東井朝仁 随想録
「良い週末を」

宰相の妻(1)

今年になって、岸田首相の外国訪問が頻繁となった。
NHK・TVを見ると、やたらに、首相が飛行機のタラップを昇り降りしているシーンに
あたる。
理由は、来週の19日から21日まで日本で開催される「G7広島サミット」(注・米国
・英国・フランス・ドイツ・イタリア・カナダ・日本の主要7か国の首脳会議。7か国以
外に招待国や関係国際機関も参加する)を控えているからだ。
日本は今回の議長国。広島サミットと幾つもの閣僚会合を円滑に成功させるため、事前に
主要参加国を歴訪して誠意を示し、お互いの意思の確認をしておく必要があるからだ。

岸田首相は、1月の米国・カナダ・英国・イタリア・フランス訪問に続き、3月にインド
(注・招待国の一つ)ウクライナ(サミットへのオンライン参加要請)へ。そして4~5
月には「グローバル・サウス」(注・発展途上国と同様の意味合い。特に南半球に位置す
るアフリカ・ラテンアメリカ・アジアの新興国。貧困・環境・人権問題が深刻。人類の多
数を占めるこれらの国々をどう自国の陣営に取り込んでいくかが、G7の自由・民主主義
国陣営と、中国などの専制・国家主義国陣営の重要な外交戦略となっている)と言われる
中でも存在感が大きい、エジプト・ガーナ・ケニア・モザンビークの4か国を訪問。
そして岸田首相は、この5月7~8日には、韓国に夫婦連れで訪問した。

ここで、今までの歴訪では見られなかった記事や画像が報道され、私は「ん!?」と視線
をとめて、それに見入った。
3月に韓国のユン大統領夫妻が訪日されたとき、岸田夫人がユン夫人を「おもてなし」し
たのだが、これが「単なる儀礼ではない」という小見出しで、岸田首相夫人(58才)が
ユン夫人(50才)と和菓子作りをし、趣味の話や関心のある美術の話などをして親交を
深めたという記事。
そこに仲睦まじく微笑み合っている二人の写真があった。
記事を読むと、ユン夫人は韓国内では「美しすぎるファースト・レデイ」として注目を集
めているらしい(ネットで画像を見ると、確かに綺麗)。
ユン氏が大統領選で僅少差で辛勝できたのも、この夫人のお陰だとも言われているそうだ。
美容整形が盛んな韓国では、当然、「彼女は顔の美容整形を何回もやっている」との批判
を浴びせられたが、ユン夫人はあっさりと認めている。ただ、ソウル大学で経営専門修士
号を取得や美大の講師、展示企画会社代表等の経歴に対し、経歴詐称の指摘があるが、こ
れは否定。美しい整形顔に似合わないストレートな言動に「美人だが影があり正体不明の
人。だが、肝が据わっている」との評価を国内では受けているとのこと。
いずれにしろ、現時点で韓国内の支持率が30%前後に低迷している、元検事総長という
強面のユン大統領にとって、これからのファースト・レデイの役割も増してくるのだろう
か。もうすこし経てば、ユン夫人の真贋(しんがん)もはっきりしてくることだろう。

一方、私が注目したのは岸田総理の妻・裕子夫人。
東京女子大学日本文学科を卒業し、自動車メーカーのマツダに入社し、役員秘書に。その
翌年、日本長期信用銀行を辞めた岸田文雄氏と見合いで結婚。3人の息子をもうけた。
私は、先のユン夫人より彼女のほうが「若々しい」と映ったが、それより、他の人にはな
い誠実さと寛容さを感じた。
岸田総理は、高校時代は野球部に入部し、野球の毎日のかたわらロック・フォークの影響
を受けてギターに打ち込み、早稲田大学法学部に入学してからは、政治家を志していたわ
けではなく、大学時代は夏目漱石の様な文豪にあこがれ、庄司薫(注・「赤頭巾ちゃん気
をつけて」で芥川賞受賞)の小説などを愛読していたそうだ。
そして卒業後、長銀に入行。しかし、その5年後の1987年、企業経営に対する支援や
債権回収などを通して、経済の厳しさ、世間の実情を痛感し、政治家になることを決意し
て退行。そして衆議院議員の父の秘書になっている(注・その11年後の1998年、長
銀は経営破綻した)
こうしてみると、岸田氏は世襲政治家ではあるが、何となく庶民的感情を有している親し
みを感じる(面白くはないかもしれないが)
そのファースト・レデイとなっている裕子夫人もそう。
ざっと知る限り、「先祖が歴史上でも有名な誰だれで、親は大企業の会長で、当人はハー
バード大学卒で」などということを看板にする人種ではなさそうなので、逆に好感が持て
る。

その岸田首相夫人は、先月の4月16日から18日まで、米国のバイデン大統領夫人のジ
ル・バイデン氏の招待(全額公費)で、米国を単独訪問した。
岸田首相が1月に訪米した時は、バイデン夫人が手術後の体調から同席出来ないため、首
相夫人は首相訪米に随行しなかったからだ。
1月の岸田首相訪米のニュースを見ていたら、飛行機のタラップを昇るのが、夫妻ではな
く首相一人だけだったので「何か変だな?」と違和感を持ったが、4月のニュースで理解
できた。

訪米では、裕子夫人は歴代首相夫人としては初めて、賓客として単独でホワイトハウスを
訪問し、バイデン大統領と言葉を交わした。そのあと、バイデン夫人と懇親を深めた。
「全米桜祭り」に参加したり、ホワイトハウスの庭に両夫人で日米友好を記念する桜の木
の植樹式を行ったり、御茶をたてたりして懇談。続く昼食会では「女性の活躍に関して」
意見交換などを行ったそう。ホワイトハウスで両夫人が過ごした時間は、2時間に及んだ
そうだ。
これらだけでも、下手な日本の大臣や自民党の幹事長などが訪米するよりはるかに相手
(国)の心に良き感情を与え、強(し)いては、両国の信頼関係を深める要因になるだろ
う。
私は、「平和外交」より「軍事力外交」に舵を取った現在の日本で、「平和外交」の可能
性を残り10%と推測し、これを成就する最後の手法は「女性主導の親善外交政治」をど
んどん推し進めることだと考えている。
与野党や省庁を問わずに国会議員や官僚の中の女性を、国の特命大使として、まさに地球
儀を俯瞰して一斉に平和外交をかけるのだ。目的は首相の親書(内容は官僚・民間人から
なる少数の専門家会議で策定し、官邸で簡潔明瞭に取り纏め、国民にも公表)を持参し、
訪問国の首脳に手渡して、その夫妻の来日を要望してくるだけ。残りの時間は、出来たら
相手国のファーストレデイ(またはそれに準じる者)との懇談。それだけ。
民間で活躍している女性の学識経験者・企業経営者・国際的アスリート等々から適切な人
を「特命大使」として任命しても良いと思う。
こうしたことにこそ、惜しみなく予算を注ぎ込み、今だかってない広範囲な平和外交を強
烈に推進すること。
やるなら今しかない。

もはや、日本の政治・行政の世界では傑出した男性の議員や官僚は、すぐには、いや近い
将来においても出てこないだろう(偏差値至上主義の教育で育ったため、高学歴の優秀な
人材が多いが、指導者たるべき逸材は少ない世代が、年々この国の各界の中枢になってき
ている)
もしかすると、企業やプロスポーツの世界のように、外国(米国が主)から優秀なやり手
の政治家を超高額でスカウトし、総理大臣とか外務大臣などの職を委嘱する時代になって
いるのかも知れない。

かっての冷戦時代における、アメリカとソ連の軍備拡大競争の再現よろしく、日本もいま、
数周回遅れでこれに参加しはじめた。
国は5年計画(2023~2027年度)で総額43兆円の防衛費を計上し、軍備を拡張す
るとのこと。そのため、今国会でも防衛産業支援法案等が審議中だが、待ったなしの超イ
ンフレ対策や大災害対策や少子・高齢化対策などがひしめいている今、財源はどうするの
か。国民の暮らしはどうなるのか。
まさに「戦時体制突入」前夜の雰囲気になってきたと、私は感じているが。

すると。
「平和憲法」の精神を主張する声に対し、きまって「いつもお花畑を夢想する理想主義者
のたわごと」と嘲笑する声も多く出てくる。そして「中国やロシアや北朝鮮が侵攻してき
たらどうするの?平和憲法が守ってくれるの?守ってくれるのはアメリカでしょ?ロシア
のウクライナ侵攻を見れば、そんなこと小学生でもわかることでしょ?」という話になる。
こうした議論はずっと続いているようだ。
私は、一刻も早く「国民投票」をすべきだと思う。
世論がバラバラの状態では、政権も腰が据わらず、有事の際に国内は大混乱に陥るだろう。
日本国憲法の公布から77年目の今、憲法第9条の改正の是非について18歳以上の全国
民の信を問うのだ。
その前に、国会の解散・総選挙を行い、最終的な政党の優劣を明確にする。
「やっぱり、自民党が安心だよ」「どこにいれても同じだから、棄権する」などと、先の
統一地方選も衆参の補欠選挙もほぼ同様だったが、それはそれで結構。
ただし、そうした人も、そうでない人も、すべからく結果には従うこと。
一蓮托生、今風に言えば「ONE TEAM」国は一つしかない。国民は一つに。それが
民主主義の原理原則。
(単なる予想だが、近いうちに岸田首相は解散に打って出るのでは。今までの外交・防衛
政策の評価を問い、多くの国民の信認を得たらそれを印籠として掲げながら、色々と直進
していくのではなかろうか)
今こそ、日本の歴史に悔いが残らないような政治をすべきであり、国民も選挙となったら
意思をはっきりと表明すべき、その最後の時に来ていると思う。

やや話がそれたが、もう一言だけ補足。
昨日(5月10日)の朝日新聞朝刊からの記事。
日本政治史の第一人者、御厨・東大名誉教授の談の一部。
「岸田氏はあまり面白くない人だけど、この人に任せておけば、そう間違いはない、と思
われているところが彼の強みだろう。
〈弱みは〉原発事故や戦争、対中関係などで何か大変なことがあった時、この政権は意外
に弱いのではないか。大変なことがないことを前提に、今の状況だけで政治を考えている
ように見える」

私はまさに核心をついた言葉だと思った。
「大変なことが起こらない、想定外のことはない」という精神状態(情況分析)なのか。
それは「平和ボケ」と揶揄されてきた国民全般にも言えるだろう。
数日前、銀座のど真ん中にある宝飾店に3人の覆面強盗が侵入し、店内のガラスケースを
破壊しまくり、高級時計等を大量に奪って逃げるという強奪事件が起こった。
空はまだ明るく、ガラス張りの店のファサード(正面入り口側)からは、店舗内が丸見え
の状況であるにもかかわらず、黒服に白い仮面をかぶった異様な姿の連中が、平然とバー
ルでガラスケースを次々に破壊し、宝飾品を奪っていく。
舗道を行き交う人々は「何やってるんだ?撮影か?」程度にしか感じていないのか、誰も
がチラッと見て通り過ぎていく。事の異常さから判断し、遠くからでも「強盗だ~!」と
周囲に大声を発する者は、誰一人いない。
この動画は現場の舗道近くに居合わせた人のスマホで撮影され、視聴者として投稿された
のだろうが、テレビを通すと、無声映画を見ているようなシーンの連続。鈍感な人でも
「これはマジに強盗事件だ」と気づかされるのは、事の成り行きを心配そうに眺めていた
一人の女性が(画面にそわそわとした姿が映ったり消えたりしていた)、いたたまれずに
透明ガラスのドアを開けようとした時、犯人の一人に「あっちに行け!ぶっ殺すぞ!」と
怒鳴られ慌てて退散し、その直後、強盗たちが強奪品を入れた袋をぶら下げて、早や足で
去って行ったシーン。

人々が行き交う銀座で、白昼堂々とこの様な強奪事件が「平然」と起こる社会状況になっ
ている。
だが多くの国民は「大変なこと」は予知せず考えず、「大変なこと」が起こっている時も
他人事とし、結局「大変なこと」が自分に降りかかってきて初めて「事の大変さ」に気づ
くのだろう。
それまでは「無視、無関心、無作為」
だが果たして、それがいつまで続けられるのだろうか・・・。

筆がすべりましたが、今回は岸田首相の政治評価をしているわけではありません。
趣旨は、岸田首相の外国歴訪の機会に「一国の宰相の妻」について、感じることを述べた
かったまでです。
次回にもう一度、宰相の妻に関しての「想い出」話をしたいと思います。

それでは良い週末を。