東井朝仁 随想録
「良い週末を」

「生き方」 

先日、野球の世界大会・WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)で日本が優勝し
た。準決勝、決勝での劇的な勝利の末の世界一。それはまさに神がかったようなドラマの
世界を観ているような、感動的な結末だった。日本中が歓喜の渦に巻き込まれ、超久しぶ
りに日本列島は熱狂に包まれた。全てのマスコミはここぞとばかり、朝から晩まで「感動
をありがとう」「勇気を貰った」の感動秘話を流し続けてきた。そのはしゃぎようは半端
ではなく、桜がだいぶ散ってきた今日(3月30日)に至るまで続いている。

その一大ドラマの立役者は、大谷翔平選手を始めとした各プレーヤーであることは当然の
ことで、これまたマスコミから連日「うんざりするほど」報道されてきた。そして一方、
その「侍ジャパン」を優勝に導いた真の立役者として、いま、栗山監督の評価が高まって
いる。
WBCの大会は短期間だったが、それでもテレビなどを見ながら、栗山監督の姿勢(指導
・采配)に、何となく一貫した「信念」を感じていた国民も少なくなかったのではなかろ
うか。私もその一人だ。

では、その信念とは何か。
それは「信じ切ること」とか「超真剣に取り組むこと」とか、他人の想像では幾つかのフ
レーズが思い浮かぶだろう。だが、これは栗山監督も「貴方の信念は、何ですか?」とマ
スコミに尋ねられても、本人としては一言で表現するのは難しいと思う。
なぜなら、例えば「信じ切ること」という信念には、その信念を生んだ様々な要素(キー
ワード)があるだろうから。
察するに「選抜した選手一人一人は、他の選手にはない優れた力を持っている。それを生
かすのが監督の役目だ」「監督(指導者)は、野球の才知だけでは駄目だ。自分も切磋琢
磨して人徳を積まなければ、組織は力を発揮しない」「あきらめずやり通せば成功しかあ
りえない」「真剣に心に描き続けたものが実現する」といった決意を、栗山氏は侍ジャパ
ンの監督に就任してから終始一貫して持ち続けたのだろう。総論的には、自分の人生哲学
を信じ続けたと言えるのではなかろうか。私にはそう感じられた。

栗山監督の読書好きは有名。
その愛読書の中で、特に稲盛和夫氏(株式会社「京セラ」創業社長・KDDI創業会長・
日本航空会長(無報酬で経営再建にあたった)などを歴任した名経営者)の著書「生き方」
(サンマーク出版)を座右の書としておられたそうだ。
他には、日本の資本主義の父と言われている渋沢栄一氏の著書「論語と算盤」も擦り切れ
るぐらい読み、氏の主唱する「商売をする上で重要なのは、競争をしながらでも道徳を守
ることだ」という考えに感銘を受けていたようだ。

「生き方」は2004年に初版が発行され、2022年に第145刷目が発行されている
ほどのロング・ベストセラー。
ちなみに栗山氏が日ハムの監督をしていた頃の大谷翔平選手も、この本を読んでいたとの
こと。
ハードカバーの分厚な本の帯紙には「大きな夢をかなえるために。たしかな人生を歩むた
めに」というコピー文が載っているが、きっと栗山監督はこの本の内容を耽読していたに
相違ないだろう。
仏教の教えに関心を持っていた稲盛氏は、1997年に臨済宗の在宅得度(出家しない僧
侶)になっている。そうした氏の思想・人生哲学が「生き方」では色濃く語られており、
分野を問わずに、広く国民の共感を得られてきたことは間違いない。

私も、この本を遅ればせながら数年前に購読し、今も本棚のど真ん中に置いてある。
一言でいえば、氏の人生哲学の根底には「利他の精神」が流れている。
既にお読みになった方もおられるだろうが、当時、私が読みながら貼った付箋の箇所から
幾つかを抜粋してみると。

「人生は心に描いたとおりになる。強く思ったことが現象となって現れてくる。まずはこ
の『宇宙の法則』をしっかりと心に刻みつけてほしいのです。宇宙には、全てを良くして
いこう、進化発展させていこうという力の流れが存在しています。それは、宇宙の意思と
言ってもよいものです。
この宇宙の意思が生み出す流れにうまく乗れれば、人生に成功と繁栄をもたらすことが出
来る。
ですから、すべてに対して、『よかれかし』という利他の心、愛の心をもち、努力を重ね
ていけば、宇宙の流れに乗って、すばらしい人生を送ることが出来る。それに対して、人
を恨んだり憎んだり、自分だけが得をしようといった私利私欲の心をもつと、人生はどん
どん悪くなっていくのです。
宇宙を貫く意思は愛と誠と調和に満ちており、すべてのものに平等に働き、宇宙全体をよ
い方向に導き、成長発展させようとしている。このことは、宇宙物理学でいう『ビッグバ
ン・セオリー』から考えても十分納得、説明できるものです。
(注・私がかねてから述べている筑波大学名誉教授・村上和雄氏の著書名である「サムシ
ング・グレート」(サンマーク出版)=大自然の見えざる力、と同様の主旨。稲盛氏は自
著で、この世界的な遺伝子研究者である村上和雄氏の理論に共鳴している)

「いまこそ経済成長至上主義に代わる新しい国の理念、個人の生き方の指針を打ち立てる
必要があります。それはまた一国の経済問題にとどまらない、国際社会や地球環境にもか
かわってくる極めて大きな喫緊の課題でもあります。なぜなら、人間の飽くなき欲望をベ
ースに、際限なく成長と消費を求めるやり方を改めない限り、有限な地球資源やエネルギ
ーが枯渇するだけでなく、地球環境そのものが破壊されかねないからです。
つまりこのままでは、日本という国が破綻してしまうだけでなく、人間は自分たちの住処
である地球そのものを自分たちの手で壊してしまうことになりかねない。それを知って、
あるいはそれと気づかず、沈みゆく船の中で、なお奢侈を求め、飽食を楽しむ・・。私た
ちはその行為のむなしさ、危うさに一刻も早く気づき、新しい哲学のもとに新しい海図を
描く必要があるのです」

「では、新しい哲学を何に求めたらいいのでしょうか。
私は、これからの日本と日本人が生き方の根に据えるべき哲学をひと言でいうなら、『足
るを知る』ということであろうと思います。また、その知足の心がもたらす、感謝と謙虚
さをベースにした、他人を思いやる利他の行いであろうと思います」

「一生懸命働くこと、感謝の心を忘れないこと、善き思い、正しい行いに努めること、素
直な反省心でいつも自分を律すること、日々の暮らしの中で心を磨き、人格を高めつづけ
ること。すなわち、そのような当たり前のことを一生懸命行っていくことに、まさに生き
る意義があるし、それ以外に、人間としての『生き方』はないように思います。そのよう
な『生き方』の向こうには、かならず光り輝く黎明のときを迎えることができる。
私はそう信じています」

以上が稲盛氏の名著「生き方」の肝(きも)ではないかと思います。
このような考えを心に秘めながら指揮してきたであろう栗山監督は、まさに「あっぱれ!」。

この情報が氾濫する時代、物事をたくさん知っている人は多いですが、知っているだけで
は何の役にも立たない。知識(知恵と見識)を持ち、それを現実の生活に活かしてこそ、
役に立ったといえるのでしょう。
「日本は最高!」「元気を貰った!」と歓喜することは、微笑ましいこと。
だが、それで熱が冷めたら元の木阿弥では、またもや「熱しやすく冷めやすい」「ケロッ
と忘れてしまう、その場限り」の日本人気質丸出し。
これからは「元気や勇気を貰った」人から率先して、日本人のこれからの「生き方」を積
極的に示して行って貰いたいもの。
このWBC優勝を契機に、日本社会が「失われた30年」から「新たな創造と活力の30
年」に転換していくことを切望し、私も自己の信念である「一日生涯」の心を忘れずに、
残りの人生を悔いなく生きていくことを、肝に銘じた次第なのです。

それでは良い週末を。