ファイト(4)
|
(前回の続きです) 最近、本屋をのぞくと、やたらに「終活」に関する本が目につくようになった。一般的に 終活とは、「死と向き合い、最後まで自分らしい心豊かな人生を送るための準備(活動)」 といった意味合い。 最近の「週刊現代」や「週刊ポスト」などの週刊誌も、60年代、70年代に流行った歌 や映画やスターのことや、高度経済成長に沸き立つ日本社会の様子を、「あの頃は良かっ た。誰もが夢と希望に溢れていた」と、懐旧の情が溢れた記事が満載されている。 そして、ここぞとばかり「人生のエンデイングを悔いなく飾るために。70歳過ぎたらや めること、捨てること、離れること」「この世を去る前に、貴方が今すぐやっておくこと」 などの特集が毎号のように組まれ、遺言書、名義変更、墓と葬式、財産目録、遺産相続な どの用語が並び、「死んだら必要な書類36の集め方、書き方」「身近な人が逝ってしま ったとき、すぐに忘れずにやらないといけないこと」といった終活の手引きが、事細かに 表や図で説明されている。 こんな社会現象は、まさに「今までの人生で初めてのこと。未曽有のこと」である。 私もつい週刊誌を立ち読みしながら、「なるほどこの著名人たちは、友人知人の葬式は欠 礼、自分の葬儀や墓は無用、年賀状廃止、病気を作りだす検診はやめる、余計な延命治療 はやめる、本も服も殆ど捨てる、見栄もプライドも捨てる、人間関係も従来からの惰性で 付き合っている人は一切やめるなどと、随分さっぱりと捨て去る覚悟で老活・終活をして いる。シンプル・ライフはいいな」と感心。 私たち昭和22年生まれの者は、今年で74歳。 そして、昭和26年生まれの人達が今年70歳の古希を迎える。 この団塊世代(一般的には昭和22年〜24年生まれを言う)が、いよいよ前期高齢者か ら後期高齢者へとシフトしていく。 先月の1月末現在、日本における「日本人」の人口は約1億2.330万人。 65歳〜74歳の「前期高齢者」数は、1.736万人。全体の約14%。 前述の各週刊誌は、特に70〜74歳の層をターゲットとした企画・編集をしているのだ ろう(この世代の晩年の不安(弱み)に付け込んだ商法ともいえるが、それだけ売れると 言うことは、ニーズに適切に応えていることでもある。政治家の不祥事や芸能人の不倫な どのスクープ(特ダネ)記事を売りにし、広い世代を対象にしている週刊文春や週刊新潮 と異なり、徹底的に読み手をこの団塊世代に特化して編集しているようだ) 同様に、本屋の書棚にも「終活」に関した作家や著名人の書籍が、負けじとばかりに多種 多彩に並んでいる。 今までは「人はどう生きるか?」「どうしたら幸せな人生を築けるか」などという命題に 対して、教育者や学者や大企業の創立者や作家などが、深い洞察力や豊かな経験から答え (示唆)を与えている本が多かった。 それは「これから・将来」を生きる若者や壮年向きの本なのだ。 それが今では、「いままでの整理・残りの人生」をどう安心して終わらせるかが主流。 この1点だけでも、「まさに時代は変わった」という感慨が湧く。 まずは、自分より年配者の何冊かを手にとって斜め読みする。 どんな著名人の著書でも、私にとって、年下の者が書くものは説得力がない、という先入 観があるから。 そこで、手に取った本の要点を紹介すると。 〇まず、昭和女子大学理事長・坂東眞理子氏(75歳)の「老活のすすめ」(飛鳥新社) →「5Kで生きなさい。感動・学習・交流・貢献・健康」「人生、70代が黄金期」と、 まだまだ前向き。 だが、90代の方になると。 〇96歳の作家・佐藤愛子氏の「気がつけば終着駅」(中央公論新社) →「私達の文化、常識が今の人達には全く伝わらない。家の近くの住民は『幼児たちの声 がうるさくなるから、保育園建設に反対』と叫んでいる。小さい子が騒ぐのは当たり前の こと。大人はそれを受容する気持ちがないと社会は成り立たない・・・年取っていいこと? 何も良いことない。一つだけ、死ぬのがこわくなくなったこと」と。 〇98歳の作家・天台宗の尼僧・瀬戸内寂聴氏の「残された日々」(朝日新聞出版) →新聞に連載された60篇のエッセイの最後で、「年を取るということは、むなしいこと だ」と吐露。 いずれにしても皆さん、そのご年齢でしっかり書かれている。まさに敬服。 以上は、随筆(エッセイ)。 〇小説では、73歳の作家・内館牧子氏の「今度生まれたら」(講談社) →「人間に年齢は関係ない。何かを始めた時が一番若い・・・。それはウソ!」「今の、 何不自由ない家庭と嫌ではない夫に恵まれた人生だから、今度生まれても、またこの夫と 一緒になる・・・。表面ではそう言っているが、本当はウソ。波風立たせたくないだけ」 と主人公の高齢女性に本音を断言させている。 (ここで、過日読んだ内館氏の同様の本) 〇「終わった人」(講談社) →大会社の役職だった定年男性が主人公。 かっての勢いがしぼむ中、まだ俺は出来るとばかりに起業したのはいいが大失敗。故郷が 輩出したクラスの英雄もすでにしおれ、終わった人に。 〇そして、「すぐ死ぬんだから」(講談社)。 →この言葉は当節の70代女性がすぐに口に出す言葉。 しかしそれは、居直りの冗談半分、本音半分。 その言葉が口癖の主人公は、ある日、開き直って最高のお洒落服と高価な美容に老後資金 を使い、近所の衆目を浴びる人気者に。若作り美容と華麗なファッションが習慣になり、 周囲から「若い!きれい!」との羨望が。 かってはブスの負け組だった主人公は、高校時代のクラス会で、当時の人気生徒の今やダ サいババ服・ババ顔に対し、クラスメイトの賛美・驚嘆を浴び、残り人生が一転。 作者は、本当に団塊世代の機微に触れる作品づくりがうまい。 〇一方男性では、今年89歳になられる五木寛之氏。 氏の小説やエッセイは、今まで数多く読んできた。 私が最も好んで読んできた作家の一人だろう。 したがって、手元にあるエッセイの人生本も「白秋期」(日経プレミアシリーズ)、「林 住期」(幻冬舎文庫)、「玄冬の門」(ベスト新書)、「大河の一滴」(幻冬舎)等々多数。 その中でも「他力」(講談社)は、氏が「法然・親鸞・蓮如の3人の信仰」に深い関心と造 詣を有しているので、仏教的な含蓄ある言葉が多く出てくる。 例えば。 「『わがはからいにあらず』と言う言葉が、私の頭の奥にいつも響いて消えません。『な るようにしかならない』と思い、さらに、『しかし、おのずと必ずなるべきようになるの だ』と、心の中でうなずきます。そうすると、不思議な安心感がどこからともなく訪れて くるのを感じる。さっきまで心臓が苦しいほど焦っていたのが、少しずつ落ち着いてくる こともある。ジタバタしながら、そのジタバタにとことん打ちのめされることが無い」 「完全に自力を捨てることなど、不可能です。 しかし、他力こそ自力の母であると感ずるとき、生きる不安や、悩みや、恐怖に最後のと ころでなんとか踏みとどまることが、出来そうな気がするのです」 〇キリが無いので、最後に、先週購入して読了した単行本。 これは作家・政治家だった89歳の石原慎太郎氏と、90歳の作家・曽野綾子氏の対談集 「死という最後の未来」(幻冬舎) 石原氏の生年月日と前述の五木寛之氏の生年月日は1932年9月30日で、全く同じ。 (ちなみに、私の生まれ月日は10月1日) 石原氏は法華経、曽野氏はキリスト教に帰依しながら、それぞれの死を作家らしい捉え方 で忌憚なく話されている。 さわりだけ。 石原氏「死は誰にとっても不可避な事柄ですが、それに背を向けたり、ことさら目をそら したりすることは、逆に残された人生を惨めに押し込めることになりかねません。老いて こその生き甲斐を積極的に求め、自ら作り出すことこそが、晩節を彩る術だと改めて思い ます」 曽野氏「私はね、あらがわないんです。わからないものは、わからないまま死ぬのが、人 間的でいいだろうと思っているから。死んでいくことって、私は余り嫌じゃないの。怖く ったって、避けられないものですから。でもね、私はどこかで、あらゆることは、なるよ うにしかならないと思っているのです。神様とか、何か偉大なものが采配しているという のか、死をも含めた秩序ね」 お二人とも、随分前から日常の中で「死」ということを考えていたとのこと。 この本は面白かった。 私も、50を過ぎた頃、いやその前から「たった一度の人生だから、一日生涯で燃えよう!」 と、バレーボール部や野球部などの宴会や、仲間たちに対するスピーチで叫んできた。 そして60を過ぎた頃から、しばしば喫茶店などで「人間はいつか死ぬんだ」と考えるこ とが多くなり、70を過ぎてからは、一日に一度は知らず知らず「死」を考え ている。 それもフッとしたときに、日常のルーチンのごとく。 そのフッとしたときに手を出して買ってしまう本。 今まで何千冊になるでしょうか(私は図書館などでは借りない。自分の所有にして、マー カーで文章に線を引いたり、付箋を貼ったりしている) 今月に入ってから本屋で衝動買いして読んでいる本。 ・「人新世の資本論」(斎藤浩平・集英社新書) ・「日本の論点・2021〜22」(大前研一・プレジデント社) ・「知らないと恥をかく世界の大問題」(池上彰・角川新書) ・「資本主義の終焉と歴史の危機」(水野和夫・集英社新書) ・「偽善者たちへ」(百田尚樹・新潮新書) ・「戦前昭和の社会、暗い時代の明るい日常生活」(井上寿一・講談社新書) ・「渋沢栄一、100の訓言」(日経ビジネス文庫) ・「内向的人間が、無理せず幸せになる唯一の方法」(スーザン・ケイン、講談社新書) そして、小説本の再読中のもの。 ・「北斗の人」(司馬遼太郎・講談社文庫) ・「内灘夫人」(五木寛之・新潮文庫) ・「憂愁平野」(井上靖) 読書は今日を生きる心のエネルギー、人生を輝かせる光。 世の中にも自分の心にも、「もっと光を!」 読書しながら、今日も「ファイト!」の気が、身体を熱くさせるのです。 それでは良い週末を。 |