樹木さんと島田さんの話(1)
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稀有な個性派女優・樹木希林(きき・きりん)さんが、昨年9月に75歳で亡くなってから、 9か月が経った。 そして今、樹木さんの書籍が何冊も出版され、どれもが売り上げの上位になって、本屋の店 頭を賑わしている。 例えば「一切なりゆき」(文藝春秋社)、「樹木希林120の遺言」(宝島社)、「樹木希林 さんからの手紙」(主婦の友社)、「心底惚れた」(中央公論新社)など。 私は、「一切なりゆき」を読んだが、これが面白い。高齢者世代が人生の終幕を軽快に迎え るための、大きなヒントになるというか。 私は思わず唸ってしまった個所を、忘れないように手帳に書き留めた。 勿論、若い人が読んでも、現在の先行きが不安で生きずらいこの世の中を「求め過ぎずに、 一切なりゆきで生きる」という彼女の人生観に触れると、一抹の希望を抱き、深い共感を覚 える人も多いのではないだろうか。 一言で表現すると、樹木さんの無欲で無我で「物事はこんなものだ。運命だ」と達観し、何 事も受け入れて楽しんでしまう生き方は、驚くほどシンプルで魅力的なのだ。 私は、樹木さんの言葉はテレビの対談等で聞いては来たが、「変わった女優もいるものだ」 ぐらいにしか印象は無く、彼女の映画などもほとんど観ていない。 だが、彼女が今までにテレビや雑誌などで語ってきた言葉を、改めて文章として読んでみる と、言葉の一つ一つの意味合いが、極めて奥深く味わいのあることに気が付いた。 この「一切なりゆき」の本の帯のコピー(宣伝文)からして「求め過ぎない。欲なんてきり なくあるんですから」とある。私は、ついこの一言に魅せられて本を買ってしまったのだが、 そのことは大正解・ラッキーだったと痛感した。 本の中身は、150ほどの言葉(テーマ)ごとに話がされているのだが、どれ一つとっても 「うーん、なるほど」と、時にはニヤリとし、時には神妙に頷いてみる。 例えば。 「人間は50代くらいから、踏み迷う時期になるでしょ。若いままでいるのは難しい。 だからと言って、アンチエイジングというのもどうかと思います。年齢に沿って生きていく。 その生き方を、自分で見つけていくしかないでしょう。 100歳まで長生きしたいという風潮も、どうなのかしらねえ。 自分がたのしむためなのだろうか、と考えちゃいますね。 以前、年配者が近くの公園に保育園が建設されると騒がしいから反対している、というテレ ビ番組を見たことがあって、子供の声を聞くことが楽しいのではなく、うるさいと思うなん てと驚きました。 そういう高齢者はきっとまだまだエネルギーも十分あって、自分たちの側から世の中を見て いるのでしょうね。 それはそれですばらしいけれど、大人として成熟していないとも言えます。 子供の声を楽しいと思わないなんて、いつから日本はこんな国になったのかなあ。寂しいな あ」(2015年・72歳の時) 「年をとって妙に頑張っているのは、若い人から見るとかわいそうだったり、醜かったりす るかもしれませんが、自分の始末は自分でするという日常生活は、出来る限りやったほうが いいと思います。 年をとってパワーがなくなる。病気になる。言葉でいうといやらしいけど、これは神の賜物、 贈り物だと思います。終わりが見えてくるという安心感があります。年を取ったら、みんな もっと楽に生きたらいいんじゃないですか。求め過ぎない。欲なんてキリなくあるんですか ら。足るを知るではないけれど、自分の身の丈にあったレベルで、そのくらいでよしとする のも人生です」(2008年・65歳の時) 初めて樹木さんの演技をテレビで観たのは、彼女が27歳の時の連続ドラマ「時間ですよ」 のお婆さん役。 今までにない意地悪ばあさん的なスットボケた演技に、思わず笑ってしまった。 当時は、樹木さんの実年齢も高齢だと思っていた。 「いい年をして、よくこんなコミカルな演技ができるな」と感心していたのだが、その後、 まだ20代後半の若き女優と知り、その老け役の上手さに舌を巻いたものだった。 だが、年を重ねるごとに味のある役を次々とこなし、映画では61歳の時の「半落ち」で日 本アカデミー賞優秀助演女優賞など多数の賞を受け、64歳では「東京タワー・オカンとボ クと、時々、オトン」で、日本アカデミー賞最優秀主演女優賞等を受賞。以降、65歳の 「歩いても歩いても」、67歳の「悪人」、69歳の「わが母の記」、72歳の「あん」で 数多くの賞を受賞し、昨年75歳の時に出演した「万引き家族」の作品は、カンヌ国際映画 祭において最高賞であるパルム・ドールを獲得した。 まさに彼女は、60歳を過ぎてから他の追随を許さない技量を発揮し、亡くなる間際まで女 優として目覚ましい活躍をされた。 しかし彼女の人生は波乱万丈だった。 21歳の時に、文学座の同期の俳優・岸田森と結婚するも、25歳で離婚。 30歳でロック・ミュージシャンの内田裕也氏と結婚するも、1年半で別居。38歳の時に 内田氏が無断で離婚届けを出すも、彼女は「離婚無効の訴訟」を起こし勝訴(以後も別居継 続)。 60歳の時、網膜剥離で左目失明。62歳の時、乳がんで右乳房の全摘手術。70歳の時、 全身がんであることを公表。 そして、内田裕也氏との間に生まれた愛娘には、常に「おごらず、他人と比べず、面白がっ て、平気に生きればいい」と諭していた母親の樹木さん。 亡くなられた昨年の5月に、彼女はこう言っている。 「もっと、もっとという気持ちをなくすのです。 これはやはり、病気になってから得た心境でしょうね。 いつ死ぬかわからない。 諦めるというのではなく、こういう状態でもここまで生きて、上出来、上出来。 そのうえ、素敵な作品に声をかけていただけるのですから、本当に幸せです」 私は、今までに随分と先哲や偉人の名言、色々な宗祖の教えに関する本を読んできましたが、 どれも高邁なる精神に満ちたものと拝読させていただいても、今一つ私の様な凡人の心に残 るものはありませんでした。(読み方が足りないのでしょうが)。 また、マスコミで立派なことを言っている学者や著名人もおられますが、得てして「口では 立派なことを言っているが、実生活での実行が伴っていない」と思われる人が多くて、失望 することも多々。 今回の樹木さんの本には、今までの教養本にはなかった、庶民の琴線に触れる実のある内容 で、とても新鮮に読むことが出来ました。 彼女は、多くの人の心に「そうだな!」という共感を残して去って行ったと思います。 まさに昭和と平成の時代を生き抜いた芸人としての、見事な散り際でした。 さて、樹木希林さんといえば内田裕也氏、そして女優の島田陽子さん。 その辺の思い出話は次回に。 それでは良い週末を。 |