さ れ ど 喫 茶 店 |
前回の「旅に出ようか」と題したエッセイで、「好きな街・印象に残る街」を、思いつく ままに24都市ほどあげました。 選択した確たる基準はありません。強いて表現すれば、その街の佇(たたず)まい、環境 や文化の成熟度(と言っても、ホンのわずかな感触から)といった要素から、漠然的に思 い浮かんだ都市を並列したまでのこと。 でも、改めてそれぞれの都市を確認すると、私の心の中に、既に好ましい街としてのイメ ージが潜在していたことに、いま気づくのです。 それは何か? 「何だ、そんなことか」と冷笑されそうですが、それは「いい喫茶店が点在している街」。 全ての都市に共通しているわけではありませんが、大半がそうでした。 いい喫茶店がある街は、街並みの風景も、街に漂う雰囲気も、何となく素敵なのです。 だから、やはり好きな街は、ある程度の都会になります。 便利な交通網の発達、適度な人口の集散、社会的基盤の整備、そして文化がいきわたって いること。 有名な文化遺産がある街や、風光明媚な自然に溢れた街、心が癒される野や山や田園に囲 まれた街も感動しますが、それは観光客、パッセンジャーの目線だから。 その点、先に述べた24の街の多くは、同じ山や海の自然環境都市でも、その地に長らく 身を置いて生活をしてもいいという目線から、アクセスのよい大都市や港や湖の都市に偏 っているのかもしれません。 さて、話を戻して、先に述べた「いい喫茶店」とは? まず「純喫茶」が基本。 純然と珈琲や紅茶の飲み物を提供する喫茶店。 食べ物は、せいぜい仕入れたチーズケーキとか生チョコ程度。 喫茶店やレストラン・飲食店を開業するするには、食品衛生法に基づいて行政(保健所) の営業許可をとらなくてはなりませんが、純喫茶は「喫茶店営業」。 飲み物以外にスパゲテイやカレーライスなどの軽食を扱っている喫茶店と称する店舗は 「飲食店営業」の許可を取得しなくてはなりません(注・これは30年以上前に私が携わっ ていた業務での記憶)。 何が異なるかというと、営業店舗の設備基準(店内構造や必置設備が厳しく規定されてい る)が異なり、飲食店営業のほうが、食べ物を調理・提供するなど、衛生上の問題が多い ので細かい基準に。 ドトールとかスターバックスなどの珈琲チェーン店は、調理したパンなどを提供している から、営業許可上、産業分類上は飲食店営業の分類のはず。 いい喫茶店の必要十分条件は、この純喫茶であることが原則で、さらに店舗の椅子やテー ブルなど品の良い備品のあつらえ、落ち着いた雰囲気(BGMを含む)、気配りがきくが 煩わしくない店の人、おおむね珈琲を愛する節度のある客層であること。 そして最後に何といっても「味」! 味はその店の焙煎(生の珈琲豆を炒ること)の度合いで、色々と変わります。 一般に焙煎が浅いと酸味を感じ、コクは軽めに。焙煎が深いほど苦味とコクが強くなりま す。 度合いは、例えば6段階でいえば、焙煎が浅い順に「ミデイアム」「ハイ「「シテイ」 「フルシテイ」「フレンチ」「イタリアン」と表現され、酸味が強く(苦味が弱く)→酸 味が弱く(苦味・コクが強く)なるのです。 喫茶店の珈琲といえども、自家で焙煎するか否か、焙煎度合いをどの程度にするかで味わ いが千差万別。 私の好きなのは「フレンチ」。 程よい苦味とコクがあり、小ぶりのチーズケーキを一口食べては、珈琲をストレートで一 口。 この繰り返しで、ゆっくりと1杯の馥郁たる香りの珈琲を味わうのです。 心地よい時間と空間。 若いころから、本を読むのも、文章を書くのも、瞑想するのも、仕事関係の企画案を練る のも、BGMのジャズを聴くのも、人と打ち合わせするのも、デートの待ち合わせにも、 すべて純喫茶を活用してきました。 大袈裟に言えば、私の文化生活の一端を担ってきた、 大切な場所。 だから、私にとって好ましい街は、ぶらり歩いて生活圏にちょっとした粋な喫茶店がある ところ。 でも、時代はどんどん変化しています。 今や多くの人が、寿司と言えば「江戸前」の1軒店ではなく、「回転ずし」を指すように、 喫茶店といえば、画一的で無味乾燥な雰囲気の、多店舗展開するチエーン店が全国を凌駕 する のでしょう。 残念至極。 たかが喫茶店、されど喫茶店。 せめて、残り少なくなってきた私の健康寿命が果てるまでは、純喫茶のある街並みが残っ ていて貰いたいと、切に願っているのです。 それでは良い週末を。 |