諦観から達観へ(3) |
前回、現職の財務省事務次官(矢野氏)が「このままでは国家財政は破綻する」と題し、 我が国の政権及び各党政治家、ひいては広く国民に対する建言を「文藝春秋11月号」に 寄稿したことを述べました。 今回は、その続きです。 次官の寄稿文の概要は、次の通り(注は私の付記) ① 日本の財政赤字(国の債務残高/GDP)は256%と、第二次世界大戦直後の状態 を超えて過去最悪であり、どの先進国よりも劣悪だ(注・ドイツ69%、英国104 %、仏114%、米国127%)その債務(借金)額は、現在約1200兆円弱。 ② 日本の財政赤字は、例えば1975年(昭和50年)を始点としてみても、今日まで 歳出額が歳入(税収)額を上回った状態が推移。 バブルの時期さえも赤字だった。この、いわゆる「ワニの口」(注・横から見てワニ が口を開けている折れ線グラフ。上が歳出、下が歳入)は、開いた口が塞がらず、大 きく広がり、黒字になることはなかった(注・その穴埋めは国債という借金) ③ しかし、我が国では「財政再建は時期尚早だ。もっと経済が良くなってからだ」とい う声が強く、今、標ぼうされている「経済最優先」もしかり(注・この11月19日 に、政府・与党は、約56兆円の財政支出を伴う新たな経済対策を、2021年補正 予算として閣議決定) ④ 世界の日本以外の先進国は、経済対策として次の一手を打つ際には、財源をどうする かという議論が、必ずなされている(注・日本は国債頼み) また先進国では、特にポスト・コロナ政策については、財政出動というより、民間資 金をいかに活用するかが議論されている(注・日本の企業では、内部留保や自己資本 が膨れ上がっており、現預金残高は昨年度末で259兆円) ⑤ いま日本国内で真に強く求められているのは「金寄こせ、ばらまけ!」というよりも、 いざという時の病床確保であり、速やかなワクチン接種であり、早期の治療薬の提供 であり、ワクチン・パスポートなどの経済活動をうまく再起動させるためのイグニシ ョン(点火装置)のほうだ。 この期に及んで「バラマキ合戦」が展開されているのは、欧米の常識からすると周回 遅れどころではなく、2周回遅れ。 財源のあてもなく公費を膨らませようとしているのは、日本だけだ。 ⑥ 「今こそ思い切って大量に国債を発行し、財政出動によってGDPを増やすべきだ」 と唱える向きもあるが、とんでもない間違い。 分母のGDPが一定程度は膨らむとしても、分子の国債残高と金利分、さらに単年度 の赤字分も膨張してしまう。 ⑦ 「経済成長だけで財政健全化」ができれば、それに越したことはないが、それは夢物 語であり幻想。歳出・歳入の両面の構造改革が不可欠だ。 ⑧ コロナ対策で一時的に財政収支の悪化が生じることはやむを得ないとしても、ずっと 単年度赤字を放置するとか、赤字の拡大を容認してしまうようでは、国家として財政 のさらなる悪化に目をつぶることになり、世界に対して誤解を招くメッセージを送る ことになる。 ⑨ その結果、日本国債の格付けに影響が生じかねず、そうなれば、日本経済全体に大き な影響が出ることになる。タイタニック号ではないが、日本が氷山に向かって突進し ていることだけは確かだ。現状を直視し、先送りすることなく、最も賢明なやり方で 対処していかねば、将来必ず財政が破綻するか、大きな負担が国民にのしかかってく る。 以上が8ページに及んだ財務次官の緊急進言の要旨。 だが、この意見に対し、マスコミやネットなどで「それは財務省の抗弁」といった批判が 出ている。 その代表的な意見は、今月発行の「文藝春秋12月号」に掲載された、前・内閣官房参与 で、安倍政権の経済対策(アベノミクス)の指南役だった浜田宏一氏の反論にあらわれて いる。 浜田氏の掲載文の要旨は次の通り。 ① 財務省は、東大法学部出身者の多い役所らしく(注・現次官は一橋大学経済学部卒) 理屈をこねるのが上手な官庁だ。日本が瀕死の借金国でタイタニック号の運命にある、 というのは単なるたとえ話であって、事実と認めることはできない。ほぼ100%、 私は賛成できない。私からは3つの誤りを指摘しておきたい。 ② 第一は「日本は世界最悪の財政赤字国である」という認識は、事実ではない。年収( 注・歳入)との比較だけで借金の重さを捉えるのは適切ではない。なぜならば、金融 資産(注・手元の現金、預貯金、株式、商品券など)や実物資産(注・純金やプラチ ナなどの貴金属、土地・建物などの不動産)があるならば、借金があっても、そのぶ ん実質的な借金が減るからだ。国際通貨基金(IMF)が公表した2018年の財政レ ポートは、実物資産を考慮して試算してるが、日本政府は十分な資産を持っているた め、わずかに純債務国だ。大債務国のポルトガル、英国、オーストラリア、米国より も相対的に債務は少ない。政府の資産とは、例えば、東京・港区の国際会議場「三田 共用会議所」のような優良不動産。広大な国有林も、独立行政法人の保有になってい る高速道路のようなインフラもある。 ③ 第二の誤りは、「国家財政も家計と同じだ」という考え方。この考え方は19世紀前半 の英国の天才経済学者・リカードの理論。 「政府の財政バランスは、長期的には均衡する必要がある。そうしないと子孫たちは 困ることになる」と。しかし、リカードはその言葉の後に「人はそこまで賢くはない」 とも断っている。財務省は前段ばかり強固に強調し、後段を伝えていない。 ともかく財務省は、財政を家計になぞらえているが、リカードの説は現代では通用し なくなりつつある。 ④ 家計は借金が膨らめば破産するが、「自国通貨を発行している政府は破産しない。政 府は必要に応じて貨幣を発行すれば、債務超過は解消できる」という学説が、次第に 説得力を持ち始めている。 これはMMT(現代貨幣理論)という新しい学説。経済学の主流派からは異端視され ているが、私はその理論の根幹は正しいと思っている。 ⑤ この先、無制限に債務残高を増やせばどうなるか。例えば、国の借金のGDP比 256%が1000%になったらどうなるか。私は大丈夫だと思う。ただし、もう1 桁上げて10000%が大丈夫かと言われれば、それは難しい。国債を買ってくれる 人が、もういなくなるからだ。 また、債務が増えてくるとインフレを招くリスクが高まるのは事実だ。つまり、海外 債務とインフレリスクの2点さえ管理できれば、国の借金を増やしても問題ないのだ。 昨年、安倍総理にMMTを説明したら、安倍さんは「フグと同じだね」とおっしゃっ た。出身地のフグにたとえ、「ちゃんと処置(インフレ防止)すれば問題ないわけで すね」と言われた。 ⑥ 第三の誤りは、財務省に根強い「帳尻合わせ最優先で、国民の福祉は後回し」の発想 だ。このコロナ禍の局面は、国民福祉を第一に考えるべき時だ。ところが矢野氏は、 「平時は黒字にして、有事に備える、という良識と危機意識を国民全体が共有する必 要がある」と述べ、「歳出・歳入両面の構造的な改革」を求めている。しかし、人が 生死の境に落ち込みかねない今こそ有事なのだ。 ⑦ 企業の生産が停滞して親の働き口が減ると、教育費が払えない高校生などが出てくる。 国家が目指すべきは、財布の帳尻は合っているものの、人材の乏しい20年後でしょ うか。今苦しんでいる世代にばかり負担を押し付けるのは、非人道的であり理にかな っていない。 以上が浜田氏の論点。 一方、日本の財政事情を憂慮する向きからは、例えば、経済同友会の代表幹事などは「矢 野次官の書いてあることは事実だ。100%賛成する」との声も上がっている。 また、日本郵政社長(元総務大臣・元岩手県知事)は、「モノ言う官僚を受け入れろ」と 題し、様々な議論が沸き起こるのは良いこととし「ドイツでは、リーマンショックと欧州 ソブリン危機で苦境に陥ったが、その後、財政健全化ルールを設定することで2014年 以降は、コロナ直前まで単年度収支の黒字化を続けた。そのおかげで、今回のコロナ対策 では大規模な財政出動を、思い切ってやることができている」とした文章を、前述の文藝 春秋に寄稿している。 さて、経済学、財政学に疎い私が疑問に思った点は、浜田氏の「日本には実物資産、金融 資産がある。それを次官はカウントしていない」という指摘。いざという時に国有不動産 を売却したり、日本保有の米国国債を売ったりすることなのだろうが、国が保有するこれ らの資産額はどれほどの額になるのか。1200兆円もの負債のどれほどを減らせるのか。 わからない。 これらの資産には、民間企業や一般国民が保有する資産額の総額をも含んで考えているの か。国民(家計)の金融資産残高は約1900兆円とされているが、この国民の資産も国 の負債を相殺する計算になるのかどうか(現実的には、国家が税金か強制執行で私財を徴 収しないと、国有にはならない。国有であろうが私有であろうが、日本国内にあれば国の 資産として計算してしまうのか) それともう1点。 「国の借金のGDP比256%が1000%になっても問題はない。10000%は難し い。国債を買ってくれる人がいなくなるから」と、財政赤字のさらなる拡大を容認してい るが、現在の約4倍に膨張する財政赤字状態になっても、いわゆるフグの毒(インフレ) の懸念や、国債の未達(売れ残り)による財政破綻が危惧されることはないのか。 256と1000と10000%。国債の発行は1万になると難しいが、1000ならば 容易、256は平気。その根拠がわからない。 そもそも「リカードの理論は古く、MMTという新理論の根幹は正しい」としているが、 MMTの説明が乏しいし、よくわからない。 きっと、新政権も「新経済対策として、追加補正予算に40兆、50兆円計上するなり、 ありとあらゆることに金を再配分し、経済再生を図ること。財源?国債を発行し、円を増 やせばいい。買い手?日本銀行をとことん使えばいいだろう。日本銀行が赤字に転落して 破綻しない限り・・・」といった論拠で、国債発行を増やしていくことだろう。 そんな新理論を日本の新政権が丸呑みして、今後も「アベノミクス」を継承し、人気取り 的にじゃぶじゃぶと予算を使っていくとしたら、日本の状況は極めて深刻になるのではな かろうか。 国債の未達、国内の資産家の資産の国外移転、円安の進行、株価暴落、金融破綻、経済恐 慌等々。これらの経済状況は、今後の国際緊張(米中対立、中台対立、日本周辺海域への 中国進出など)や、国内の有事(大震災の発生、著しい気候変動による自然災害の多発、 新型コロナの第6波・新型感染症の流行)などの外圧によっても、激しく助長される。 いつ何が起こっても、おかしくはない時代になってきた。 そもそも、国債は国の借金。 買った人に、利息を付けて返さなくてはいけない金。 そして国が返すといっても、国の収入は税金。国民の血税。 いくら国債があるといっても、その膨大なツケは、現世代から子や孫の世代に残されてい く。 今後は必ず、国は金融所得課税などの増税に走っていくだろう。 非常事態になったら、紙幣を新円に交換させ、旧紙幣は無効にし、国民の預貯金・タンス 預金などすべての資産を洗い出し、金融機関の預金を封鎖し、一定限度額以上の預金は凍 結(没収)するなどの国家統制も行われると、私は予想する。 今回は10月31日に実施された総選挙の結果の感想から、思うことを述べてきましたが、 結局、すべての源は「国民」にあると思わざるを得ません。 政治家は、ハナから「財政再建」などは考えておらず、「給付金、助成金、無利子貸付金、 商品券、Go To~」などの国民にとっておいしい、得になる政策しか叫びません。それで ないと票にならないからです。 政治家は(官僚も)先の事より今の自分達のことしか、考えていないと思う。 そして国民・有権者は、目先のおいしい話に喜んで飛びつくもの。そう承知しながら政治 家は短い公約を連呼し、そして当選するだけ。 この図式が延々と続き、財政赤字は年々悪化し、令和も3年目が過ぎようとしているので す。 今回の総選挙が終わって、早や1か月近くがたちました。 社会では相変わらず「マイナンバーカードを作ると2万円分のポイント」とか、スーパー や商店では「今日はポイント10倍!」とかが溢れかえっています。チェーン店の飲食店 やコンビニの会計では「Tカード、ポンタカードは」と必ず聞かれます。100円で1ポ イント換算。 会計の都度、客は財布から色々なカードを出すので、キャッシュレスになっても、時間が かかること夥しい(私は何枚かのカードを所有しているが、無いと返答する。ドトールの 1杯230円の珈琲をポイントで飲むとしたら、コツコツと100杯、23000円分飲 むことに。それなら1杯飲んだと思って店を素通りすればいいこと) テレビでは、かってのように一流企業のスポンサーがつかないせいか、 「今なら先着1000名様に、1万円のこの商品を、たった4980円で提供します」 「膝や腰の痛い方に、今回は4000円のサプリを限定500名様にお試し価格1000 円で提供します。たったの1000円ですよ!。今すぐにお電話を」などと、聞いたこと のない会社のサプリメントのコマーシャルが終日流れています(私がテレビをつけると、 まず50%、CMが流れている) こうした目先の情報に飛びつく国民が、少なくないのでしょう。 そうした中、我が国の政治は今回の総選挙で、有権者の4人に1人の得票で選出された自 民党・公明党の連立政権が、2025年まで日本国タイタニック号の舵取りをしていくわ けです。 きっと政治は、与野党とも無気力な議論と無展望のままに、国民に「希望と期待」を与え ることなく、氷河に座礁するまでこのまま緩慢に進んでいくのではないでしょうか。 それでも、「これも、たった一度の我が人生の一つの時代なのだ。あと何年続くかわから ない貴重な人生。何が起こっても動ぜず、一喜一憂せず、日々を楽しく悔いなく生きて行 こう」と達観している、今日この頃なのです。 それでは良い週末を。 |