東井朝仁 随想録
「良い週末を」

白 玉 の ・ ・ ・

週初めに、NHKのA局長と酒を酌み交わしました。
二人だけで飲むのは久しぶり。
以前の時は、ビールの後に日本酒(燗酒)を五合づつほど飲んで歓談したのですが、今回
は酒と言っても日本酒ではなく紹興酒だったのです。
A氏と私の地元の三軒茶屋の駅で待ち合わせ、私が予約しておいた中華料理店に入ったの
ですが、彼と楽しく飲み語らって別れた後、「店と酒の選択を、少し間違ったな」と、軽
い後悔を抱きました。
なぜなら、急に厳しい寒さと雨に見舞われたこの夜、やはり飲むのなら日本酒。
そして、入るなら旨い日本酒を飲ませる小料理屋的な店。そう思ったからです。

ではなぜ、中華料理店で紹興酒になったのかというと。
@ 三軒茶屋で、旨い日本酒を飲ませる店は「赤鬼」という居酒屋を知っていたが、ここは
  燗酒の種類が1,2種類程度。冷酒は多数。
 (20数年前、ここで初めて燗酒で飲んだ「十四代」は、超美味だった。店主が、当時、
  出始めて名もない十四代を、試しに仕入れたときでした)
  だが、以前に入ったときは、すでにこの酒を置いていませんでした。
  だから燗酒党の私はパスしたのです。
  それなら他に良い店を知っているかと言えば、無し。
  前回二人で飲んだ蕎麦屋も浮かんだが、確か燗酒は沢の鶴だけでイマイチ。
A それより大きな要因は、近頃、酒量が落ちて翌日二日酔いになるケースが多くなったこ
  と。週初めの日なので、ついつい飲みすぎる日本酒は控えようと。
B そこで以前から利用している中華の「銀座アスター」の個室にしたのです。
  そして料理に合うのは、やはり紹興酒となった次第。

店を出て、今季初のコート姿で雨に濡れた夜道をゆっくり帰るとき、脳裏に浮かんだ言葉。
「白玉の 歯にしみとおる 秋の夜の 酒は静かに 飲むべかりけり」
旅と酒をこよなく愛した歌人・若山牧水の短歌。
この「白玉」の意味はなんだろうと、以前に考えたことがありました。
広辞苑で調べると白玉とは「@白色の美しい玉A露、涙のたとえB大事な我が子のたとえ
C白玉粉で作った団子」とあります。
これではわかりません。
ネットで調べると、「白玉とは、どういう意味ですか?」という質問に対する、ベスト・
アンサーに選ばれた回答は「白玉は酒にかかります。甘露、もしくは米の露と連想してく
ださい」。
他の回答では「白玉は歯の形容で、枕詞に近い語」などというのもありました。

「歯にしみとおる美味しい酒は静かに飲むものだよ」と解釈するのも良いでしょうが、露
を美味に読み切るのは無理がある気がするのです。
私には、どうしても白玉は「白くて薄いきれいな盃」に思えてなりません。
酒は秋冷の大気と同じ常温の冷たさ。
ふけゆく秋冷の夜、白い杯に注がれた歯にしみとおるような酒は、一人で静かに飲むもの
だと。
薄明りの中で、白い杯が透徹な静謐さを醸し出している気がしてくるのです。
まあそのことは、人それぞれの思いから、いかように解釈しても良いのでしょうが。

先日、ジョン・ウエイン主演の西部劇映画を観ていたら、「男は、酒で年齢がわかる。若
いころは毎日大酒を飲んでいたが、今そんなことをしたらぶっ倒れてしまう。週に2,3
回だ」というセリフがありました。
70歳になった今月。
日本酒を紹興酒に替え、居酒屋を中華料理店に替えたのも、年齢からでしょう。
しかし、A氏と別れ際、「今度はAさんが先ほど話していた、三軒茶屋のその日本酒店に
行きましょう」と約束。
酒は年なりに、白玉の酒を静かにゆっくりと味わいながら飲むべき、なのでしょう。
「白玉の・・・・」
ああ、無性に日本酒が飲みたくなってきます。
今日の晩酌では、好きな盃で一人静かに杯を重ねることにしましょう。
年なりに。

それでは良い週末を。