東井朝仁 随想録
「良い週末を」

さよならの夏(1)
今日は8月29日(木)。
今は午後1時半。天気は朝から曇りだが、先ほどから小雨が降り始めている。
そのせいか気温は30度ほどで、ややしのぎやすい。

しかし、このあとに「台風10号」が控えている。
今朝8時頃に鹿児島県川内市に上陸。
今後の進路は日本列島をほぼ縦断する予想で、このためテレビ各局は、朝から台風10号
に関する報道を頻繁に流している。これは今朝始まったことではなく、今週初めから続い
ている。
それほど規模が大きいうえに、現時点では毎時15キロという遅い進行なので、気象庁で
は予想進路が立てづらいとのこと。
台風10号は、中心の気圧は935ヘクトパスカル、中心付近の最大風速は50メートル、
最大瞬間風速は70メートル、中心から半径110キロ以内では風速25メートル以上の
暴風が吹いている「日本の観測史上でも最大級の強い台風」とのこと。
私も東京で経験したが、昭和34年(1959年)9月に和歌山県に上陸し、本州を縦断
して多くの甚大な爪痕を残した「伊勢湾台風」並みの台風らしい。

伊勢湾台風では、死者が約4700名、行方不明者が約400名、負傷者が約3万9千名、
床上・床下浸水が約36万4千軒に上った。
私が小学6年生の時だったが、近所のあちこちの家から大工工事をする金槌(かなづち)
の音が響いてくるので怪訝に思っていたが、ラジオ・ニュースで東京に台風が接近してい
ることを知った。
以前に、父が台風に備え、全部閉め切った木の雨戸の上に、長い板の筋交いを当てて釘で
止めていたことを思い出した。
だが、伊勢湾台風の時は、父も母も兄も関西に行っていて不在。
私は辺りが暗くなり始めた頃、とりあえず急いで5寸釘と金槌を持ち出し、1階の南側の
居間の、6枚ある木の雨戸(畳1枚ほどのサイズ)を全部閉め、雨戸の下の木枠の上から
5寸釘を何本も、木で出来ている下の敷居(レール)の深くまで打ち込んでいった。
一人で筋交いや防御板を張り付けることは、時間的に道具的に困難。乱暴だが風を防ぐに
は最小限、これしかないと考えた。

その3時間後の夜の9時頃、伊勢湾台風が東京に襲来した。
私と小学4年の妹、小学2年の弟、そして6歳の弟の4人は、その和室に敷いた布団にく
るまり、早く寝てしまおうとまんじりともせずに目をつぶっていた。しかし、だんだんと
木々のざわめきが大きくなり、地鳴りのような不気味な暴風が吹き荒れ始めると、不安に
襲われて皆、布団から飛び出して起きてしまった。
すると、雨戸の内側にあるガラス窓がガタガタと揺さぶられ始め、2階建ての家全体が、
地震のように揺れ出した。さらに「トモちゃん、雨戸が吹き飛ばされそうだよ!」と妹が
叫んだ。
見ると、ゴーッという地底から湧き上がってくるような風の唸り声があがると、強烈な風
が襲い、雨戸が吹き飛ばされそうなほどしなり、その直後、今度は一斉に引いていく風力
で、雨戸が引き抜かれるように反対側に大きくしなるのだった。
そこでガラス戸を全部開き、私は妹弟を手伝わせ、それぞれ雨戸に両手を当てさせた。
「風が押し寄せたら、身体を踏ん張って雨戸を押し返せ。そのあとググッと持って行かれ
るから、雨戸の桟(さん)を握って、持って行かれないようにするんだぞ」と声をかけた。
(今から考えると、妹や弟たちには年齢的に過度の労役だったが、当時は子供も大人と同
じようなことをさせられていた時代だった)
そうした行動を何回か繰り返していると、押しと引きのタイミングがわかってくる。
風が押し寄せる時は、一瞬あたりが静まる。そしてすぐにゴ~ッという音が段々と大きく
なって近づいてくる。その時に「来たぞ!」と私が声をかける。
「もっと腰を落として、足に力を入れて押せ!」といって雨戸に体重を乗せる。それが終
わって1、2秒後、「風が引くぞ!桟を握っていろよ!」と叱咤して、両手で木の桟を握
って引き離されないようにする。
だが、こうしたことは小学生4人では限界がある。
10分ほどで、気がつくと弟二人はくたびれて布団に潜り込み、首だけ出してこちらの様
子を見ていた。
仕方がない。もうあとはなるようになれ。
そんな気持ちになって私と妹は雨戸と格闘を続けるうち、30分ほどで大きなヤマを越え、
私も妹も疲労困憊して動作を止めた。そしていつの間にか泥のように寝ていた。

翌朝、庭に出てみると、何枚かの瓦が落ち、もぎ取られた木の枝が、あちこちに散乱して
いた。
「あの時、5寸釘を打ち込んでいなかったらどうなっていただろうか」と、台風一過の青
空を眺めながら想像した。
朝のラジオからは、東海地方での悲惨な災害状況が流れていた。

あれから65年目の今年。
これから日本列島にさらに進攻してくる台風10号。
その被災状況は今週末頃に判明するのだろうが、現在、予想進路の暴風雨圏内に住む人た
ちは、固唾を飲みながら防災対策や避難準備をされていることだろう。
何とか、事なきを得ることを祈るばかりである。

それでは良い週末を。