東井朝仁 随想録
「良い週末を」

白い春(3)
(前回の続きです)

〇4月12日(金)
  →新聞1面の大見出しは「政治改革特別委を設置」「会期内の 法改正焦点」とあり、
2面の全面を使い、自民党派閥の裏金事件を受け、政治資金規制法改正の議論が、後半国
会で最大の焦点となる旨が記されている。

しかし、私の目が行ったのは1面の左の見出し「国際秩序維持 日本は米と共に」である。
内容は、岸田首相が米議会でこう演説したと。
「ほぼ独力で国際秩序を維持してきた米国。孤立感や疲弊を感じている米国民に語りかけ
たい。
米国は独りではない。日本は米国と共にある。日本は控えめな同盟国から、外の世界に目
を向け、強くコミット(関与)した同盟国へと自らを変革してきた」と宣言した。そして
防衛費の大幅増額や基地攻撃能力(反撃能力)保有、対ロ制裁連携やウクライナ支援を挙
げ、「日本は、かって米国の地域パートナーだったが、今やグローバルなパートナーとな
った」と強調した。

これからの日本は、アメリカと共に、ロシアや中国の覇権主義に対抗していく。
そうした決意を宣言したのだ。
私は、この宣言(基本は「安保関連法」)により、日本は、戦後(日本国憲法施行後)
80年間守ってきた憲法の基本方針である「永久平和主義」(憲法第9条)を無視し、ア
メリカと共に戦争が可能な道に踏み出した、と確信した。
安保関連法が日本国憲法より優位になってしまったのだ。
痛恨の極み。

〇4月13日(土)
  →1面トップは「万博 16施設の業者未定」「48のパビリオン 着工は14施設」
との見出しで、1年後に迫った大阪・関西万博の工事の遅れやコスト増の課題が述べられ
ていた。
4年前の東京オリンピック・パラリンピックと、国内の醒めた雰囲気や会場整備の混乱な
どが酷似している。
私も喜び勇んで見学に行った1970年の大阪万博。
その時とは雲泥の差がある。勿論、2020年東京オリンピックも、1964年東京オリ
ンピックと比較したら、彼我の差だった。
今は、関係者のメンツと利害のために「やらざるを得なくてやる 」状況のようだ。勿論、
赤字分は国民・都府民の税金となるだろう。オリンピックも万博も、何のために、誰のた
めに日本でやるのか。果たして国民・都市住民のためなのか。
これほど国民・住民の多くが白けている雰囲気の中で、ただでさえ我が国の財政赤字は約
1200兆円と世界一の赤字大国だというのに。
道路や水道や公共施設などが老朽化して緊急に更新せねばならず、さらに少子・高齢化対
策や巨大災害対策や貧困化対策など、喫緊の重要課題が山積しているにもかかわらず、、、。
政治家はきっと「カネが無ければ税金で徴収すれば」「国債を発行してカネを借りれば」
「我々の在職中、それで何とかできれば」ぐらいにしか考えていないのではなかろうか。

1面中段の見出しは「『日米比』連携 新たな中国抑止網」とある。
日本と米国の比較ではない。比はフイリッピンのこと。ホワイトハウスで3国の首脳会談
が行われ、今後の安全保障上の幅広い協力を確認。米比総合防衛条約に日本も協力し、南
シナ海での中国の動きを牽制することに合意したのだ。
新聞の2面には「米が主導 対中抑止戦略『日本が中核』」との大きな見出し。
台湾や南シナ海への中国侵攻の際は、日本が中核となって阻止する責務を明確にした。

以上が4月第2週(4月7日~13日)での、私が一番気になった記事だった。
何といっても私が愕然としたのは、岸田首相が米国議会で世界に向かって「これからの日
本は、米国が主導した外交戦略の中核になり、盾(専守防衛)のみならず矛(攻撃)も積
極的に担う」と明確に宣言したことだった。

当日の米議会演説をテレビニュースで観たが「アメリカは独りぼっちではない・・」とい
うスピーチが流れて「ひとりぼっち?」と怪訝に思ったが、その後のニュース解説で意味
がはっきりと分かった。
この宣言で、いよいよ日本は矛となって戦争当事国にならざるを得なくな
った。戦後の日本の非戦主義の姿勢が 大きく転換した、と痛感した。

だが、岸田首相の帰国後の国会審議では「首相が自画自賛している日米首脳会談の内容は、
日本の主権をアメリカに売り渡すことになる」と、日本共産党の志位議員(党議長)が質
問したぐらいで、あとは「政治とカネの問題」一色。
日本の外交・防衛問題はさっぱり見聞できない。
こうした政治状況が正常なのか、あるいは異常なのか。
それ以前に、国民一般にとっては「どうでもいい」ことなのだろうか。

ここで過日読んでいた本から、前述した事柄に関係した掲載文を一部抜粋。
① 「日本の論点・2024-2025」(著・大前研一、プレジデント社)から。
  国際政治・経済等のスペシャリスト・大前研一氏はこう述べていた。
 「日米同盟・中国包囲網は、勉強不足で時代遅れの外交戦略だ。
  世界情勢が大きく変わる中、日本は外交の軸を失っていて、漂流状態だ。日本独自の軸
  が必要なのは、特に東アジアの近隣外交だ。まずは、国境を接する中国、韓国、ロシア
  との関係が重要だ。
  軸がない最大の理由は、東西冷戦終結後も、いまだにアメリカの目線で世界を見ている
  ことだ。しかもアメリカはどんな状況かと、冷静に分析してこなかった。
  現在のアメリカは、もはや「世界のリーダー」とは言えない状況に陥っている(注・民
  主党支持者と共和党支持者による分断国家)
  2015年の安全保障関連法成立(集団的自衛権の行使容認)で、日本が直接武力攻撃
  をされていなくても、アメリカが戦争を始めたら、日本は米軍の統制下で戦わざるを得
  ない危険性がある。
  例えばいま台湾危機が起きれば、曖昧な態度しか見せないバイデン大統領が日本の親分
  になるということだ。アメリカ史上最高齢の彼に何かあれば、外交経験の全くないハリ
  ス副大統領が指揮する米軍の下で、日本は戦争に参加させられることになる。
  アメリカ追従は良くない。危険だ。
  しかし今の日本に、外交の経験と感覚を磨いた政治家や役人が乏しいことを、嘆かざる
  を得ない。国家レベルの問題に取り組む政治家は、小選挙区制を廃止して大選挙区制に
  しなければ、出てこないだろう」

② 「問題はロシアより、むしろアメリカだ」
            (池上 彰とエマニュエル・トッドの会談。朝日新書)から。

 「池上:2003年に、イラクが大量破壊兵器を持っていると言って、国際的な合意が
      ないまま、アメリカとイギリスが一方的にイラクを攻撃しました。それによっ
     てイラクに大変な混乱を引き起こしました(注・結局、大量兵器などは見つか
     らないまま終わった)
     イラクの人達から見れば、いまロシアがウクライナにやっていることは、かっ
     てアメリカが我々にやったことじゃないかと。そういう批判をしたくなるんだ
     ろうと思うんですが、どの様にお考えですか。
 トッド:本当におっしゃる通りで、あの戦争は非常に不当なものだったと思います。私
     はその時代、反米主義にならないように何とか言い訳みたいなものを一生懸命
     に探そうとしていました。たとえば、ソ連の崩壊と結び付けたり。アメリカが
     いつか元の、世界にとっても良い大国になるだろうという希望を持っていまし
     た。本当にそれを願っていました。
     だがまさに、あの戦争も、アメリカのヘゲモニー的な側面があったことによっ
     て、引き起こされたわけです。
     ウクライナ戦争も同じく、やはりアメリカが責任者であるわけですね。
  池上:ウクライナに対して、アメリカも含めてNATOが兵器供与をしていますね。
     これについてはどう思いますか
 
トッド:まず、アメリカの外交政策の特徴の一つとして、『同盟国を見放す』という点
      があります。
      たとえばですけれども、もし台湾で対中国の戦争があったとします。その場合、
     アメリカが介入してきたとしても、もし西側が負けそうだとなったら、おそら
     く日本と台湾を、アメリカは簡単に見放すだろうと、私は見ています。
     ウクライナ戦争は、仮に、兵器をいつまででも生産できるというような保証を、
     もしアメリカが出来たとしたら、それはもう最後のウクライナ人が生き残るま
     で戦争を続けるということを、アメリカはするのではないでしょうか。
     西側の人々が『ウクライナでの戦争は、民主主義や自由主義と言った価値を守
     るために戦っているのだ』というふうにいうわけなんですけれど、それは全く
     本当ではないと私は考えます。
      つまり、お金を送って支援するというのは、実際に戦うこととは全く違うこと
     だからです。
     アメリカが一国の覇権国家として存在し、無責任な行動をとる世界のほうが、
     むしろ不安定化を招くでしょう。この状況は早々に終わらせるべきです。その
     ためにはアメリカが自分の弱さを認めるしかない。そうしないと終わりは来な
     いのだと思います。
  池上:最後に一つ質問です。希望はあるのでしょうか。
 トッド:わかりません。私は非常に前向きで、希望というものはいつも持っているんで
      す。けれども、そんな自分も、ちょっと今は希望が信じられない感じですね。
  池上:でも、希望は持ちたいですね。あらゆる災厄が世界に飛び出して行っても、最
     後に希望だけが残ったという有名な話もありますから、何とか希望を見つけた
     い。
      希望はありますかというよりも、私たち自身が希望を見つけていかなければい
     けないのかなと思います」

③ 「ウクライナ戦争の噓」(佐藤優と手嶋龍一の対談、中公新書) から。

 「手嶋:ウクライナ戦争の停戦のキーワードは、『中立化』の外にはありません。ウク
      ライナはNATO加盟を申請していますが、現時点ではNATOの加盟国では
      なく、形式的には中立国です。一方のロシアも、ウクライナのNATO加盟阻
      止が戦争の大義名分です。もっとも、プーチンのいう中立化は、事実上の属国
      化で、中立化と言っても両者の内実には大きな隔たりがある。しかし、外交と
      は、交わるはずのない平行線を交わったと表現する業なのです。
      アメリカと中国の劇的な和解を実現した『上海コミュニケ』(注・1972年
      2月に出された、中国とアメリカの共同声明。相互の主権並びに領土保全の尊
      重及び相互の内政不干渉が原則)をはじめ、重要な外交交渉はことごとくそう
      です。
   佐藤:私もキーワードは『中立化』だと思います。
       それを誘い水にすればいい。双方に無理な妥協を強いる必要はありません。ウ
      クライナの中立化を話し合う交渉の場に着いてほしい。こうプーチンに説いて
      断るでしょうか。
   手嶋:G7の一員として日本も停戦と和平交渉には関与すべきですが、日本はやや国
      際法に偏するきらいがある。
      岸田首相は決まって『法の支配に基づき』とうのは、条約官僚の応答要領をオ
      ウム返しにしているからです。ウクライナ和平は、時に国際法の則を超える大
      胆な発想を持たなければ実現しないでしょう。
   佐藤:ロシア国家が存亡の危機に瀕した場合、ロシアは核兵器を使用すると明言して
      いるので、アメリカはウクライナ全土からロシアを駆逐するまでは踏み込まな
      い。ワシントン・ニューヨーク・シカゴ・サンフランシスコなどのアメリカの
      主要都市を戦略核で攻撃することもロシアは辞さない。ロシアのサルマールと
      いう大陸間弾道ミサイルを迎撃することは、現在のアメリカの防空能力では難
      しい。したがって、アメリカを中心とする西側諸国は、アメリカがロシアと直
      接交戦することを避けるという条件の下でしか、ウクライナを支援しない。
      ウクライナ軍がロシア軍を駆逐することは不可能だ。
      客観的に見てアメリカの戦争目的は、ウクライナを勝利させることではなく、
      ウクライナを使ってロシアを弱体化させることだ」

④ 「新しい戦前」(内田 樹と白井 聡の対談。朝日新書) から。

  「白井:2023年は戦前ではなく、ほとんど戦中になっているのかも知れません。声
      高に叫ばれているのは、台湾有事の可能性です。不可避だとさえ言われていま
      す。特に米軍やCIA(中央情報局)が、2025年、2027年などと具体
      的な年限を挙げている。
      シンクタンクは、開戦したらどうなるかのシュミレーションを公表したりして
      います。
      つまり、アメリカの中で、極東で戦争を作り出したい勢力がかなり活発に動い
      ていると推測できます。
      ウクライナを見よ、なんですね。
      あそこで何が起きているのか。アメリカからすると、要するに代理戦争です。
      自分たちはなるべく犠牲を出さずに、むしろ利益を上げながら敵対的な大国・
      ロシアの力を削いでいるわけです。
      これがうまくいけば、次は中国、東アジアでも応用しようということになって
      くる。代理戦争の場は、台湾と日本です。
      いわゆる『岸田大軍拡』は、そのシフト、アメリカのために出てきたものと解
      釈すれば整合的です。
      日本は核を持っていないから、この核抑止力を担うのがアメリカの核の傘だと。
      では、中国が日本に核攻撃をしたとして、アメリカがその報復として中国に核
      攻撃をするのか。アメリカはそれをやったら次は中国がアメリカ本土に核兵器
      を飛ばすだろうと考える。
      つまり、日本への核攻撃だけなら、アメリカは中国に対して核攻撃をできませ
      ん。これは逆に言えば、日本に対しては中国がいわば安心して核兵器を使うこ
      とが出来るというわけで、核抑止が働かない構図になる。
      この話は別に空想的でも何でもない。
      日本政府自身がその可能性を認めて、今、米軍基地や自衛隊基地に対する大量
      破壊兵器、つまり核兵器だけではなく化学兵器や生物兵器による攻撃に対する
      防衛策を、いといろと進めつつあります。新しい安保関連3文書を出したから
      には、日本政府は核攻撃されるかも知れない可能性を視野に入れています。
      これが今日の政治状況です。だから戦前というよりも限りなく戦中に近づきつ
      つあります。
      しかも、確たる国家意思によって、こうした状況を招いたわけではなく、思考
      停止の対米従属でこうなっているわけです。
      それをこの社会はどう認識しているのか。
      ほとんど無批判に大軍拡が進んでいる。
   内田:戦後日本の安全保障戦略の大転換があって、軍事費も突出し、敵基地攻撃能力
     (反撃能力)まで言い出した。
      明らかに「戦争ができる」方向にシフトした。
      にもかかわらずメディアは反応しないし、国民もなにごともないようにぼんや
      り暮らしている。
      どうしてこうも無関心でいられるのか。政策転換そのものよりも、政策転換に
      まるで反応しない日本人の方が、むしろ深刻な問題だと思います。
      この無反応は「自分たちは日本の主権者ではない」という無力感の現れだと僕
      は思います。
      自分達が選んだ議員が国会で徹底的に議論しで出来た政策転換なら、有権者た
      ちはその政策決定に、ある程度の責任を感じるはずです。
      しかし、これは全部アメリカが決めたシナリオです。
      岸田首相だって、記者から質問されても『「アメリカがそうしろと言ったから』
      だとは、さすがに言えない。だから、政策転換には必然性があったと、いくら
      彼がぼそぼそ答弁しても、それは全部『空語』である。
      アメリカに鼻面を引きずり回されて国家戦略の方向転換を強いられているのに、
      これほどメディアも国民も無関心なのは、何よりも『ホワイトハウスの意向に
      迎合する政権が安定政権だ』ということを刷り込まれているからです。
      アメリカの言うことを聞いてさえいれば、自民党の長期政権は保証される。
      はっきり言いますけど、今の日本の政治家には日本の安全保障について自前の
      戦略を考える能力も意思もありません。
      与党政治家は自分たちの政権の延命、自分の利権のことしか考えていない。そ
      れに比べると、ホワイトハウスの『ベスト&ブライテスト』(注・安全保障政
      策の大統領補佐官等)たちは、もう少し巨視的に世界戦略を考えているはずで
      ある。だったら、あちらさんから降ってくる国防戦略を鵜呑みにしているほう
      が安全じゃないかと思えてくる。
   白井:日本人は日本の政治家に、そもそも期待していない。同時に自分自身にも期待
      していないのではないですか。まさに日本人は生きる屍化している。
      これだけの安全保障戦略の大転換に対して、ほとんど反応しないのですから」

抜粋はこのへんで止めます。
今回のエッセイは、戦後約80年を経て、私たちの日本国憲法の3大基本原則の一つ、
「永久平和主義」=戦争の放棄が、あっさりと軍靴に踏みつぶされる時代に入ったという
ことを、有識者の声を紹介して伝えたかったのです。

私の人生で初めて体験する、日本という国の戦後最大の局面。
いま、その時が始まっているのでしょう。

この続きは次回にでも。
それでは良い週末を。