東井朝仁 随想録
「良い週末を」

ONE TEAM
旧聞に属するが、日本で行われた過日の「ラグビーワールドカップ2019」には感動した。
大袈裟に聞こえるだろうが、私の今までの72年間の人生において、3本の指に入る深い感
動だった。
私が小学生(昭和30年代前半)の頃から、ラグビーは既に高校や大学の一部では、盛んな
競技になっていた。しかし、その頃から今日まで、世界における日本のラグビーは、二流と
自他ともに認めざるを得ない程度の実力だった。だが、その日本が前回(2015年)のワ
ールドカップ(W杯)で、ラグビー強豪国・南アフリカに「奇跡的」に勝利した時から、日
本ラグビーに対する評価が大きく変わってきた。
4年に一度のラグビーW杯は、「夏季オリンピック、FIFAワールドカップ(注・サッカー)」
と共に世界三大スポーツ祭典の一つである。世界から選抜された20か国のチームが参加。
1グループは5チームで編成され、全体で4グループに分かれ予選が戦われる。
予選はそれぞれのグループごとに総当たりで行われ、各グループ上位2チームが決勝トーナ
メントに進出できる(ベスト8)。その2015年のW杯で、日本は前述通り、優勝候補の
南アフリカを破り、予選では3勝1敗と大健闘した。だが、わずかにポイント数で劣り、決
勝トーナメント(ベスト8)進出は叶わなかった。
そして、近年急速に実力を上げてきた日本のラグビーが評価されたのか、何と、日本がW杯
2019の開催国に決定した。
日本開催が決まった時、きっとラグビーを少しでも知っている人たちなら、「やった!」と
いう喜びと共に「本当か?ホスト国が1勝も挙げられず、早々に予選敗退して赤っ恥をかく
のではないか?」と一抹の不安も抱いたはずだと思う。

しかし、大会関係者の本気度は凄かった。
「4年に1度じゃない。一生に1度だ!」のキャッチ・フレーズの載ったポスターが街で目
につくようになると、私は徐々に「これは、代表チームも大会運営者も、生半可な覚悟では
ないな」と、痛感するようになった。彼らが真剣を振り上げ、捨て身で立ち向かう覚悟であ
ることを、ヒリヒリと感じるようになった。オリンピックは1964年東京大会に続き、来
年、55年の歳月を経て再び日本で開催される。私にとっては人生で2度目だ。だが、ラグ
ビーはどうだろうか。数十年後に再び開催される可能性はあるが、大会キャッチ・フレーズ
は「一生に1度だ!」
この言葉から「日本で間近に世界のラグビーを応援できるチャンスは、あなたの人生ではも
うない。日本主催もこれっきり。今回が最後だ!」という切迫感が伝わってくる。
私の年齢からするとそれは当たり前だが、若い人たちにとっても今後の日本の国情を考える
と、「これが最後だろう」という気がしている。

ともあれ、いよいよ日本大会が始まった。日本の初戦はロシアだ。
対戦前日。テレビのインタビューで、日本チームの長老選手が「国民の皆さん、明日は日本
が勝ちます。私はそう信じています。絶対に勝ちます。ベスト8に進出します。皆さんも信
じて応援してください」と確信に満ちた口調で語っていたが、その時の私は「強がりを言っ
て自分たちを鼓舞しているのだろう」程度にしか捉えていなかった。
試合当日。日本は物凄い緊張感が漂うキックオフ前のセレモニーで、誰もが硬い表情をして
立っていた。案の定、立ち上がりの日本は硬くなって先制点を取られた。
開催国のプレッシャーが選手たちを呪縛しているのか、と試合の成り行きに一瞬不安を感じ
た。
しかし!前日の「勝ちます。信じてください!」の言葉通り、選手は緊張がすぐに解け、今
までの4年間の「世界一過酷な練習」をこなしてきた自信が、徐々にプレイに表れてきた。
スクラムを組んでもフォワードの8人は、ロシアの巨漢フォワードに力負けせず、逆にグイ
グイと押し込んでいた。
そしてボールを得ると、バックス陣は俊敏にゴールラインめがけて駆け回った。タックルさ
れても倒れながら片手で巧みにパスをしてつなぎ、トライに結び付けた。私は「これほど体
力も技術も鍛え上げられていたとは」と感嘆の連続だった。トライを決め、ゴールを決める
たびに、思わず快哉を上げ続けた。結果、日本はロシアを30対10で破った。
その後、ベスト8に1回も進出(予選突破)したことがないラグビー二流国の日本チームは、
6回進出したアイルランドや2回のサモアに勝利し、最後は7回進出の強豪スコットランド
さえも堂々と撃破し、W杯史上初のベスト8(決勝)進出を勝ち取った。
これは同時に、W杯で日本が雲の上の存在だったスコットランドに、初めて勝利した劇的な
瞬間でもあった。テレビ中継のアナウンサーは「もうこれを、奇跡とは言わせない!」と感
極まった声で叫んでいたが、同時に私もテレビの前で感動に震えて目頭を熱くしていた。

日本の予選4試合全て、観客席は超満員だった。そして毎回、巨大スタンドは歓喜に溢れ、
湧きかえっていた。各テレビ局からも、日本各地で喜びに沸き立つシーンが放映されていた。
それは表現できないほど純粋で、すがすがしい人間本来の喜びの表徴だった。私は、もしか
したらこれほど多くの国民が「心を一つに」して喜び合う出来事は、少なくとも私の今まで
の人生において初めてではないか、とさえ思った。
それは、日本が勝ったからという勝敗の問題だけではない。また、必ずしもラグビーのフア
ンだからとか、最近の暗い社会状況の中、不安と不満を抱いた多くの国民に、一時の希望を
与えたから、だけではないと思った。
それは、80分間の試合を、全身全霊を尽くして戦った選手のひたむきな姿、それにノーサ
イド(試合終了)での両チームのスポーツマン精神に満ちた、相手を「リスペクト」する態
度に感動したことも大きかったはずだ。
日本に敗れて決勝トーナメントに進出できなかったスコットランドの選手は、それでも日本
の選手と健闘を称え合って抱き合ったり、相手の肩に手を当ててお互いを励まし合ったりし
ていた。そして日本選手が引き上げる時、左右二列に並んで花道を作り、その間を歩く日本
選手を称えていた。さらに日本チームも最後の選手が退出し終えると、今度は自分たちが2
列になり、スコットランドの選手を拍手で称えて送った。こうしたお互いをリスペクトする
姿を見て、多くの国民は、人間として大切な何かに気づかされ、そのすがすがしい姿に魂が
揺すぶられて、惜しみない感動の拍手をいつまでも送っていたのではないだろうか。

ラグビーには、競技規則(ルール)と共に、ラグビー憲章がある。
ラグビーをする誰もがフイールドの内外で、心に留めておく規範である。
それは「品位、情熱、結束、規律、尊重」。
そして特に、チームメイト・相手・審判・ゲームにかかわる人すべてに対する「尊重」(リ
スペクト)が 最も大切とされている。 その具体的なフレーズである
「One for all  All for one(一人はみんなのために、みんなはひとりのために)」
は、私の終生のモットーの一つである。
リーチ主将をはじめ31名の代表選手の誰もが、5試合もの苛烈な戦いを通してさえ、仲間
は勿論のこと、相手チームや多くの観客に対してリスペクトする態度を一貫して崩さなかっ
たことは、私は本当に素晴らしいことだと感心した。

日本は、10月20日の準々決勝で、南アフリカに敗れ、敗退した。
しかし、大会の4年前から「ベスト8」を目標に掲げ、多くの犠牲を払い、どんな艱難辛苦
にも耐えながら日夜猛練習に励んできた選手たちと、それをフォローしてきた関係者は、立
派に目標を達成した。彼らの不屈な「志」は、まさに驚嘆に値する。
彼らが初めて開いたベスト8への扉。
この事実は日本ラグビーの歴史に刻まれ、後進の希望の光となることは間違いない。
これからは日本に住む誰もが、人種も出身国も立場も関係なく、7か国の出身選手が桜のエ
ンブレムのユニホームで心を一つにした日本チームように「ONE TEAM」となり、お互いに
「リスペクト」し合って生きていける、そんな健やかで明るい日本社会を目指して、頑張っ
ていきたいものだ。
そう痛感させられた、素晴らしい大会だった。
出来えるなら「一生に一度しかない」を、生きている間にもう一度、味わいたいものだ。

それでは良い週末を。