東井朝仁 随想録
「良い週末を」

50年ぶりの再会 

昨日、Nと約50年ぶりに再会した。
大学時代の級友だった。
一緒にキャンプに行ったり、学校の帰りに他の仲間たちと高田馬場駅周辺の安酒場に繰り
出し、談論風発に明け暮れていた青春時代の友だった。
最後に会ったのは私の「結婚を祝う会」(昭和49年10月)だった。あれから半世紀ほ
どがたっている。

当時のNは、自意識過剰に自己の知性と個性を表出させる他の連中とは異なり、温厚で冷
静な性格の男だった。
頭髪が豊かでふっくらとした顔つきや、ゆっくりとした物腰、感情を抑えて話す喋り方は、
どことなく当時の若手俳優だった竹脇無我に似ていたと、後年になってそう想い出してい
た。

そのNに50年ぶりの再会をする運びになったのは。
先のGW前のある晩、寝しなのルーチンとして、机の周囲に置いてある幾冊かの本や小物
の整理をし、何気なく机の下部の一番大きな引出しから、アトランダムに1冊の能率手帳
を抜き出した。それは1979年版で、手帳の後ろに住所録が差し込まれていた。この住
所録は差し込み方式となっており、前年まで使用していた住所録を、そのまま新たな手帳
に差し込んで使えることが、この能率手帳のメリットの一つだった。勿論、予め新しい住
所録が付録されているので、それを使うのもよし。
私はその古ぼけて、あちこち斜線や朱書きインキで訂正されたページをめくってみた。
これは1975年版の住所録を、訂正・削除しながらそのまま1979年まで使用してい
たものだった。
1975年は、私が27歳の時点。
だから、今ではすっかり消息が途絶え、全く連絡しようもないかっての友人・知人のアド
レスが、そこには書き連らねられていた。
しかし、どの欄も一目見て、殆ど無益なものだとわかった。
亡くなった方、移転された方、結婚して苗字・住所が変わられた方等々(この流動性が加
速する時代に、同じ住所・固定電話番号を継続することは、極めてまれ)

私は、「50年近く前の住所録は、もはや古文書だな」と思いながらしまおうとした。
が、そこにN君の欄が目に入った。
住所は世田谷区の豪徳寺。
「Nか・・。どうしているだろうか。ここにはよもや住んではいないだろうが。ダメもと
で電話してみようか」と、電話欄を見た。だが、局番が3桁だった。古い。今はとうに4
桁になっている。
「いや、たしかウチも都内の電話が3桁から4桁に変更されたが、その際は、頭に3を加
えて4桁にした覚えがある」と思い付き、3を加えて電話をした。

これが当たりだった。
電話口に女性が出た。
Nの兄夫妻が住んでいたのだ。その奥様がNの現住所と電話番号を教えてくれた。住まい
は千葉県の八千代市だった。
間髪入れずに、彼に電話した。
「久しぶりだな!」お互いに同時に歓声をあげていた。
彼は卒業後、大手企業に就職し、在職中23年間は海外赴任で、国内勤務の時期も年中海
外出張を繰り返していたので、成田空港に近い八千代市に居を構えたのだった。

昨日は地下鉄「外苑前駅」改札口で待ち合わせた。
近くの料亭「浅田」での昼食。
電話では「わかるかな?」「わかるだろう」と話したが、はたして私が改札口に近づいた
時、後ろから「東井君!」と呼ばれた。
お互いに50年ぶりに会う上にマスクをしている。私は振り返り、瞬時にNに「よくわか
ったな!」と驚きの声を上げた。
「後ろ姿でわかったよ」
「そうか、後ろ姿でわかったのか。驚いたなあ!」
二人はしばし熱い握手を交わし、改札口を出た。

広い静謐な和室で、会席料理を食べながら日本酒の杯を重ねた。
昔は高田馬場の焼鳥屋のカウンターや、安酒場のくすんだ畳に胡坐をかいたりして、銚子
1本50円ほどの二級酒をチビチビと酌み交わし、熱く駄弁りあったものだった。
それが今は、1本1200円のお銚子を口に運んでいる。
でも、あれから50年の歳月が流れ、生活ぶりや環境が良くなったとしても、飲む酒の味
と互いの会話の楽しさは、当時と不変なのだ。

結局、話が弾み11時半から2時間の予定が、3時間になっていた。
「ああ、50年ぶりの酒か・・。こうしてまた酒を酌み交わすことが出来るなんて、俺た
ちは幸せだよな・・」どちらからともなく、感慨深い呟きが洩れた。

私は夕方帰宅し、軽い夕食を済ませ、風呂に入ってから1枚のDVD映画を観た。
それは北大路欣也主演の時代劇映画「三屋清左衛門残日録・三十年ぶりの再会」
劇中、かっての奉行所勤務の仲間たち5人が、ある夜、酒亭の座敷に集い、肴の干物や野
菜の煮物を肴に、ゆっくりと酒を酌み交わしながら談笑するシーンに、思わず共鳴した。
「ああ、こうして気が置けない連中と飲む酒が、一番うまいなあ・・」誰かがしみじみと
呟くと、高齢となった誰もが黙って頷くのだった。

「旧い友と50年ぶりの再会。美酒と肝胆相照らす話に、久しぶりに酔いしれた」
私も、心の残日録に、こう記した一日でした。

それでは良い週末を。