました。
少女は驚いて身を右に引きましたが、スマホ女は何も感じた風がなく、そのままスマホに
かじりついたまま。
それから少女は、ホームの中ほどの階段を上るために、補導ラインにそって右側に曲がる
ため、用心深く杖を先導に歩いて行きましたが、曲がり際のところに数人の大人が立ち話
をしていました。
これも少女が命綱のように頼りにして歩くライン上で。
またもや「大丈夫かな・・」と案じた瞬間、白い杖の先が群れの一人の靴にかかりました。
その人はチラッと少女を一瞥しただけで、相変わらずその場で立ち話に興じていました。
少女はさらに杖をつきながら、階段にたどり着き、左側の端の手すりに左手を置き、右手
の白い杖で階段を確認しながら、一段一段上っていきます。
そして、ようやく地上に出たとき、ふっと立ち止まって、それまで俯き加減だった顔をあ
げました。
黒い帽子が額までおりた横顔には、二十歳前後の静かで芯のしっかりした性格が漂ってい
るように私には感じられました。
「もしかしたら少女ではなく、20代の女性かもしれない。
でも、あの身体の、特にカモシカのような細い脚を見ていると、かってはグランド上を俊
敏に走り回っていた少女を、連想してしまう。この灼熱の夏は、本当は君のような少女の
ための季節なん だ・・・」
私は、彼女から少し離れたところに佇み、そんなことを考え、再び舗道の凹凸がある黄色
いラインの上をゆっくり遠ざかっていく、白いブラウスと白い杖の女性を静かに見送って
いたのです。

帰宅後、パソコンで調べると「社会福祉法人・東京ヘレン・ケラー協会」のHPが目につ
きました。
私は今まで、「視覚障害者に同情するあまり、事細かに協力することは本人の自立を妨げ
る、余計なお世話とならないだろうか。果たしてどの様な協力が適切なのだろうか。今日
もあの少女に何もしてあげられなかったが」と疑問に思っていたのですが、その答えの一
端がよく理解できました。
「目の不自由な人に出会ったとき。もし、あなたに少し時間があったら、私たちに手を貸
してください」との見出しがあり、次のようなことが述べられています。

「〇道路で→立ち止まって左右を見まわしたり、杖で地面を探り不安そうな表情の人や、
  同じ場所を行ったり来たりしている人を見つけたら、声をかけてください。方向がわ
  からなくなっているのかもしれません。
 〇プラットホームで→プラットホームはとても危険な場所です。ホームからの転落事故
  は後を絶ちません。乗車口への誘導は大変助かります。
 〇電車・バスの車内で→空いている席があったら、教えてください。わからないので立
  っている場合が多いものです。
 〇バス・タクシー乗り場で→列の最後尾を教えてください。割り込むつもりはないので
  すが、どこに並べばよいのかわからないのです。」

一つ一つの事柄が、身につまされるようです。
これらを心の片隅に置き、何かの場面で少しでも協力できる人間になりたい、と痛感しま
した。

それにしても白い杖の少女は、最近全く見かけなくなった「けなげな人」に、私には映り
ました。
それはハンデイを負った人だからではありません。
理屈抜きで直感でそう感じたのです。
だから、こう君に叫びたい。
「君は、光だ。夏の光以上にまばゆくて、きれいだ。しあわせに!」

それでは良い週末を。