秋日和の小径を歩きながら(2) |
(前号からの続き) 1979年(昭和54年)4月2日(月)、私は「厚生省環境衛生局指導課主査」への人事 異動の辞令が交付された。 今から41年前の、31歳で迎えた春。 「主査」というのは、係員がいない係長ポスト。 昭和54年度組織・定員要求の結果、「4月1日付で主査ポスト→10月1日付で新設の 『組合振興係長』」に振替」という査定を受けてのもの。 その半年後、ちょうど私の誕生日に再度、新係長の辞令が交付。 ほんの少し前のことの様な気がするが、あれから明日の10月1日で満42年が経過、私 は満73歳になる。 今日(9月30日)は、そんなことを想い出しながら、晴天の澄んだ空のもと、秋の柔らか な日差しが降り注ぐ駒沢の住宅街の小径を歩いていた。 帰宅後、これを書いています。 なにぶん40年前のことなので、失念や間違いが多々あると思いますが、ご容赦のほど。 新たに設けられた組合振興係長(それまでの間の主査)の業務とは。 一言で言えば、環境衛生関係営業者(環衛業者)の経営の振興と、営業施設(法律上は店 舗を施設と表現)の適切な衛生水準の確保を図るための、種々の指導・監督業務。 私が新係長に就任する前年、これら営業に関する基本法となる「環境衛生関係営業の運営 の適正化に関する法律」(環衛法)の大改正で、「環境衛生」の名称が「生活衛生」に変 更され、法律名も「生衛法」となり、営業振興に重点を置いた新たな条文が多数加えられ た。これに伴い、各業種(16業種)ごとに設立された全国の同業組合(そしてその中央 組織の連合会)を通じての、営業振興と営業方法の制限方策の制定が、喫緊の課題であっ た。 営業振興策は、国が業種別に「振興指針」を策定し、これに準拠して営業をする営業者に は特別融資等の施策を講じること。各都道府県に設置した営業指導センターへの運営費補 助金の交付など。 また営業方法の制限では、行き過ぎた過当競争(料金のダンピングなど)を抑えるために、 最低料金や営業時間等を定めた「適正化基準」を作成・告示し、業界を指導すること。 そこで、私は2年がかりでクリーニング業とすし店の振興指針を策定・告示するとともに、 長年の懸案だった美容業とクリーニング業の適正化基準も策定・告示した。 あるいは、減少の一途を辿る公衆浴場(銭湯)に対し、物価統制令(都道府県が定める最高 料金を順守することが義務化される。当時は、公衆浴場と工業用アルコールのみ対象だっ た)対象の公衆浴場の原価計算方式を見直したり、有識者からなる確保対策検討委員会を 設置したりして、確保対策を推進した。 さらに、当時は大企業が生衛業に新規参入し、市場を席巻し始めた事態を憂慮した通産省 は「分野調整法」や「大規模小売店舗法」を公布。 生衛業界も、旅館業やクリーニング業などで、厚生大臣に対し分野調整法に基づく「調査 の申し出」が行われ、私は上司の補佐と福岡県や石川県にある進出大企業の本社や県庁を 訪問し、出店の規模や営業方法等を聞き取り調査し、申請者の同業組合理事長あてに調査 結果の報告をしたりしていた。 (調査日の翌日の全国紙には、「厚生省、初の分野調整法に基づく調査実施」などの見出 しが掲載された) それではなぜ、この様な業務を国が行うのか。なぜ、中小企業庁が中小企業対策を行って いるのに、厚生労働省(旧厚生省)が生衛業に特化して振興対策を行うのか。 それはズバリ、前述したように中小零細企業の経営の安定・振興を図ることが、衛生的な 施設(店舗)と、厨房や冷凍冷蔵庫等の衛生設備の維持・改善には不可欠だから。そして中 小零細企業の人材の確保、サービスの改善向上に繋がり、ひいては食中毒をはじめとした 感染症の発生を防止し、国民(消費者・利用者)の安全・安心が確保され、ひろく我が国 の公衆衛生の維持・向上が図られることになるから。 この業界は、「適正な衛生の確保と経営の振興」の両面からの対策を講じないと、国の一 般的な中小企業対策では手が届かない。 行政(厚労省・保健所等)が営業者に対し、法令や行政通知に基づく施設・設備の衛生水準 の順守を図るよう厳しく指導しても、経営がうまくいっていないと無理。 大概の営業者は「資金が無い。借入金ではなく、給付金が欲しい」のが本音。結局、適切 な衛生を怠っているところは客足が遠のき、廃業への道を辿る営業者が多いようだ。役所 ・保健所がいくら指導しようが改善勧告をしようが無理。 勿論、営業の自由、競争の自由が基本。 しかし最低限、生衛業では「適切な衛生の確保」が担保されていないと、「儲けたいから」 だけで安易に開業をするのは無理。 結局、被害をこうむるのは営業者であり国民。 現在の新型コロナ禍では、日頃から衛生面に気をつけているところはさておき、「技術が 良ければ、味が良ければ客は来るさ」と、衛生措置・衛生的サービスを軽視してきた店は、 極めて深刻だと推察される。営業時間の自粛が解除されようが、「みるからに不衛生」な 施設、不衛生なサービスのところは、最早、よほどの事態急変が無い限り、経営は困難に なるだろう。 後先になったが、それでは生衛業界の業種とは? この先に述べることは、私が記憶にある40年前の内容。 生衛業の全業種は、すべて法律に基づいて行政の営業許可(又は届出)をとり、また業種 によっては必要な国家資格を有する人を配置する必要がある。 営業許可申請や施設の届け出の際は、保健所の担当官(生活衛生監視員など)の事前審査 ・現場確認があり、国が定めた衛生基準に適合した施設・設備を有していないと、ペケ。 さらに、施設によっては消防法や風俗営業法や水質汚濁防止法などの関係法もクリアして おかないと駄目。 資格三法の業種は、理容業(理容師法)・美容業(美容師法)・クリーニング業(クリー ニング師法)。 施設三法の業種は、興行場営業(興行場法)・公衆浴場業(公衆浴場法)・旅館業(旅館 業法)。 そして飲食関係。 これは食品衛生法での営業許可が必要な飲食店営業。 生衛業では、生衛法に基づき都道府県単位で同業組合を設立することが出来るが、飲食店 はそれにならい細分化される。その業種名は。 すし店、そば・うどん店、喫茶店、社交業(バー・キャバレー等)、中華料理、料理(割烹 等)そしてそれ以外の全ての飲食店。 さらに、食肉販売業・食鳥肉販売業・氷雪販売業。 当時はこれらの同業組合が各都道府県ごとに設立され(業種によっては未設立のところも 多い)、それらの中央組織としてこれら16業種の連合会が設置されていた。 生衛業の全施設(店舗)数は、平成30年で約234万施設(厚労省調べ)。 生衛業に働く従業者数は、総務省の調査では670万人。 同調査での事業所数は約107万施設。 厚労省の調査では従業者数は不明だが、施設数は営業許可件数を計上しているので、厚労 省の調査が実態に近いと思う。 すると、従業者総数はその倍、約1000万人以上とも推計される。 話が長くなりましたが、菅新内閣では、デジタル庁創設とか携帯料金云々とか規制緩和 (規制改革)とか前例主義打破の抱負を述べ、「成長産業優先」「市場原理主義」「自助 (自己責任)」などを政策基準にしていくようですが、そこに中小零細企業対策をどうする のかが、どうも不明。そして不安。 なぜなら、今でも生衛業は「多死多産産業」。開業が多いが廃業も多い業界。 それだけ、国民のぎりぎりの生業として、古来から存在しているのです。 雇用の面だけではなく、公衆衛生の観点からも、国の重要施策として規制と振興策の両面 から、「さすが!」といわれる政策を展開して貰いたいもの。 このままだと、日本の生衛業の明日は絶望的。 国民の多くが、テイクアウトや宅配やオンラインでの生活を歓迎するなら構わないが、多 くの店舗が廃業し、失業者や生活保護世帯が増大し、街が廃れ、社会が荒廃していくこと が、私には十分に想像できるのですが。 そんなことを考えながら、陽の陰ってきた駒沢公園から、小径を辿って帰宅したのです。 昨日は「クリーニングの日(9月29日)」 昔は、明日の10月1日には、クリーニングに出しておいた秋の背広に衣替えし、駅前で ボーイスカウトの子供から赤い羽根を胸につけてもらい、晴れ晴れとした気分で登庁した ものです。 あれから42年目。 73歳になる今、「31歳の自分には戻れないし、戻りたいとも思わない。 だがもう一度、自分の振興を図ろう」と密かに期している、夕焼けが美しい誕生日前日な のです。 それでは良い週末を。 |