東井朝仁 随想録
「良い週末を」

旅愁(1)

毎年、私が秋の訪れをはっきりと感じるのは、金木犀(きんもくせい)の花が咲き、その
甘酸っぱい芳香があたりに漂い始めた頃。
それは、私の誕生日である10月1日の前後3日ぐらいと予想して、まず間違いがなかっ
た。
しかし、今年は違った。
前日の9月30日(注・余談だが、この日は作家の石原慎太郎・五木寛之の誕生日でもあ
る。私らは星占いで言う「てんびん座」)に、隣のマンションの前の道を歩いたが、道の
曲がり角に植え込まれたマンションの金木犀の大樹や、道沿いに長々と植え込まれた背高
い金木犀の垣からは、少しも芳香が匂ってこなかった。
おかしいなと思い、立ち止まってよく眺めたが、いつも緑の葉を覆うように咲き乱れるは
ずの黄橙(きだいだい)色の小花は、どこにも見当たらなかった。
夕食時、配偶者に「金木犀はもう咲いてしまったのかな?」と聞くと、
「数日前に、少し咲いていたわよ。そう言われれば今年はあまり咲かなかったわね」
「猛暑だからか。気候変動はサンマの不漁や金木犀にも影響してきたようだな・・」
そう呟きながら、やせ細って脂がのっていないサンマの身を、口に運んでいた。
食感がパサパサシして、全くうまくない。
それでいて店頭に並ぶ数は少なく、値段は以前の倍以上らしい。
サンマは昨年も不漁でひどかった。
私の一番好きな魚のサンマは、もはや秋の味覚から消えてしまうのだろうか。

そんな夕食時の話から1週間後。
先週の今頃。
いつものマンション沿いの道に出たら、金木犀の花がそこここに咲いていたので、驚いた。
そのことをその日の夕食で配偶者に話したら「テニスの仲間が、今年は何々の花も二度咲
きしたと言っていたわよ」と、金木犀とは異なる花の名前を出していたので、それなら金
木犀も二度咲きだったのかと、なんかあまり感動しない気分で、黙って銀杏(ぎんなん)
の実をつまみながら、日本酒のぬる燗を口に運んでいた。
確か先日のTVでも、どこかの桜の花が二度咲きしたと報じていたが、これが凶兆ではなく
吉兆であればいいのだが。

この酒のつまみの銀杏は、2日前に、駒沢公園の裏手の全く人気のない銀杏並木の歩道か
ら拾ってきたものだ。たまたま電動自転車でゆらゆらと走っていた時、頭に何かが落ちて
きたので停車すると、ひっきりなしに銀杏が落ちてくる。
驚いてあたりを見渡すと、道路一面が銀杏の黄色い実で覆いつくされている。気が付くと、
私の右足の靴も、幾つもの銀杏をグシャリと踏みつぶしており、独特の臭いを立ち昇らせ
ていた。
私は自転車を降り、この次々に落下する銀杏を拾い集めることにした。
小さい頃、素手で銀杏拾いをして、手と、その手で触った腕がひどくかぶれた経験があっ
たので、銀杏のヘタ(2つの実を人の字の形でつないでいる)の部分をつまんで拾い、そ
れを自転車の前カゴに次々と入れていった。一つまみで新鮮な2個の銀杏を収穫。片手で
3ヘタ(6個)は挟める。
すぐにカゴの3分の一ほどが埋まった。これ以上は無用。
帰宅してから水を張ったバケツに放り込んで水漬けし、翌日、ゴム手袋をしてバケツの中
でぶよぶよとふやけた銀杏の実(外種皮)を握りつぶして内種と分離。これを3回繰り返
し、種を取り出してベランダで天日干し。そして、翌日にはとりたての銀杏を食べていた、
という具合だった。
この綺麗な緑玉の薄苦い味は、白玉の芳醇な酒の旨さをいや増す、まさに秋の味覚(保存
の効く銀杏は一年中食べられるが、秋が一番!)
「白玉の 歯にしみとおる 秋の夜の
   酒はしずかに 飲むべかりけり」
秋は食べ物も旨いが、酒(日本酒)もこたえられない。

「♪部屋のあかりをすっかり消して
  風呂上がりの髪 いい香り
  上弦の月だったっけ ひさしぶりだね
  月見るなんて」
この吉田拓郎の歌「旅の宿」は、ススキのかんざしをした風呂上がりの浴衣姿の君と、上
弦の月を見ながら熱燗徳利を酌み交わす情景。
旅行、温泉宿、ススキ、上弦の月ときたら、季節は秋。
秋季は10月か11月。
その間の上弦の月の見頃は、今日の10月13日と来月の11日頃。
この歌は、そのどちらだったのだろうか?と、つまらないことを想像する。場所によって、
11月は寒すぎて月見は腰が引ける(月見窓・雪見窓からでは、情緒がない)から、10
月だろう。
今日は上弦の月。
しかし、朝からの小雨模様の肌寒い天気で、月は見られないだろう。
私は1週間後の満月(望月)を期待し、今夜は草津湯の入浴剤でもいれた自家風呂に入っ
てから、小皿に盛った塩をまぶした銀杏を肴に、一人静かに八海山のぬる燗を、有田焼の
白磁の酒杯で味わうことにします。
私の好きな秋の歌、唱歌「旅愁」を聴きながら。
秋の心は「愁」
今年の秋も、なんとも表現しがたい愁いをたたえながら、過ぎていくのでしょうか。
この続きは次回にでも。

それではよい週末を。