A君とのメール交換 (北海道胆振東部地震に関して) |
先日の北海道胆振(いぶり)東部の地震に関して、札幌市のA部長とメール交換をしました。 私の日頃の思いも少し吐露していますので、A君のメールから私のメールへとご覧ください。 それでは良い週末を。 ●A君への返信メール メール、ありがとう。 震度6弱ですか。すごかったですね。 驚きました。 しかし、札幌市東区では全壊や半壊などがなく、物が倒れただけで済んだということも、驚 きです。 たぶん街全体が若く、直近の建築基準法に準拠して建てられたビルや家屋が多いので、被害 が少なかったのでしょうね。 それと貴君が言っていた「北海道の家は@暖房の関係で小さめの家A積雪の重さに耐えうる 構造」であることも地震に有効だったのでしょうね。 私の家は昭和53年12月に建築確認がなされた古家で、確か翌54年に改正された建築基 準法の適用は受けていないので、ヤバいのです。 2011年3月11日に発生した東日本大震災の時は、私は港区六本木の古いマンションの 事務所にいたのですが、私にとって未曽有の激しい揺れでした。 「これは駄目だ。このマンションは倒壊する」と思い、咄嗟に部屋の真ん中に膝まづいて覚 悟しました。 でも、幸いに損壊・倒壊することもなく、余震を含めて長い激しい揺れがおさまってから、 狭い部屋中に散乱したテレビやラックなどを片付け、外に出ると、各ビルから吐き出されて きた人の多さの割に、大きな損壊の被害光景はありませんでした。近くのビルの3階の窓ガ ラスが落下し、舗道に散乱していたり、事務所のマンションの玄関フロアに亀裂が生じてい たりしましたが。 報道では、港区の震度は5弱でした。 事務所から、1時間半ほど歩いて世田谷区上馬の自宅に到着し、配偶者に状況を聞くと、 「家の揺れは今までにない大きさだったが、恐いほどのものではなかった」とのこと。 壁のひび割れ、食器棚やテレビなどの家具の転倒は見当たらず(ほとんど転倒防止の措置済 み)、二階の机の上の物が落ちていた程度でした。近所の古い家も被害が生じなかった様子 なので、意外に古家でも持つものだと感心したものです。 世田谷区の震度も5弱。 ちなみに都内で一番大きかったのは、千代田区、墨田区、江東区、足立区、杉並区などの震 度5強。 でも、これが震度6以上になると、どうでしょうか。 未経験で不安です。 私のところは、数年前に耐震診断を受け、6弱程度の地震には耐えられる耐震補強工事 (一部の部屋の壁内に構造用合板を入れたり、外壁に鉄の筋交いをつけたり)をしたのです が、問題は基礎の部分。 地盤と家の土台の堅牢さがどうか?です。 だが、それらが震度7の耐震性がある家屋で全壊・半壊・火災を免れ得たとしても、家屋が 密集して道路や地下鉄が迷路のように張り巡らされた東京都内では、あちこちで老朽家屋や ビルの損壊、道路の陥没、高速道路や橋や崖やトンネルの崩落、火災、ガスや石油タンクの 爆発、渋滞車両の炎上、停電、断水、ガス漏れが発生し、自宅にこもっていることが出来な くなるでしょう。 その場の危機から脱出し得たとしても、食料の確保の途絶、上下水道や電気やガスなどのラ イフラインの寸断、医療機関の機能停止などは長期間に及ぶので、生活が危機に。 第一、 大量の都民が避難する場所など極めて限定的で少なく、そこにさえもアクセス出来 なくなるでしょうから、まさに阿鼻叫喚の状況になること必至。 東京中が長期間パニック状態になり、政府や都の行政も完全に機能不全に陥るでしょう。 今の日本で喫緊を要する最重要施策は「大震災等の防災対策」。 しかし国は、「核ミサイル保有の北朝鮮に対する防衛強化だ、東京オリンピックだ」ばかり…。 私は以前から「東京オリンピックより、東日本大震災等、近年の災害被災地の復旧・復興対 策や首都圏等の防災インフラの整備を最優先にすべき!」と主張してきましたが、空しく響 くだけです。 政治も行政も、なぜこれらにもっと大量の予算を集中して、ソフトとハードの両面からの強 靭で安心な防災対策を大々的に施行しないのか。なぜマスコミもその緊要性を広く報じない のか。 私には全く理解不能です。 外交・防衛も経済も重要ですが、まさに現状で首都圏直下型の大震災が勃発したら、日本国 の沈没です。 しかし。 「今更、老朽化した高速道路や橋桁やトンネル、公共施設等の建替え・補強をしても、焼け 石に水。無駄。手を付けられない。我々は今の課題で手一杯だ。あとは国民の自己責任で出 来る、自宅の耐震補強と日頃の備えを」というのが本音でしょう。 防災対策と超高齢社会対策。 この二つが、日本の歴史上の空前絶後の課題として、眼前に立ち塞がっていると言っても過 言ではないと思います。 いずれにしろ、北海道地震被災地の早い復旧・復興を願うばかりです。 それでは時節柄、ご自愛のほど。 ●A君からのメール こんにちは。 9月6日の地震後に、早速ご連絡いただきありがとうございます。 自宅のある札幌市東区は、当初は震度5強でしたが、その後修正され、6弱でした。 東区では、倒壊したところはほとんどなく、ただ、地下鉄の上の道路が連続的に陥没し、そ れでも1週間から10日で、通行に支障のない程度まで仮復旧されました。 でも、我が家はマンションの上層階ということもあり、一段と揺れが大きかったと思います。 タンスは転倒防止をつけていたので、大丈夫でしたが、地震後、転倒防止の器具がずれてい たので、直そうと緩めたところポッキリと折れました。それだけ備えが効いていたようでし た。 隣の家ではタンスが転倒したとのことでしたが、ケガ等はなかったようです。 転倒したテレビは致命的な傷はなかったものの、食器棚に収納していた多くの皿は飛び出し て、床に落ちて割れ、オーブンレンジも転落して壊れ…。 真っ暗な中、床に散乱した本などを高いところに置きなおし、あとは家族に家の中のことを 任せて、震度5弱以上の地震が発生すると自動的に招集がかかる非常参集により、市役所に 急いで出勤しました。 信号機も止まり、タクシーもほんのわずかしか走っておらず、徒歩で職場へ行きました。 全道一円ブラックアウトにより停電している中、市役所本庁舎では自家発電が備わっており ますので、テレビもパソコンも通常どおり使用できる環境にはありましたが、情報の収集、 避難所等への職員の応援体制の立ち上げ等に奔走しました。 札幌は大雪以外に天災に見舞われるという経験に乏しく、色々と手探りをしながらの震災対 応であったかと思います。 全市的には、南東の清田区の一部で液状化がみられ、全壊家屋もかなり発生しました。 ここは、もともと火山灰地で、宅地造成する際に高いところの土を削って埋めてならした沢 地でした。 被災したところは、昭和40年代の造成地が多く、人災ではないかと訴えている人もいるよ うです。 札幌市では、復旧事業を担うチームを結成して対応しておりますが、道路と民地が一体的に 被災しており、すぐに手を付けるのは難しいようです。 昔の図面を出したり、地質調査などから始める必要があって、今後液状化しないように、ど のように造成するのかから検討しなければならない、という状況で住民説明会を開催してお ります。 どう頑張っても、すぐには具体的なことを示すことができないのですが、もっていきようの ない住民の怒りが、職員に寄せられております。 これは公務員ゆえ、しょうがないところですが。 札幌市全体からすると、家屋被害の割合は極めて小さく、多くの市民の感じたことが「電気 のない生活の不便さ」です。 地震発生後30分程度で全道的に停電したあと、その日の午後から少しずつ復電していきま したが、配電系統ごとに、本当に少しずつでした。 それでも拙宅は、幸いなことにその日の21時少し前に復電しましたが、同じ配電エリアに 大きな病院があったことから、早く復電したものと思われます。自宅の南側も東側も、遠く まで真っ暗で、翌日の夜くらいまで停電が継続しておりました。 友人とラインなどでお互いの状況を報告しあっておりましたが、札幌市では西区や北区の一 部、あと隣の江別市大麻地区などが最後まで残り、全戸復電したのは、停電から約2日半後 でした。 停電状況で二晩、過ごされた方も少なくありませんでした。 亡くなった方や家を失った方がおられる一方、私共は幸いに気候の良い時期での地震でもあ り、1〜2日電気がなかったくらいで大したことはなかったので、これからの復旧作業に力 を注いで参りたいと思います。 少々長くなりましたが、取り急ぎ報告します。 それではまた。 |