東井朝仁 随想録
「良い週末を」

白い雪が降る日に

今日は朝からみぞれが降っていたが、今(午前10時)は、雪に変わって、灰色の天空か
ら舞い降りている。
普段なら、遠くの首都高速3号線や国道246号線を走る車の音が、間欠的に聞こえてく
るのだが、今は深閑としている。
外からの音は全く消去され、家の路地裏を我が物顔で歩き回る、ふてぶてしいドラ猫の嬌
声さえも、聞こえてはこない。
みな出かけていて、誰もいない我が家の2階の自室。
窓越しにぼんやりと空を眺めているが、雪の日は、きまって想い出す歌がある。
それは、吉田拓郎の「外は白い雪の夜」(作詞・松本隆)

「♩大事な話が君にあるんだ 本など読まずに今聞いてくれ
  僕たち何年付き合ったろうか 最初に出逢った場所もここだね
  勘のするどい君だから 何を話すかわかっているね
  傷つけあって生きるより 慰めあって別れよう
  だから Bye-bye Love 外は白い雪の夜
  だから Bye-bye Love 外は白い雪の夜・・
   ・・・女はいつでも二通りさ
      男を縛る強い女と 男にすがる弱虫と
      君は両方だったよね
      だけど Bye-bye Love 外は白い雪の夜・・・」

客がまばらないつもの喫茶店で、男が女に別れを告げる夜。
なかなか言い出せず、男は静かにタバコを何本も吸って・・。
わかれるのにふさわしい夜なのか、それとも悲しすぎるのか。
外は雪が降り続いている。
そんな歌。
1978年(昭和53年)、私が31歳になったばかりの頃、発売された歌。
こうしたメロデイも歌詞も心に沁みる歌は、今や絶無になった。

この歌が世に流れてから、ちょうど足掛け10年後の1987年2月9日。
私の良き後輩だった芳賀君が、通勤途中で倒れて救急病院に搬送されたが、亡くなった。
享年34歳だった。
彼が25歳の時、横浜の国立病院から本省に異動し、係長の私の下で一緒に仕事をするこ
とになったが、仕事を的確にこなすので、感心した。また、かっては付属機関から本省に
異動してきた職員の殆どが、周囲や当局に「忖度」して背を向けていた本省の労働組合に
も、快く加入し、さらに本省の野球チーム「ブルーバッカス」の創部者の一人として、と
もに練習をし、美酒を酌み交わしていた。そして彼の趣味の一つが私と同じ映画鑑賞だっ
たので、私と一緒に「映画愛好会」を創部し、本省の有志を募り、彼が主導して映画鑑賞
会や文集発行などの活動を行っていた。
お互いに職場が替わっても「ともに歩む」ことは不変だったのだが。
彼の死は、連日の激務が原因で「公務災害」に認定されたが、痛恨の極みだった。

心の寛容な、忍耐強い、優秀な後輩だった。
その彼が亡くなってから、昨日で満35年になった。
私は、池上線の戸越銀座駅に出て、長い商店街の道を辿りぬけ、住宅街に隠れるように建
つ「行慶寺」に参詣した。
そして誰もいない敷地内の墓地に入り、芳賀君の眠る(注・私はこのような暗くて狭くて
寂しい所に、魂は眠ってなどいない。魂は人知を超えた宇宙にあり、そこから私たちを見
守っているとの考えだが、汎用的な表現として「眠る」とした)墓に、黄色と薄紅色の花
を供えた。
墓前で手を合わせながらしばし黙想していると、静まった心に彼の笑顔が鮮やかに浮かん
できた。きっと同時に、彼もこの大宇宙のどこかから、あるいは私のすぐ傍らから、私に
触れているのではないかという気がし、身体が熱くなった。それは一瞬のことだったが、
やはり墓参りに来てよかったと痛感した。
「君のことは忘れていないよ」と、例え自己満足であっても、形でそう示したかったのだ。

ちょうど1987年。
私は厚生省保健医療局企画課が所管する45の法人の、専務理事や事務局長を対象とした
講習会兼交流会を、業務として開催した。
その中からめぼしい9団体の専務理事や事務局長等を会員として「とわ会」という法人関
係の懇親会を作った。
以降、参加者も増えて今日まで活動を継続してきたが、その「とわ会」(注・10年前に
(一社)東井悠友林に改組)も、今年で結成35年になる。
一方、前述した厚生本省の野球サークル「ブルーバッカス」は、今年で創部40年になる。
墓参の帰路、私は戸越銀座商店街の寿司屋に入り、寿司を食べながら熱燗を1本呑んだ。
そして、彼に心の中で献杯して、盃を口に運んだ。
冷えた身体に、燗酒が沁みわたった。
過ぎ去り日々を回想し、胸にも熱いものが溢れた。
私は杯をゆっくり重ねながら、彼にこう頼んだ。
「いつまで俺の命も続くかわからないが、どうか我々を見守っていてくれよ・・・」

外は、相変わらず雪が振り続いている。
雪が降ると、必ず想い出す歌がある。
それは、浜田省吾の「悲しみは雪のように」(作詞・浜田省吾)

「♩誰もが泣いてる
  涙を人には見せずに
  誰もが愛する人の前を
  気づかずに通り過ぎてゆく
  悲しみが 雪のように積もる夜に・・・」

この歌は1981年に発売された。
芳賀君が亡くなる6年前の歌。
彼とはよく飲みに行ったが、当時流行り始めたカラオケ・スナックで、私もこの歌をよく
歌っていた。
芳賀君は、これも当時流行っていた「星降る街角」を歌ったり。
彼は星の降る夜で、私は雪が降る夜だった。

明日は晴れるだろう。
きっと私は、冬の夜空を仰ぎ見て、君の星を探しているだろう。
星は永年に輝く。
人の命や地球が滅びても・・。

そんなことを考えている、2022年の2月10日、白い雪が降る日。
それでは良い週末を