東井朝仁 随想録
「良い週末を」

新春雑感(4) 

今年予測される3Sのリスクのうち「戦争」と「震災」は前回までに述べてきたが、今回
はもう一つのS、「社会(生活)」のリスクについて、思うところを。

2月8日(水)の東京新聞の朝刊1面。
トップの見出しは「賃上げ 物価高に追いつかず」そして「生活実感 公表値より厳しく」
とある。
記事の要旨は「7日に厚生労働省が発表した毎月勤労統計調査結果によると、2022年
の実質賃金(注・物価の影響を反映)は前年比 0.9%減。10年前の2012年と比較
して 6.5%減だった。しかし実際の家計はもっと厳しい。大和証券のチーフエコノミス
が算出した、より現実に即した「生活実態賃金」(注・実質賃金に社会保険料や所得税等
を反映)は、2012年比で11.8%減になっている」とのこと。
勤労世帯が「最終的に自由に使えるお金」が、この10年間で増えるどころか約12%も
減ったとは、勤労者をやめてから15年経つ私だが、今更ながら驚いた。

以前にこのエッセイで「世界における経済競争力ランキングで、日本は1990年の世界
1位から、30年後の2020年には34位に落ちた」
「世界時価総額ランキングのトップ50社のうち、日本企業は1989年に32社も入っ
ていたが、その30年後の2019年には43位のトヨタ自動車の1社のみになった」と、
日本経済の凋落ぶりを述べたことがあった。
だが最近はさらに、日本経済の凋落を示す予測がなされている。

それは、IMF(国際通貨基金)によると、国力を測る指標の「GDP(国内総生産)」
で、現在、日本は世界第3位。
それが今年の2023年中に、ドイツに抜かれて第4位になるという予測。
1968年に日本はドイツを抜いて米国に次ぐ第2位に躍り出て、長らくその座を保って
いた。しかし2010年に中国に抜かれて3位に。そしてその13年後の今年。50年以
上もドイツを上回っていたのが、逆転されて4位になるという予測。

さらに、国民の豊かさを測る「国民一人当たりのGDP」を見ると、日本は2000年で
世界第2位(1位はルクセンブルク。米国は5位。韓国は35位)だったのが、毎年のよ
うに下がり、2021年には27位に(米国は7位。韓国は29位)。そして今年は韓国
や台湾に抜かれるという、日本経済研究センターの予測だ。

労働者の一人がどれくらい稼げるかを示す「労働生産性」。
日本生産性本部の発表によると、21年のそれは、8万1510ドルで、OECD・38
か国中の29位。
また、OECD(経済協力開発機構)の統計では、2021年の日本の平均給与は世界で
第24位(1ドル=130円換算で約516万円)だった。1位は米国(約972万円)、
ドイツは11位(約729万円)、韓国は日本より上位の20位(約556万円)。

冒頭に述べたように、この10年という歳月を経ても給与が上がらない現実を直視すると、
相変わらずの低調な経済。
「おかしい!」と叫びたくなる。
今までの経済政策は何だったのか?国は何をしてきたのか?
国民から税金や保険料などを徴収し、さらに国債をどんどん発行して予算を捻出し、国の
借金(普通国債残高)が1000兆円を超える現状をもたらし(これだけは世界に冠たる
借金大国)、また、国や都は国民の過半数の反対の声を無視して、コロナ禍の中にもかか
わらず、膨大な経費が掛かるオリンピックを強行したり(挙句に関係業者の汚職・入札談
合事件などを起こしたり)、他に政策と言ったら、何とか給付金とか補助金とか手当とか、
あれやこれやへの予算のバラマキばかりが目につく。
そしてこれから先は、「軍備増強」のための予算確保のため、色々な形で国民からカネを
吸い上げていくのだろう。

(注・それにしても2月7日、三菱重工業が国内初のジェット旅客機「スペースジェット」
の開発及び商業運航を断念することを発表したことは、残念。2008年の開始から15
年が経っての撤退。三菱は1兆円を投資し、国も500億円を支援していたという期待の
プロジェクトだったというのに。モノづくり日本を疑わなかった、私がバカだったのか。
ジェット旅客機一機作れず、今後、他国からの輸入に頼るしかなくなるとは・・)

東京大学教授・社会教育学者の本田由紀氏の著書「日本ってどんな国?」(筑摩書房)の
一節。
「財政赤字を盾にとって、セーフティネットの拡充を怠ってきた。もうこのままでは立ち
行かない状況である。にもかかわらず、戦後日本型循環モデルにしがみつき、様々なほこ
ろびを「自己責任」や「ニッポンすごい」のスローガンで覆い隠して、がたぴしと崖に向
かって走っているのが、現在の日本の政府です」
まさに正鵠を得た発言だ。
この様に、日本の現状を客観的に冷静に捉えている国民が、果たしてどれほどいるのだろ
うか。

「アベノミクス」を掲げた第2次安倍政権がスタートした2012年。あれから10年が
過ぎた。
大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の「3本の矢」で 経済再生を目指した。
だが、依然として経済は伸び悩み、企業が人への投資=人件費を抑えた結果、「安い日本」
と呼ばれる現象が起きている。
宮川・学習院大学教授は「政府や経営者は、日本の人材にあぐらをかいた結果、世界標準
からかけ離れたガラパゴスになった。
その蓄積が、今の日本の停滞を招いている。アベノミクスでは最先端のIT国家を作るな
どの成長戦略を打ち出したが、何も実現できなかった」と述べている(注・1月20日付
朝日新聞より)

今年の「社会(生活)」のリスクとして、経済の一層の衰退が懸念される。
すでにスタグフレーション(景気後退とインフレの同時進行)の予兆があるともいえる。
昭和2年。関東大震災による震災恐慌が続いている日本で、大蔵大臣の「渡辺銀行が倒産
した」という誤った発言で、一気に国民の不安が高まり、各地で銀行の休業が続出し、金
融恐慌に至った過去の例もあるが、膨大な財政赤字を抱えながら、外国からのエネルギー
資源や食料・飼料・原材料・工業部品の輸入困難と価格高騰に襲われている、現在の日本
も危うい。

そこで、ハイパーインフレ(過度にモノの値段が上がりすぎる状態)に襲われることも、
全くないとは言えない。
国の財政悪化で日本の信用力が急低下し、世界的に円の価値が極端に下がる。すると、例
えば1ドル=1000円、1万円も絵空事ではなくなるからだ。

経済の悪化は、社会(生活)に様々な問題を引き起こす大きなリスク。
生活困窮者の増加、治安の悪化(特殊詐欺や犯罪の多発・凶暴化)、老朽化したインフラ
(道路、鉄道、上下水道等)の放置による事故、高齢者に対する医療・介護・福祉サービ
スの逼迫、そして、社会的ストレスから逃避してスマホ依存症に陥っている国民の、差別
発言や偏見意識の増幅。そして終局は社会の荒廃と分断。

これらの社会事象は、時の政治と経済状況に大きく影響される。
今こそ日本の国民に希望を与えられる志の強い指導者や、我利我欲を忘れて国民のための
政治を行おうとする政治家が、一人でも多く希求されている。それも今、せめてこの1年
なのだ。
だが現実は、期待できる首相候補も政治家も、全く見当たらない。政党はどこもここも、
甘い汁を吸って議席に座っている議員ばかりに映る。
やる気、志が感じられない。「今さえ、自分さえ、カネさえ良ければ」と思っている様な
「先生」ばかりのようだ。

これからの政治も、政府によるアベノミクスなどの検証も無く、再び「新しい資本主義」
とか「異次元の少子化対策」とかの、良くわからない、おためごがしのスローガンを掲げ
ながら迷走していくのだろう。
そして多くの国民は、「政治?日本?そんなこと考えても、個人的にはどうしようもない
よ。面倒臭いし。新聞?もうずっと読んでない。スマホ観てたほうがいいじゃん!」って
感じだろうか。

そんなあれこれを雑然と考えていた新春。
いずれにしろ今年の3Sのリスクに対しては「悲観的に準備し、楽観的に対処」しながら、
健やかで無事で平和な日々が続くことを祈るのみなのです。
この1年!

それでは良い週末を。