東井朝仁 随想録
「良い週末を」

          3密に3Sを
今の時季は爽やかな季節のはずですが、今年は鬱陶しい日々が続きます。
原因は言わずと知れた新型コロナウイルスの感染拡大。
起因は感染拡大防止策としての、「3密」(密閉空間、密集場所、間近で会話する密接
場面)を避けること。そのために不要不急の外出を自粛することが、国及び都道府県か
ら要請されていること。
一億総国民が自宅引きこもりを余儀なくされて1か月半ほど。
これはこれで、やむを得ないことでしょうが、この社会全体を覆う閉塞感・不安感はい
かんともし難いものがあります。
国や地方公共団体の対応の遅さや朝令暮改の指導など、色々と不満や批判もありますが、
それは事後の総括に委ねることとし、私はマイペースで「巣ごもり」をしています。
3月半ばぐらいから今日まで、3密を避け、極力テレビや新聞を見ず、3Sを日々の糧
としながら、です。
三つのSとは。

まず1つ目のSは、スクリーン(映画)。DVDを観ること。
この期間(3月中旬〜今日まで)に観た映画の題名は次の通り。
「潜入捜査官」(主演・西島秀俊)、「祈りの幕が下りる時」(阿部 寛)、日本アカ
デミー賞・作品賞の「新聞記者」(松坂桃李)、国際アカデミー賞・作品賞の「グリー
ン・ブック」。そして往年の人気テレビドラマ「寺内貫太郎一家」(小林亜星等)や
「二人の世界」(竹脇無我)の全巻。
両アカデミーの作品賞は、見応えがありました。
でも、「二人の世界」も、懐かしい昭和45〜6年の東京の風景と共に、当時の若い男
女(主演は竹脇無我・栗原小巻)の清純でひたむきな生き方に引き込まれ、全26回分
をスッと観てしまいました。あおい輝彦(元祖・ジャニーズ)の同名の主題歌が流れる
中、二人がしばしば日比谷公園の噴水の場所でデートするシーンが映し出されると、私
自身の様々な想い出が溢れ出て、何度も胸が熱くなりました。

2つ目のSは、ストーリー(小説)。読書です。
この期間に本屋で買い求め、既読・半読を含めた本の題名は次の通り。
「対岸の彼女」(角田光代・文春文庫)、「銀河鉄道の父」(門井慶喜・講談社文庫)、
「時代へ、世界へ、理想へ」(高村 薫・毎日新聞出版)、「心」(稲盛和夫・サンマ
ーク出版)。それに再度読みたくなって買った、文字が大きくて読みやすい新装版の文
庫本「されどわれらが日々」(柴田 翔・文芸春秋)と、「人間失格」及び「斜陽」
(太宰治・新潮社)。
太宰の本は、昨秋も新潮文庫の「ヴィヨンの妻」と「グッド・バイ」を読んだが、これ
も文字が大きくなって断然に読みやすくなったから、つい釣られて買ったのだが、どう
もそれだけが理由ではない。何か麻薬・媚薬のようなものが文章に盛られているようで、
今回もつい手が出てしまった。そして読後に「もうこの手の本はいい。二度と読むまい」
と思うのだが、果たして。ちなみに新潮文庫「人間失格」の奥付を見ると、昭和27年
10月に発行後、令和元年8月には204刷(回)目が出ているのには驚いた。
これほど、時代をまたいで長期間にわたり、読まれ続けている本というか小説家は、他
には無いのではなかろうか、と驚嘆した次第。やはり老若男女を問わず、この作家の麻
薬的文章に傾倒する人が、いつの時代にも絶えないということだろうか。
高村 薫氏の時事評論的なエッセイも、それぞれの事柄の問題点を的確に捉え、何者に
も忖度せずに鋭い批評を加えているものばかりで、久々に痛快で心が覚醒されるものが
あった。
でも。
今の私にとっての読書は、面白さ、共感、示唆、感動、それに読みやすさを備えたエン
ターテイメントのものが一番いい。
その点、現在読んでいる、以前に古本屋で買った源氏鶏太の「鏡の中の真珠(上・下巻)」
(集英社文庫)などは、コロナ禍の閉塞感と不安感が満ちた現在、最もストレス解消に
なる良薬本。
小学生高学年以降、学校の読書の時間などで石坂洋次郎とか源氏鶏太の本を読んでいる
と、決まって「もっとちゃんとした本を読みなさい」と、国語の先生に言われたもので
した。また、成人になってからも、このお二方の本の類、いわゆる大衆小説などは読書
いわんや文学論の対象にはならない、といった風潮が私の周りにあったのは事実。
しかし正直な話、夏目漱石も芥川龍之介も川端康成も三島由紀夫でも、いわんや高橋和
己でも安倍公房でも、私にとっては特別の感慨を与えてくれるものは殆どなかった。
こればかりは、その人各人の価値観、好みの問題だろう。
その点、今読んでいる源氏鶏太などのテーマは、常に痛快・爽快・愉快の3快のストー
リーで、単純にOK。

3つ目のSは、ソング(歌)。歌を聴くこと。
残念なのは、コロナ自粛でカラオケで歌えないこと。
3つのSの中でも、歌が一番生活の中で手短に楽しめます。
それは、歩いている時や電車の中で、あるいは喫茶店などで、スマホのイヤホーンを耳
にすれば、すぐに220曲ほど登録している歌の中から、聴きたい歌を5分でも1時間
でも自由に聴けるからです。
歌のない日々は考えられません。
本がなくても映画が観れなくても、1か月や2か月はやり過ごせますが、歌を聴けない、
あるいは歌えない1、2か月だったら、相当に心は冷えることでしょう。
私にとってスマホの最大の機能は、多くの歌を自由に手軽にいい音声で自分一人で聴け
ること。あとのスマホの機能は、電話とショート・メールさえ出来れば、全く不要。
グーグル・マップなどを使うより、直感を働かせて、さもなければ地元の人に尋ねたほ
うが的確で早い。
第一、 加齢とともに視力が衰え、見る行為は結構疲れます。
しかし、聴くことは2時間ばかり通しても、殆ど疲れません。
そして、例えば私の場合、現在は220曲ほどをスマホに選曲して入れてありますが、
どの曲もイントロを聴けば歌の名前がすぐに出てきます。そして、それぞれの歌に秘め
た「想い出」が脳裏に蘇えり、心を明るくしたり、熱くしたり、興奮させたり、しんみ
りさせたり、励ましたりするのです。
中島みゆきの「時代」を聴けば、「そうだな。いつの日にか、あんなコロナの時代もあ
ったなと思い出せる時がくるんだろうな・・・」と考えたり、太田裕美の「木綿のハン
カチーフ」を聴けば、誕生日の日に日比谷公園の噴水の前で水色のハンカチをプレゼン
トしてくれた女の子のことや、当時の色々なことを懐かしく想い出したり・・・。

そんなこんなで、緊急事態宣言下の日常を、3Sを楽しみながら過ごしている今日この
頃。
さらにSを付け加えれば、酒と散歩と食事。

近い将来、大きな大きなS、スマイルの日々が到来することを祈りながら、お互いにし
なやかに生きていきたいものですね。

それでは良い週末を。