哀愁(3) |
11月5日の米国大統領選挙で、共和党のトランプ氏が民主党のハリス氏を破って、次期 大統領に決まった。 投票日直前の米国内のマスコミ報道によると、「情勢は五分五分で最後まで予断は許され ない。投票が終わっても最終結果がでるまでに2,3日かかりそうだ」ということだった が、開票が進むと早い時間にトランプ氏の勝利宣言が流れ、最終的に各州選挙人の総数 538人の過半数(270人)を大きく超える、312人を獲得して勝利が確定した。 投票前の世論調査で「トランプが負けたら暴動が起き、アメリカ国民は二つに分断される と思う」と答えた米国市民は70%だった。 だからトランプ氏の勝利が確定した時、殆どのマスコミ関係者は「とりあえずホッとした」 とのことだった。 それでは、なぜ選挙前の「激戦」の予測を覆して「トランプ圧勝」となったのか。 日本の各新聞やテレビではその要因を、民主党(バイデン政権)の「不法移民対策」と 「インフレ・経済対策」に対し、多くの有権者が不満を抱いていたことによるものだった としている。 バイデン政権の副大統領だったハリス氏は、バイデン政権の政策を表現やニュアンスを変 えながらもほぼそのまま継承し、大統領選挙の公約としていた。だからトランプ氏が「不 法移民対策の担当だったハリスは何もしなかった。これからも国境を野放しにする。私だ ったら国境に高い壁をすべて構築し、すぐに国内の不法移民を一人残らず一掃する」と宣 言していた。 だが、ハリス氏の政策は「入国管理を厳重に行い、不法な移民をなくす」といった程度 (注・私がテレビで観ていた時のスピーチの感じ)で、歯切れが悪かった。 このため、メキシコとリオグランデ川で国境を接するテキサス州のヒスパニック(スペイ ン語を話すメキシコ・キューバ・プエルトリコ等のラテンアメリカ系の住民)は、「不法 移民の流入を見過ごして、バイデン政権は街を大混乱に陥れた(注・地元メデイアによる と昨年12月には1日で1万4千人が越境した)」との不満を叫び、長年、民主党候補に 投票していた全米のヒスパニックの多くがトランプに投票した、とのことだった。 人口の7割がヒスパニックのフロリダ州マイアミ・デイド郡でも、共和党が88年以来の 勝利を収めた。 ヒスパニックの女性は「(トランプ大統領の)1期目は今ほどインフレがなく、問題なく 暮らせていた。もう一度、トランプに国を正常化してほしい」と期待を述べていた。民主 党関係者は「『未来への希望』を語ったハリス氏のごまかしは、ヒスパニックには通じな かった。もうヒスパニックは民主党の支持基盤でなくなった」とも述べている。(※『未 来への希望』については後述) ヒスパニックの民主党離れはテキサス州やフロリダ州に限らない。全米におけるトランプ 氏のヒスパニックの得票率は46%と、70年代以降で最高だった。要因は不法移民対策 に対する不満だけではなく、低所得者層が多いヒスパニックにとっては、特に経済への不 満が強いのだ。 また今回の選挙では、今まで民主党の岩盤支持層とされていた若い世代でも、トランプ氏 に票が流れる傾向がみられた。 そうした若者たちの意見は「国の経済を上手く回せそうなトランプ氏の方が、大統領にふ さわしいと思う」ということだ。 米タフツ大学のグループによる調査によると、投票資格がある若者(18歳~29歳)は、 全米で約5千万人いるが、投票した若者の51%がハリス氏、47%がトランプ氏に。 4年前の選挙の得票率では、民主党のバイデン氏が6割超、トランプ氏が4割弱だった。民 主党候補が共和党候補を20ポイント以上離していたが、たった4ポイントの差となった。 ここで今までの共和党と民主党の違いを、イメージ的に対比すると。 ・共和党→保守(従来の習慣・制度・組織・方法の尊重、継続を志向)。 市場重視で政府の介入最小に。小さな政府。赤色と象がシンボル。 金持ちの人達の党。白人・敬虔なキリスト教徒(福音派)が支持基盤。 ・民主党→リベラル(穏健な自由・革新を志向)社会福祉等は政府の義務。 大きな政府。青とロバがシンボル。貧しい人達の党。 労働組合やマイノリティー(少数派・少数民族)が支持基盤。 しかし近年では、民主党は富裕層・高学歴層の支持者が、共和党は労働者層マイノリテイ の支持者が増えているとのこと。 今回の選挙結果について、米国のマスコミは「エリート層・富裕層(民主党)対非エリー ト層・貧困層(共和党)の戦い」と表していたところもあった。 (注・大統領個人で比較すると、不動産王の富裕者で、アメリカのアイビーリーグ(米国 の北東部に散在するハーバード大学などの名門8大学)の一つ、ペンシルベニア大学を卒 業したトランプ氏に対し、ハリス氏は移民の家に育ち(父はジャマイカ、母はインドから の移民)黒人系のレベルが高いハワード大学を卒業し、検察官などを歴任して上院議員に なっている。果たしてどちらが富裕層でエリート層なのか?) 今回の大統領選挙では、トランプ氏がまたも「アメリカファースト・米国第一」を連呼し ていた。 そのための具体的な公約が、不法移民対策、自国の経済を守るための保護貿易(関税の大 幅な引き上げ)、国内産業の活性化と労働者の雇用確保(電気自動車(EV)優遇政策の撤 廃、ガソリン車・ハイブリット車(HV)の生産増で、国内大手自動車メーカーを保護)、 そして世界最大の石油・天然ガス生産国として、これらの化石燃料開発の促進。 したがって、トランプ氏は国連の地球温暖化対策を検討する、気候変動枠組み条約締約国 会議(COP29)などには懐疑的。前回の任期中にも温室効果ガス削減に向けた多くの加 盟国の合意である「パリ協定」から離脱した。 今回の選挙中でも化石燃料を「掘って掘って掘りまくれ!」と主張し、世界の化石燃料の 削減努力に背を向けている。 「米国第一」なら何でもありで、それが米国民の利益になれば良しなのだ。 そして米国民の多くは、それが良いからトランプ氏を選んだのだ。 「ハリスは綺麗ごとを言いすぎ。トランプは率直で私たちの生活を守ってくれる実行力の ある人」などとインタビューに答えていた市民の声が印象的だった。 結果、共和党は全米の上院・下院の議員選挙でも勝利し、大統領と上下両院を握る「トリ プルレッド」を実現した。 このレッドとは共和党のシンボルカラーで、トランプ氏がいつもかぶっている赤い野球帽 のレッドだ。この赤い帽子の前には大リーグのチーム・ロゴのかわりに 「MAKE AMERICA GREAT AGAIN」の文字が刺繍されている。 「アメリカを再び偉大な国にする」というキャッチフレーズだ。略称は「MAGA」。 そもそもこの選挙スローガンは、1980年の大統領選で共和党のレーガン大統領が使用 したものだ。当時のアメリカは高い失業率とインフレという深刻な経済状況にあった。同 様の国内状況にある現在はトランプ氏が使っており、今回の選挙でも赤帽を被った氏が、 この言葉と「America First(米国第一主義)」を繰り返していた。 各主要州で開催されたトランプ氏の集会では、常に赤帽を被った熱狂的なMAGA(トラ ンプ支持者)で埋め尽くされているのが、日本のテレビで何度も報道されていた。 そこでスピーチする内容は簡単。ここからはジャーナリストの津山恵子氏のルポだが「ハ リスはIQがゼロだ。そしてスロー(のろまな)バイデン!などと悪口を言う。すると会 場は膝を叩いて喜んだり、隣の人と抱き合って笑い合ったりしていました。まるでカルト 集団です」 相手候補への罵詈雑言や「移民たちはペットの犬や猫を盗んで食べている」などとの荒唐 無稽なデマを振りまき、最後は「MAGA」と「アメリカ・ファースト」の言葉で締める だけ。 それでも熱狂的な支持者が増え、生き甲斐を見出だしたかのように熱気と狂気を帯びたよ うなMAGA支持者たちが、SNSで嘘か本当か言質のないニュースを拡散していたこと だろう。それが、民主主義国家の象徴と言われてきたアメリカの現状のようだ。 ここでハリス氏が選挙中に多用したと言われた「未来への希望」という言葉について、気 がついた点を。 この言葉は、ハリス氏が民主党のオバマ元大統領のスピーチに感化されて使っていたので はなかろうか。 例えば、オバマ氏が民主党の大統領候補指名獲得レースで、ヒラリー・クリントン上院議 員に後れを取っていた2008年3月、テキサス州でこう演説している。 「恐怖からの脱出を切望する疲れた旅人たちは、アメリカ合衆国が地球上で最後の、そし て最良の希望の地であり続けることを望んでいる。 われわれはそんな人々の声にこたえることができるか。 イエス・ウイー・キャン。 そう言えるだけではなく、そう期待し、確信している」 イエス・ウィー・キャンは「そうだ。私たちは出来る」といった意味。 団結すれば米国が直面する困難を打ち破れるという、シンプルで力強い言葉。 オバマ氏が、もう一つのキャッチ・フレーズ「チェンジ(変革)」を唱えると、聴衆が呼 応して何度も「イエス・ウィー・キャン」と繰り返したそうだ。 大統領などの指導者は、こうしたキャッチ・フレーズを使って民衆に簡単明瞭にスピーチ する技量が無くては駄目だ。 さらに2009年1月の、オバマ氏の大統領就任演説から。 「国民の父・ジョージ・ワシントンはこう語っていました。『未来の世界にこう語られる ようにしよう。極限の中、希望と美徳しか生き残れなかったときに、共通の危機にさらさ れた都会と地方が、それに立ち向かうために立ち上がったと』 アメリカよ。共通の危険に直面したこの苦難の冬の時期に、時を超えたこの言葉を忘れな いようにしましょう。希望と美徳を持って・・(以下略)」 振り返ると。 2021年1月6日。 この日は、議会議事堂で上下両院合同会議が開会され、バイデン氏の当選が認定される予 定だった。しかし、前年の秋の選挙でバイデン氏に僅差で敗れたトランプ氏は「選挙は盗 まれた。民主党がインチキをした」との主張に呼応して、トランプ支持者たちは連日抗議 デモ行い、6日の朝、ホワイトハウスに隣接した広場で抗議集会を行った。 そこでトランプ氏は「選挙の勝利は極左の民主党の連中によって盗まれ、さらにフェイク ニュースのメデイアによっても盗まれた」と述べ、「この後、議事堂へ向かおう。俺も一 緒に行く。強さを見せるんだ。あなたたちは強くならなければならない。弱さでは私たち の国を取り戻すことが出来ない。我々は戦う。ともかく死ぬ気で戦う」と。 結果、議事堂が攻撃を受け、約600名の乱入者により長時間占拠される事態となり、上 院が約6時間、下院が約7時間、議会機能がストップした。 この行動は反乱・騒乱罪、自国産テロリズムとされている。 それから4年の今。 そのトランプ氏が大統領に返りざいた。 これから、ありとあらゆる方法で、民主党の当時から現役の要職者を対象に、激しいパー ジと追及・起訴が始まるだろう。 最早、今後4年間のうちにアメリカは「今だかってない民主独裁政治」が行われていく気が する。 ひるがえって、今の日本。 パワハラなどの疑惑問題を起こした現職の斎藤・兵庫県知事が、「知事としての資質を欠 く」との理由から不信任決議案が提出され、県議会の全会一致で採決された。だが自動失 職した斉藤氏は、この17日に行われた知事選に、すかさず無所属・無推薦で出馬。マス コミの前評判では当選の見込みがないとされていた。 もっぱら立憲民主党推薦と自民党推薦の両候補者の争いと、大方は予想していた。 しかし、ふたを開けたら次点の候補に15万票の差をつけ、斎藤氏が約111万票を獲得 して当選した。 これには日本中の人が(勿論、関心のある人)、いや地元の県民の多くも驚いたに違いな い。 マスコミは「SNSを駆使した選挙戦が非常に有効だった。旧来の選挙方法、マスコミの 選挙報道のあり方が問われた」とか「既存政党や大手マスコミなどの守旧派が、改革派に 負けた」とか、色々と総括されていた。 大国の大統領選と日本の一県知事選とは比べようがないが、私は何となく兵庫県知事選も 先の米大統領選と似ている感じがした。 私が感銘した、前述のオバマ氏やハリス氏が語る「希望と美徳(道徳にかなった立派な行 い。良い心)を失わなず、国民が心を合わせながら国の発展に努力していこう」という政 治理念、政策ヴィジョンなどというものは、今回の大統領選と上・下院選挙で民主党が完 全敗北したことで、もはや米国は、国のあるべき姿の理念より、自己利益のための現実的 な政策しか聞く耳を持たない国民が多くなってきたと痛感した。 「自由と平等と博愛」の美徳が尊重される民主主義国家の日本と米国だったが、どちらの国 も「ポピュリズム」が台頭してきた。 現在の社会に不満や怒りを抱えた国民・有権者は、ある時、既成の社会体制やヒエラルキ ー(階層組織)や価値観に反旗を翻すポピュリズムの指導者が登場すると、突然に冷静な 議論と客観的な判断を放棄し、この指導者を妄信する。そして、自分の意見と異なる者の 意見などは排除し、同じ意見の者が狂信的なグループを形成し、ポピュリズムの熱狂の奔 流になだれ込んで陶酔していく。 将来に希望が持てない現在の世の中では、国内外ともに「強い指導者=独裁者」を待望す る人がますます増えていくことだろう。 (注・ポピュリズムとは、大衆からの人気を得ることを第一とする政治思想や活動のこと。 既存の政治に対する不満や現状への閉塞感が高まると、ポピュリズムが台頭しやすくなる こと) もう一つ驚いたことは、知事も県議会議員も、県民の付託を受けて当選し、県民の要望を 政治に反映させているはずだが、今回の兵庫県知事選の結果をみると県民(投票した者) と議会の意見が異なる結果になったこと。 県民の意見をくみ取って採決しているはずの県議会の全議員が、斉藤氏を否認し、さらに 県内29市長のうち22市長が稲村候補(次点だった)の支持表明をしていた。にもかか わらず斎藤氏が当選した。 県議会の総意と、市民の付託を得ているはずの22の市長の意思とは、かけ離れていた。 それでは、民意の総意となるべき県議会の議決とは、一体何だったのだろうか。 私は、今回ほど議会制(間接)民主主義の空疎さに、驚いたことはなかった。 今まで若者層を中心に多くの有権者が投票を棄権して眠っていた。 どの政党どの候補者も、要するに「既得権益を保守するだけ。期待できない。政治は変わ らない」と映るのだろう。 また、選挙に参加するとしたら、党員か後援会員になるか、一時のボランテイアとしてビ ラ配りなどの活動するしか手立てはない。 しかし、今回の選挙でSNSという選挙方法の有効性が露出した。 知事選の最中、SNSでは「斎藤氏は何も悪いことはしていない。逆に被害者だ」「マス コミが嘘の情報を報道し、真実を隠ぺいしている」「今の既得権益を守ろとする人々が斎 藤さんをおとしいれた」「斎藤さんが一人で街頭演説をしている姿に涙が出た」「可哀そ う!」「頑張れサイトウ」という声が広がって行った。 SNSで活動すれば、既成政党のように「ジバン(地盤・選挙区)・カンバン(看板・知 名度)・カバン(鞄・金)」の3バンがなくても戦える。 SNSを駆使し、自陣営の多数のインフルエンサー(SNSで大衆に影響を与える情報発 信者)を使って、「都合の良い情報」を大量に流し続ければ、これが斎藤氏の選挙活動の ように1~2週間ほどで、あっという間に有権者のみならず広く世間に拡散する。一つの 机上の1台のパソコンやスマホを使えば、一人の運動員で極めて幅広い候補者の宣伝がで きる。それも巧妙なフェイク情報を創作して発信するだけ。人もカネも場所も時間もかか らない(ただし、選挙活動においてSNS(ツイッターやフェースブック、インスタグラム、 ライン等々)による宣伝活動を会社等に報酬を払って委託したら、公職選挙法違反となる。 選挙後、斎藤氏にこの公選法違反の疑惑が持ち上がっているようだ。 いずれにしろ、国際政治においても日本国内の政治や経済の分野でも、情報戦争の時代に 入った。 一億総スマホ依存症の日本では、これから選挙のたびに「フェイク情報」が飛び交うこと になるだろう。あとは有権者・国民の冷静な判断が勝敗を決するのだ。 さて、今年もあと1か月10日で新年。 来年の2025年は、きっと日本も世界も「回天」の年になるでしょう。 まさに激動の嵐が吹き荒れる予感がします。 でも、苦しみや困難に負けてはいられない。 生きている限り、希望を失わず、悔いのない日々を送っていきたいもの。 そう自分に言い聞かせ、次の言葉を心の中で強く叫ぶのです。 「イエス・ウイ・キャン」 そうだ。私たちは出来る! それでは良い週末を。 |