東井朝仁 随想録
「良い週末を」

               港 町 ブ ル ー ス
最近、私と同世代の方々と話をすると、頻繁に国外旅行や国内旅行をしている人が多いの
に気づきます。
リタイアして、長年の念願だったあこがれの地、憩いの地に行かれているのでしょう。
中には「年に3回の長期海外旅行」とか、「フリー切符での月1のぶらり国内旅行」とか
を、ここ10年近く繰り返している方もいます。
また、「日本の百名山登頂」とか「百寺巡礼踏破」を目標として実行されている方も。
こうした話を聞くと、大したものだと感心します。

例えば作家・五木寛之の「百寺巡礼」という、シリーズ本の第1巻「奈良」を読みました
が、彼は奈良県にある名寺として、室生寺・長谷寺・薬師寺・唐招提寺・秋篠寺・法隆寺
・中宮寺・飛鳥寺・當麻寺・東大寺の10寺を選定し、これらの古寺・名刹を順番に一つ
ずつ粘り強く訪ね、調べ、観察し、さらに1つの名刹について10冊以上の参考文献を駆
使して、読み応えのある紀行文としています。
勿論これは、プロの職業作家として、背後に多くのスタッフ、協力者がいることなのでな
せること。だが、紀行文を書く作業がないとしても、全国にまたがる100の寺を順次踏
破することは大変なこと。
私は、前述した奈良県の10の名寺は、飛鳥寺以外は全て訪ねましたが、ただ参詣・見学
するだけでも、一日に訪れることが出来たのは同じエリアの2か所がせいぜいでした。
そのかわり、ゆっくりと観てまわり、近くの店で喫食して休んで余韻を楽しんだりしたお
蔭で、その時の寺院の佇まいや仏像のお姿が、今でも懐かしく浮かんでくるのです。

百の名山を制覇して回ることも、大変なことでしょう。
あるいは、日本列島を北から南まで在来線で辿る旅とか、日本の主な岬(崎)を100岬
ほど選定し(注・日本には3000以上の岬があると言われている)、これらを時間をか
けて全て巡ることも大変なこと。
北海道の宗谷岬一か所に行ってくるだけでも、時間と費用と体力がかかります。
その足でこの際だからと、知床岬や納沙布岬や襟裳岬など、北海道内の主要な岬を全て踏
破するとしたら、さらに時間と費用もさることながら、今の私だったら気持ち・体力がど
うかなるでしょう。
基本的な問題は、「それほどまでして、何で行くの?」ということでしょう。
しかし理由は、「そこに山があるから。名刹があるから、未知の岬が、昔から憧れていた
外国の都市があるから行ってみたいだけ」、ということで良いのでしょう。
目標とする訪問先数が10であれ、100であれ。
その目標を一つづつクリアしていく度に、感動と共に心地よい達成感・爽快感が得られる
のではないでしょうか。
勤労者時代は、能率とか合理性とか組織のルールとか成果主義だとかで縛られていた行動
も、フリーランサーとなっている今は、そんなこととは無縁。
だから自分本位に目標を立てて、その目標遂行のためのプロセスを楽しめばいいのです。

「では、貴方は何をしたいのだ?」と聞かれたら。
さて。
基本的には、数値目標を掲げる旅はしないでしょう。
未達成だと、未練が残ったまま人生を終えそうだから。
というより、「行きたいときに、行きたい所に行く」ということ。
「具体的にはどういう所なのだ?」と更問いされたら。
「・・・・・・・」
「何だ。ないのか」
「いや。これは最近、カラオケ店で歌を歌っているときに頭に浮かんだことなのだが。
歌手・森進一が歌ってヒットした「港町ブルース」に出てくる港町を、北から順次巡って
みたいなと。1つの港町に1泊することが原則。
例えば、歌詞の1番では函館、2番では宮古・釜石・気仙沼、3番では三崎・焼津・御前
崎、4番では高知・高松・八幡浜、5番では別府・長崎・枕崎、そして最後の7番では鹿
児島。
ただ、私も港町の港は、漁船が主なのか、貨物・旅客船が主なのかが、あまりよくわから
ない。
漁港としたら、根室(北海道)や八戸(青森)や石巻(宮城)や境(鳥取)や銚子(千葉)
などの主要港が、歌詞には出てこない。
銚子などは、日本を代表する水揚量を誇る港だが。
観光地なら、横浜や新潟や神戸は駄目なのか。
また、日本海側の港町が一つもないのは不思議。
まあ、そんなことはどうでもいいが。
きっと、これは港町の語呂が良いように、作詞家が配慮している点も見逃せないが。
例えば、2番の「宮古(ミヤコ)、釜石(カマイシ)、気仙沼(ケセンヌマ)」は、地名
の音読字数が「3・4・5」個と並んでいる。3番も4番も5番も「3・4・5」。
ただ3番の焼津は3字なので「焼津に」と、唯一、「に」をつけて語呂を良くしている・・・」

「わかった、わかった。では何で港町巡りをしたいの?」
「昔から、港町と言えば酒と女と霧笛がつきもの。別れと出会いのロマンが溢れる、日本
人にとってはノスタルジックな町のイメージがするから」
「甘いね。今時、そんな石原裕次郎や小林旭や赤木圭一郎が主演していた昭和の映画のよ
うな町はないよ」
「・・・・・では、やめとこうか」
「他には?」
「それではご当地ソングの前川清が歌った「中の島ブルース」でいくか。
札幌、大阪、長崎・・・。たった3か所か。みなゲップが出るほど行ったから、駄目だ」
「・・・・」
「それなら、石原裕次郎が主演した映画の主題歌「世界を賭ける恋」。
これは俺がだいぶ若かったころ、国際化の波が押し寄せてきた当時に流行ったスケールの
大きい歌で、今も好きなんだ。
出てくる地名も国際的でね。まずアンカレージ、オスロ、それにモンマルトル。
なんだ、たった3か所か」
「勝手にしろ!」

なかなか、旅行の動機付けは難しいものです。
貴方の場合はどうですか?

それでは良い週末を。