さよならの夏(2)
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今日は9月5日(木)。 東京では、台風10号が去ったここ数日間は、やや猛暑がおさまって、今日の最高気温は 32度だが、日差しが強い。 8月22日の「処暑」(注・1年を24等分した古代中国の季節区分の一つ。この日から 暑さもようやくおさまり、朝夕は初秋の気配が漂う季節となるとされている)が過ぎ、9 月に入り、明後日の7日には「白露」(注・いよいよ秋も本格的となり、野草に白露が宿 り始める季節となるとされている)になる。だが、本格的な秋の到来はまだまだ先だろう。 今年の夏(6~8月)の全国の平均気温は、平年と比べ、1.76度高く、昨年同様に過去 (1898年以降)で最も暑かったと、気象庁が発表した。 年々暑さを増している夏の気温。テレビの街頭インタビューで街の人の感想は、誰もが 「今年の暑さはハンパじゃない。本当に危険な暑さだ。体調が悪くなった」などと回答し ていた。 私も同感だ。 今までは猛暑日(最高気温35度以上の日)があっても、単発的に数日発生する程度だっ たが、今年は、35度前後の猛暑が連日、長期間にわたって続いてきた。 この状況を数値で見ると。 例えば、東京の今夏の最高気温の月平均を、10年前の2014年と比較してみると。 ・2014年→(7月/30.5度、8月/31.2度) ・2024年→(7月/33.5度、8月/33.6度) 7月は3度、8月は2.4度上昇している。 今年の8月末は台風10号の襲来で、曇りや雨の日が続いたので、平均気温がやや下方修 正されたが、それが無かったらもっと高い値を記録していただろう。 次に、年間の猛暑日数を比較すると。 ・2014年~2022年までの平均→8.3日 ・2024年(8月末現在)→19日 過去の2倍以上に増加している。 気象庁は9月2日、「9月前半も東日本・西日本を中心に猛暑日が見込まれ、厳しい暑さ が当分続く」という予報を出した。 今後も年を追うごとに、夏は危険な暑さが増していくことだろう。 異常気象分析検討会の中村・東大先端科学技術研究センター教授は「地球温暖化に伴う気 温の上昇が底上げしていることは間違いない。異常と呼べる顕著な高温が続いている」と 述べている。 我が国の多くの人達も、そう考えているだろう。 「そんな深刻なことを考えても仕方がない。もっと楽観的に考えるべき。そのうちに元に 戻るよ」という人もいるが、それはプラス思考ではなく、単なる「逃避行動」だろう。 「事実を知りたくない、考えたくない」だけなのだ。 世界中のどの国も、この地球温暖化阻止の行動をすぐにとっていかないと、数年後(数十 年後ではない)には世界中が「生存できるかどうか」の深刻な事態に見舞われ、国内外で パニックが発生している予感がする。農産物の不作、海産物の不漁、家畜の生育不良など で食糧危機も深刻化し、地球の生態系が狂ってしまう。 とりあえず、今年の猛暑は9月が終われば少しは潮が引いていくだろうから暑さはしのぎ やすくなる。まずはそれまでの日々をつつがなく、健やかに過ごすことが肝要。 この夏は、連日の猛暑もさることながら、寂しい、悲しいことも多かった気がする。 例えば、6月・7月・8月に、それぞれ私の長年の友人が一人ずつ亡くなっていった。み な50~60年の親交があった人達だった。 考えれば私と同年令やそれ以上の人なので、「その人の運命だった」と割り切りも出来よ うが、すぐにはなかなかそうはいかず、寝苦しい夜も少なくなかった。 また、蒸し暑い街に出て、30年来の馴染みの書店に行くと、入り口のガラスドアに「9 月10日を持ちまして閉店とさせていただきます」という張り紙が貼ってあり、入り口近 くの事務用品コーナーの商品棚が空になっていた。 そこには「全ての事務用品は、50%引き」という張り紙が貼ってあった。 ここぞとばかりに客が押し寄せ、あっという間に消えて行ったようだ。 私はがらんとした棚に、わずか3本だけ転がっていたボールペンを取り、客一人いない広 い書籍コーナーから文庫本を1冊取り出し、レジに向かった。 レジで店長が「皆さん、電子書籍でご覧になるかたが多いので、もう本は売れないんです よ」と、閉店の理由を語ってくれた。 私は「長い間、ご苦労様でした。私は寂しいけど、こればかりは仕方がないですね」と礼 を言って店を出た。 私の住む世田谷の三軒茶屋駅から駒沢大学駅間のエリアでは、少し前まで徒歩10分以内に 5軒の書店があったが、もはや三茶のキャロットタワーにある、チェーン店「TSUTAYA」の 書店のみになってしまった。 そのTSUTAYAは、コミックやDVDやCDのレンタル・ショップを都内で多店舗展開し、 同時に書籍・文具店や最近では「インドア・ゴルフ練習場」や「エアロビクス教室」を複 数営業していた。 私は昨年2月にオープンした隣駅の桜新町のインドア・ゴルフ練習場の平日会員になり、 週に2回ほど練習に行っていた。 この8月は1回も行かなかったが、先週、突然にメールが入り「10月末で桜新町店の営 業を中止致します・・」という連絡があった。 今ではだいぶ普及している「Tカード」も、私が六本木に事務所を構え、ニンニク酒の製 造販売の営業を行う株式会社を設立した2008年2月、意気揚々と六本木界隈を散策し ている時に、新規開店した「TSUTAYA」のレンタル・ショップを見つけ、すぐに新規会員に なった際に交付されたカードだった。 当時、TSUTAYAは斯界のニューウェーブだった。 あれから16年。 私の自宅界隈で、残るは三茶のTSUTAYA書店のみになった。 国民の変化と共に、客筋も売れ筋も商圏も変わってきたのだろう。 私の場合は食糧備蓄と同様(?)に、あと少なくとも5~6年、毎日新たな作品を鑑賞し ても余りある、書籍や映画(DVD)や音楽(CD)は備えてある。 だから、それらの作品の鑑賞はパソコンやスマホを使用しなくても、見たい読みたい聞き たい作品は十分にあるのだ(インターネット通販や書籍・動画サービスなどは無用) これからの世の中の流れは、ますます国民のニーズは多様化・分散化し、若者層をスタン ダードとした社会の価値観やニーズが組み立てられていくのだろう。 それは政治の世界も同様。 「若さ」とか「新鮮さ」とか「何かやってくれそう」だとかの抽象的でポエムのような選 択基準。 だから現在の「自民党総裁選=首相選」も同様。 どの候補者も(10名もの小粒の候補者ばかりには、あきれ返ったが)、耳当たりの良い 公約をかき集め、それを全く聞き手の心に響いてこない、ワンフレーズにして喋っている。 皆、軽すぎないだろうか。 昔、贈収賄事件で逮捕されて引退した某厚生事務次官が、後年、大手出版社から出版した 回顧本の中で「小泉純一郎氏が厚生大臣の時、重要法案の国会提出を控え、多くの担当事 務官が毎週日曜日に出勤し、省内で作業を行っていた。普通は大臣が一度は激励しに作業 場に顔を出すのが通例だったが、小泉氏は一度も顔を出さず、法案審議にもかかわらない ので、変わった人だなと思っていた。その小泉氏が総理大臣になるのだから、自民党もこ こまできたのかと痛感した」と、「自分のことは棚に上げて恐縮だが」と前置きして書い ていたことを想い出した。 振り返れば、あの頃から信念のある度量が広い首相が、総理総裁からいなくなってきた感 がする。 国民もわかりやすい「劇場型」の選挙演説に喜び、熱狂する。 まさに骨太の「国家の大計」が無い。 みな、党員・国民・マスコミの受けが良くなりそうな、チマチマした政策や言い回しばか りに感じる。 その辺の小選挙区での国会議員選挙と同様。 異常気象対策を含め「国家の命運を賭した外交・防衛政策」「新たな日本列島改造計画」 「新たな自由主義経済社会の構築施策」といった喫緊の課題を訴え、政治生命どころか自 己の命を賭してでもやり抜くと誓う人が、全くいないのだろうか。 かの田中角栄・元首相がこう言っていた。 「どんな発言をすれば、マスコミに気に入られるか、大きく書かれるかと考える人間がい る。 こういうのが一番悪い。政治家としても大成しない」 「今の若い者が総理大臣候補でございますなんて言ったって、何のために政治を志し、総 理総裁になって何をしたいのか。何ができるのか。 そこのところがハッキリしてなきゃ、ダメだというんだ」 「政治というものは、つまり事を為(な)すということだよ」 この自民党総裁選で誰が選ばれるか。 私は全く興味がないし、支持したい人もいない。 誰がなっても、あの支持率が低迷し続けた岸田首相より政治力が劣り、国内外に混乱を作 り出し、にっちもさっちもいかなくなって退陣せざるを得なくなるのではないか、と憶測 してしまう。 いずれにしろ、残暑は続くだろうが、今年の夏は過ぎてゆく。 そしていつか秋が忍び寄ってくるのでしょう。 今年の秋は「アメリカの大統領選」を含めて、世界各地で秋の台風が吹き荒れるのではな いでしょうか。 以前にも言ったが「大事なことにあたっては、悲観的に準備し、楽観的に対処する」こと だろう。 そのように心が定まっていれば、何も心配したり後悔したりすることは無いのだと思いま す。 さて、この後はフォークの女王と言われた森山良子の「さよならの夏」の歌を聴きながら、 上野の美術館で開催される秋の絵画展のスケジュールを検討することとします。 心の中は、すでに錦秋なのです。 それでは良い週末を。 |