東井朝仁 随想録
「良い週末を」

並木よ坂よ・・・(1)

今日(7月15日)は、ちょっとした所用で朝から田園調布に行ってきた。
午前中は昨日までの梅雨空の気配が漂っていたが、いつの間にか、薄い黒雲が消え、代わ
りに眩い青空が純白の積乱雲を切り絵のように浮き出させてきた。
私はバスの最後部の窓側の席で、次々に変わる住宅街の風景と、その上空についてくる白
と青の空の色を、同時に流し目で追っていた。
そして、このところすっかり忘れていた「すがすがしさ」を感じていた。
もしかしたら、梅雨明け宣言は後日にしても、実質的に今日で梅雨が明けるのではないだ
ろうか。

私の家は世田谷の上馬にある。
どこかに出かける場合は、最寄りの東急田園都市線の「三軒茶屋」か「駒沢大学前」の駅
に出る。
しかし今回、田園調布駅には東急の路線バスを利用して行った。
なぜなら、家のすぐ近くのバス停から、田園調布駅行きのバスに乗れるからだ。
バス停まで3分、乗車時間30分で、所要時間は待ち時間を入れても40分ほど。
通常は、自宅から徒歩で10分の「三軒茶屋」駅に。そこから2駅先(急行なら次)の渋
谷に出て、東横線に乗り換えて田園調布へ。乗車時間20分。所要時間は待ち時間を入れ
て35分ほどの料金220円のルートを選択。
どちらを選んでも時間及び料金に大差はない。
だが、バスを選択したのには2つの理由(メリット)がある。
一つ目は、バスなら上馬、駒沢、東が丘、自由が丘、奥沢、そして田園調布の住宅街の風
景が楽しめること(長年住んでいる近隣地域でも、滅多に通ることはない)。そしてほぼ
100%の確率で、前述したように私が一番好きな最後尾の一段高くなったシートの窓側
の席に座れるから、窓外への視野が広くなる。快適でくつろげるので、時間が苦にならな
い。
二つ目は、このコロナ禍の中、異常に混んでいる電車(最近は日中でも半端ない混み方。
スポーツ施設や劇場などより最悪。1両の乗車率を最低でも半減しろ!なんなら無観客・
無乗客にしろ!とはいかないか・・)それに、乗降客が多い駅の乗り換えを忌避したいか
ら。

話が少しそれるが、電車の運賃も「ふざけるな!」と、いいたいことが。
それは、昨今、鉄道路線の乗り入れ(直通運転)が進み、いちいち乗り替えをしなくても直
行できる路線が増えてきて便利になったが、運賃が理不尽に高くなるのが不満。
例えば。
「三軒茶屋」から田園都市線の下りの終点駅「中央林間」までの15駅・42分間を乗車
すると、運賃は310円。三軒茶屋の隣の駅・駒沢大学で130円。これが初乗り運賃だ
ろう。残り180円は乗車距離加算だろう。
しかし。
反対方面の上りで、たった3駅先の「表参道」までは310円!
なぜか?
前者は田園都市線で鉄道会社が東急のみ。後者は三軒茶屋から渋谷までは田園都市線(東
急)、そこから次の表参道までの直通運転になる半蔵門線は、東京メトロになるからだろ
う。
会社側は「本来は、いったん渋谷駅で降り、それから再度切符を買って他の電車に乗り換
えなくてはいけないところを、乗客の便宜を図るために相互乗り入れをしているのですよ。
それぞれの会社はそれぞれに原価がかかっているのですから、相応の料金を頂かないと」
と答えるだろうが。
だが、利用者の気持ちとしては、同じ電車に乗って3つ目の駅で降りるのと、15個目の
遠方の駅で降りた場合が同額というのは、釈然としない。
何か妥当な低減(割引)方法が検討されないものだろうか。

最近つくづく、「運賃の高さ」に驚いている。
ちょっと都内でも奥に出かけると、運賃だけで千円単位になってしまう。
「デフレ脱却」の政策が叫ばれて久しいが、どうも私には運賃の高さが際立っているよう
な気がしてならないのだが(それも電鉄会社は、何時の間にか値上げしている。これに対
し、国民利用者からの反対意見などは聞かれない。昔なら主婦連をはじめとして反対の世
論が沸き上がったが。今は他の商品やサービス料金も、しらっとして何時の間にか値上げ
しているものが多い。今や値上げ=インフレ誘導はOKの風潮)そんな些細なことが気に
なるのは私ぐらいなのだろうか。
スマホの月額料金をちょびっと下げたぐらいで満足し、「物価を上げて、ある程度のイン
フレ経済にしたほうが良い」などと考える国民も少なくないのだろうか。コロナが収束し
はじめたとしても、これからは否応なしに超インフレに見舞われる予感がするが、すべて
の分野で説明不足と国民の無関心の中で、都合の悪いことは「知らしめず」にすらすらと
決められていく、我が国の現状に深い懸念を抱いている。
だがそうした私の独りよがり的な考えも、もはや詮無いことだと諦観し始めているが。

話を戻して。
所用を済ませた後、私は田園調布の街並みをゆっくり散策して回った。
前回は私が21歳の時、今の「東急目黒線」が「目蒲線」と呼ばれ、駅舎も戦後普及後そ
のままの木造の小さな建物だった昭和44年の時。
それが50年の歳月を経て、今や駅舎は近代的な複合ビルに変わり、駅前は洒落た店やモ
ニュメントで整備されていた。
しかし、駅の北側に放射状に広がる幾つもの並木道は、周囲の建物こそ一段と豪奢なもの
に建て替えられていたが、各邸宅のモダンな美しさにも慎みがあり、緑の深さが醸し出す
静寂で品のある街の佇まいは、まだ残っていた。
ふっと和洋折衷の家の垣根に目をやると、1本の木から朱赤色の花がたくさん咲いていた。
それはちょうどこの梅雨明け頃に咲く、「ざくろ」の花だった。
そして本格的な夏が来て、盛夏を潜り抜けて迎えた9月頃、ざくろは見事な実をはじけさ
せるのだ。

50年前の昭和44年7月中旬の夜。
私は某女子大の同年令のKさんを送って、この田園調布の夜の並木道を、ゆっくりと上っ
ていた。
時々暗い夜空に雷が光り、梅雨明けが近いことを感じさせた。
生い茂った大きな並木の木々が、湿気を含んだ生暖かい夜風にざわめいていた。
坂の途中まで来た時、Kさんは笑顔で「ここでいいわ。ありがとう!」と爽やかに言って、
私に右手を差し出した。
私も軽い笑顔で握手し「次回もがんばろうな。おやすみ!」と言い、片手を上げて駅まで
の道を引き返していった。
この年の7月5日から日本テレビで放映がスタートした、連ドラの「颱風とざくろ」(主
演・松原智恵子)の劇中歌を口ずさみながら。
「♪並木よ坂よ 古い友よ  
  君はいま 大人になり 優しい笑顔で 僕を誘う・・・」(歌・森山良子)

田園調布の並木道を歩きながら、50年前の梅雨明けから初秋までの
青く燃えていた季節を、ほんの少し前のことのように想い出していたのです。
この続きは次回にでも。
それでは良い週末を。