東井朝仁 随想録
「良い週末を」

旅の途中で(3) 

どの様な旅でも、私は旅に出るときは極力荷物を少なくする。
1~2泊程度の旅行の手荷物は、横25センチ、縦20センチ、幅10センチほどの小さ
な、帆布と牛皮で出来たショルダーバッグ一つ。
中身は、替えの靴下・下着(パンツ・半袖のTシャツ)・ワイシャツ・ハンカチを丸めて
網袋に。胃薬と鎮痛剤とデパス(安定剤)とオロナイン軟膏のチューブをチャック付きの
小さなビニール袋に。そしてポケットテイッシュ・小型電気カミソリ。
これだけ。
今回の関西ミニ旅行も、同様だった。

春夏秋冬を問わず、カバンや荷物を持っての外出は嫌だ。
買い物をしたり、訪問先からの手土産を頂いて、手提げ袋をぶら下げて帰るのも苦手。
なので、普段外出する時は、財布(札とカード入れ)・小銭入れ(兼キーホルダー)・ス
マホ・手帳・ボールペン・眼鏡・ハンカチという小物は、全てジャケット(替え上着)と
ズボンのポケットに納めて手ぶら。
夏季でも、薄手のジャケツトを着て出かける。それも前ポケットと裏ポケット(ボタン付
き)が左右に合計4か所あるもの。
炎暑の外では片手のジャケットを肩にかけ、車内や室内は冷房が効きすぎているから羽織
る。
これがいい。
何でもフリーハンドが安全、安心、快適。

旅に出るときは、いつも本を1冊持って出かける。
今回は、新大阪に向かう新幹線に乗車する前に、品川駅構内にある書店で、さっと新刊コ
ーナーの書籍を眺め、すぐに一冊の新書本を買い上げてから、8時40分発「ひかり
635号」の車両に飛び乗った。
その新書本は、ショルダーバッグの外側のポケットに入れておいた。
品川→新大阪→大阪梅田→難波→西大寺→平端→天理→京都→品川と鉄路の旅なので、車
中で読む時間は十分、と思っていたが。
行きの新幹線車中では、グリーン車の無料サービスとして各席に置いてある雑誌「ひとと
き」を、スマホで音楽を聴いたり、窓外の景色を眺めたり、珈琲を飲んだりしながら読ん
でいたら、ひかり号は新大阪に11時27分に到着。
書籍は未読だった。

それから、大阪環状線に飛び乗り(梅田行のホームが分かりずらくて階段を昇り降り)梅
田駅で飛び降り、正午に約束してある曽根崎新地にある懐石料理店まで競歩。無事時間通
り正午に到着。
(株)電通執行役員だったU氏と、3時間ほどのランチ&酒席。氏とは同年齢で、30年前
からの付き合い。自分の信念を崩さずに前向きに行動する、清々しい人だ。美味い酒と愉
快な話ですっかり気分が良くなった。
それから近鉄に乗り換え乗り換えして、天理に到着したのは夕方6時ごろ。
その日は神殿参拝を済ませた後、ゆっくりと暮れなずむ街を散策した。人影も絶えた緑の
並木道を辿り、57年前の2月の卒業式後に、女の子と最後のデートの待ち合わせに1時
間も遅れて駆けのぼった、雪の舞う天理プールのスタンド屋上を、プール際の錆びた金網
から眺めていたり、、、。
その日は、市内のビジネスホテルに宿泊。
翌朝は、再び近鉄に乗って京都へ向かった。
11時半に京都駅八条口にあるホテル内の和食屋で、高校時代からの友人であるSと、や
はり3時間に及ぶランチと酒を楽しんだ。
彼は伊藤忠商事で活躍し、海外赴任も長く、今ではその語学経験を生かして京都・奈良で
の通訳兼ガイドの仕事を楽しんでいる。
高校時代は、お互いに切磋琢磨して青春をエンジョイした仲間だ。
もう60年近い付き合いとなった。

私はSと別れてからすぐに、京都駅から午後3時33分発の新幹線「ひかり656号」に
乗車し、乗客のまばらなグリーン車のシートに腰をおろした。
ここで、「なんでノゾミに乗らないでヒカリなのか?ノゾミのほうが到着が早いのに」と
か、「なんでグリーン車に乗るの?普通指定でも変わらないのに、値段が高いだけではな
いか?」と、疑問に思う人もいるだろう。
しかし違うのだ。
まずは①私が「JRのジパング倶楽部」に加入して、会員手帳を交付しているので、乗車
料金と特別料金(特急料金・グリーン料金)の総料金が、30%割引になるから。
片道2万円だったら1万4000円になる。6000円引きで、往復では1万2千円。こ
の割引額は、今のところ私にとっては比類ないサービスだと思っている。
ただし、東海道新幹線の場合、ノゾミは使えない。
だから、ヒカリを使う。
②ノゾミとヒカリでは、午前8時台の品川―新大阪間の時間差は25分程度。勿論、時間
帯の格差はあるが、私は私的旅行では「より早く」などは求めないので、25分とか40
分とかの差は許容範囲内。
従ってコスト優先で、ヒカリを選択。
③また、たまに行く私的旅行は、快適に楽しまないと勿体ない。
東京-新大阪間がヒカリで3時間弱の乗車時間としても、狭い座席に座りっぱなしはキツ
イ。それも隣の席の人が、ひじ掛けを占領したり、何かをせわしなく食べたり飲んだりし
たりの行儀が悪い人だと、快適な旅行にはならない。
車中も大事な旅の一部分。
そこでグリーン車にする。
座席は広く、前の席との間隔もあり、ゆったり。隣の席とのひじ掛けが大きく、リクライ
ニング・シートも深くてくつろげる。
第一、余程のことがない限り、二人席の隣に誰かが座ることは、まずない。酒を飲んだり、
うるさい会話をする人も殆どいない。
私は、カネがなくても、50代の頃から、新幹線はどの路線に乗っても、グリーン車にし
ている。

そこで話は戻り。
私は京都駅から新幹線のグリーン車に乗り、隣の空席にショルダーバッグを置き、ゆった
りとシートに腰を沈めた。
ひかり号は、緩やかに加速しながら京都駅を後にしていく。
そして、缶コーヒーを一口飲んだ後、おもむろに未読だった新書を出して読み始めた。新
幹線のように加速しながら読み進め、名古屋に着くぐらいには読み終えているようにと思
いながら。
新書の題名は「猪木と馬場―燃える闘魂と東洋の巨人の終わりなき物語」(斉藤文彦・著、
集英社新書)

読み始めて、15ページ目に来た時、「おおっ!」とシートを起こして、その行に目を凝
らした。
驚いた。
懐かしい名前が、そこには載っていた。

長くなるので、この続きは次回にでも。
それでは良い週末を。