東井朝仁 随想録
「良い週末を」

敬 意 を 抱 く 人
私が「敬意を抱く人」。
それは単純に、社会的地位が高い人、名誉がある人、経済力がある人、家系がいい人、社会
的名声が高い人、慈善事業を行っている人・・・・ではありません。
もっと普通のレベル。
それは、「単独で生活している人」。ただそれだけ。
これに加述すれば「自分の事は自分でちゃんと行って、自立して生活している人」。もっと
平たく言えば「自分の食事を作る、自分の衣服の洗濯をする、自分の住居(部屋)を掃除し、
自分一人の生活をつつがなく送っている人」。この条件をクリアしている人に対して、私は
日頃からすべからく敬意を抱いています。勿論、実際に付き合ってみて、人間として「品性
が低劣」な人は論外ですが。

単独で生活している人。
政府の調査によると、2015年における「一人暮らしの世帯」の割合は、全世帯の14%。
7人に1人が一人暮らし。
これから6年後の2025年には、すべての都道府県でその割合が最大になるとのこと(全
世帯の16%。約6人に1人)
私の住んでいる世田谷区上馬の周辺地域でも、あちこちに単独世帯の家があり、それがここ
数年で増加しているようです。それも高齢者の単独世帯が。
そうした状況が垣間見えるのは、私の配偶者が、単独生活者への配食サービスのボランテイ
アを行っているから。
毎日午後4時前になると、近くの社会福祉法人のデイサービスセンターに行き、自転車で
15軒〜20軒ほどの家に弁当を配って回わり、1時間ほどで帰宅してきます。聞いてみる
と、要介護者だけではなく、比較的に元気な高齢者も多いようです。
しかし、指が拘縮していたり、室内歩行がやっとで夕食を作るのは無理な人などが、宅配サ
ービスを受けている模様。時々、80を過ぎたカクシャクたる男性から、玄関で政治批判や
社会批判を聞かされたあと、コンビニから買ってきたアンパンをお礼にと一つ手渡され、帰
ってくることもあるようです。

話が高齢者問題になりそうなので、戻します。
なぜ「単独で生活している人」に敬意を抱くようになったのか?
それは、私が三重県の厚生連(7つの病院グループ)本部に単身赴任して勤めた時の経験か
ら痛感したこと。
私が56歳から60歳までの約4年間、津市内の比較的広いワンルームマンション(12畳
ほどのリビング、台所、トイレ、浴室、洗面所)で生活していました。
生まれて初めての単独生活。
しかし、初めのうちは新品の洗濯機、炊飯器、掃除機、冷蔵庫、家庭用品を揃え、張り切っ
て炊事(但し夕食のみ)や洗濯や掃除を行っていましたが、次第に家事のどれもこれもが嫌
に。
朝7時に起床し、7時半に近くの喫茶店に入り、8時に徒歩5分で本部ビルに入り、役員室
で8時半の始業まで新聞を読み、それから一日中、種々の会議や、南北に長い県内に点在す
る7つの病院まわりなどを行い、職場を出るときには、クタクタ。
マンションに帰ってから炊飯器でご飯を炊き、おかずを作り、それから一人でテレビを見な
がら夕食を取るなどということが、ホトホト面倒になってしまい、食欲も落ちてしまったの
です。
それからは割り切って、全ての食事を外食にしました。
その代わり、食事内容が偏らないように、和食、麺類、寿司、洋食、焼き肉、魚、中華など
の分類ごとに店名を整理し、ローテーションで利用し、栄養のバランスに気を付けていまし
た。
自炊(食事)はそんなことで、ほぼ無し。

洗濯は。
これも、夜中に洗濯機をかけるのは面倒。
それで土曜日、日曜日にまとめて洗濯していたのですが、それも最初の1年ぐらい。
隔週で金曜日の夜に帰京し、日曜日の夜に戻っていたので、尚更。
それから、ワイシャツだけ週に一度、6枚まとめて近くのクリーニング店へ出していました。
掃除は、月に1度ぐらい。
しかし、ほどなくして、ワタミが訪問介護サービスと並行して展開し始めた家事代行サービ
スを知り、これを利用。
2週間に1回、2時間2千円の契約で洗濯(ワイシャツ以外の全て)と掃除(風呂やトイレ
も含む)をしてくれるのです。
家政婦のおばちゃんに「すぐに終わってしまいますから、他に何かやることあればやります
よ。買い物とか料理とかも」と言われたが、特に何も無し。
このサービスは有難かった。いわゆるコスパ(コスト・パフォーマンス)が良かった。
だが、こうしたことは一時的なことなので出来たこと。永遠にとはいきません。
そのうちに帰京して、また家庭生活に戻るという意識があったからこそ凌げた、4年間の生
活でした。
それは、殆どの単身赴任者にも言えること。

こう述べてくると、「何だ。ご飯一つ焚けないのか。洗濯ぐらいやれないと、先々一人にな
った場合に、生きていけないよ」と苦笑する人がいるかもしれませんが、炊事、洗濯、掃除
など小学生のころからやっていました。
家が大家族。年がら年中、6人兄弟の2番目の私は、はたきと箒と雑巾での掃除から、ガス
とお釜でのご飯炊きや、煮干しでダシを取った、大根の千切りの味噌汁などは、まさに朝飯
前。
高校3年間の寄宿舎生活では、当時は洗濯機や「粉せっけん」などはなく、ましてや温水を
使うなどと言うことはあり得ないことで、冬の厳寒の洗い場で、手指が千切れるような冷た
い水道水をため置き、洗濯板と亀の子石鹸(固形の洗濯石鹸)で、ゴシゴシと下着やワイシ
ャツを洗濯するのが日常でした。
シャボンの泡など立ちようがなく、それでも無言でいつまでもゴシゴシと洗い続けるのです。
そして、学生服のズボンは寝る時に敷布団の下に敷き(いわゆる「寝押し」)、プレス。
結婚してから3人の子供がまだ小さい頃、配偶者が入院していた時は、朝食を作り、(昼食
は小学校の給食)
職場から飛んで帰って夕食を。肉野菜炒めと玉子焼き、かつおだしの油揚げと玉ねぎの具の
味噌汁が定番。
「早起き、正直、働き」が、親からの教育でしたので、働く(家の手伝い)は義務になって
いました。

だが、今や炊事、洗濯、本格的な掃除は、殆ど皆無に。
やる気が全く起こらないのです。
それに、幸いなことに(?)、これらの領域に私が立ち入ると、配偶者が嫌な顔をするから。
特に炊事に対して。
したがって、こちらはただ食べる人、料理の評価をする人になって幾星霜。
しかし最近、「もし、配偶者が先に亡くなったら、一人で炊事や洗濯を淡々と出来るだろう
か?」と、ふっと不安に考えることが多くなったのです。
そんな時、何人かの同年配や年上の一人暮らしの人と歓談したのですが、皆さん一様に料理
作りをやっていることに驚きました。料理本を参考に、材料を買ってきて色々な料理を作り、
それをゆっくりと酒を飲みながら食べておられるとのこと。料理を楽しんでいるのです。
終生独身の方、妻や夫に先立たれた方、離婚して一人の方など、色々な人がおります。
皆さん一人で外食をしたり、友人知人と食事をしたりもしていますが、基本は健康を考えな
がら、好きな料理を手作りし、それを楽しんで味わっておられる様子。深く感心しました。
そして、彼ら彼女らに共通しているのは、何となく一本筋の通った生き方、悔いのない自分
らしい生き方をされている、ということなのです。

高齢期の生活で重要なキーワードは、4K(少々のカネの保持、健康(ケンコウ)の維持、
家事(カジ)を行うこと、孤独(コドク)に慣れながら自己実現を図ること)。
私は、そう考えているのですが。
この4Kを実践されている人に対し、私はひそかに敬意を抱いている、今日この頃なのです。

それでは良い週末を。