東井朝仁 随想録
「良い週末を」

哀愁(4)

今から丁度25年前の、1999年11月。
私がちょうど52歳になった晩秋の頃。
私は一冊の本を買った。
題名は「葉っぱのフレディ・いのちの旅」(レオ・パスカーリア作/みらい・なな訳/童話
屋発行)という絵本。
今回は、この絵本の内容を伝えたくて、エッセイに載せました。
その内容紹介です。

絵本の1頁目に「編集者からのメッセージ」と題した前書きが載っている。
「この絵本を、自分の力で『考える』ことをはじめた子どもたちと、子どもの心をもった
大人たちに贈ります(略)」 続いて作者からのメッセージが。
「この絵本を、死別の悲しみに直面した子どもたちと、死について的確な説明ができない
大人たち、死と無縁のように青春を謳歌している若者たちへ送ります」とある。

そう、この絵本は大樹の梢に近い太い枝に生まれた、一枚の葉っぱ(主人公・フレディ)
のたった1回限りの春夏秋冬を、季節の移ろいを感じながら喜び、楽しみ、悩み、そして
散っていくという「死に関する」物語。
(注・葉っぱは、何の木の葉なのか?パソコンで調べると「カナダの国旗(シンボル)で
あるカエデという意見が多かったが、私はさし絵の葉の形からプラタナス(すずかけ)の
葉だと思っていますが」

春に小さな若葉として生まれたフレディは、夏に厚みのある立派な葉に育ち、木の陰で涼
む人たちを眺めて「みんな気持ちよさそう。これも葉っぱの仕事なんだ」と喜んでいた。
でも楽しい夏は駆け足で去って秋になった10月の終わりのある晩、突然、寒さが襲って
きた。
フレディも仲間も寒さに震えた。葉の大きい親友のダニエルが「霜がきたのだ」と教えて
くれた。もうすぐに冬になる知らせだと。

緑色の葉っぱたちは、一気に紅葉(こうよう)した。公園はまるごと虹になったような美
しさに。
そのあと、夏のあいだ笑いながら一緒に踊ってくれた風が、別人のように顔をこわばらせ、
葉っぱたちに襲いかかってきた。
葉っぱはこらえきれずに吹き飛ばされ、次々と落ちていった。
「寒いよう、こわいよう」と葉っぱたちはおびえた。そこへ、風のうなり声の中から親友
のダニエルの声がとぎれとぎれに聞こえてきた。
「みんな引っ越しをする時が来たんだよ。とうとう冬が来たんだ。
僕たちは一人残らず、ここからいなくなるんだ」
ここは居心地の良い夢のような場所だったから、フレディは悲しくなった。

「僕もここからいなくなるの?」
「そうだよ。僕たちは葉っぱに生まれて葉っぱの仕事を全部やった。
太陽や月から光を貰い、雨や風にはげまされて、木のためにも他人(ひと)のためにも、
立派に役割を果たしたのさ」
「ダニエル、君も引っ越すの?」
「僕も引っ越すよ」
「それはいつ?」
「僕の番が来たらね」
「僕はいやだ!僕はここにいるよ!」

その間にみな引っ越して行った。
残っているのはフレディとダニエルだけになった。
「引っ越しをするとか、ここからいなくなるとか、皆は言っているけど・・それは死ぬと
いうことでしょう?」
「・・・」
「ぼく、死ぬのがこわいよ」
「そのとおりだね」とダニエルは答えてから言った。
「まだ経験したことがないことは、こわいと思うものだ。でも考えてごらん。世界は変化
し続けているんだ。変化しないものはひとつもないんだよ。春が来て夏になり秋になる。
葉っぱは緑から紅葉して散る。変化するって自然なことなんだ。きみは春が夏になるとき、
こわかったかい?緑から紅葉するとき、こわくなかたろう?ぼくたちも変化し続けている
んだ。
死ぬというものも、変わることの一つなんだよ」

変化するってことは自然なことだと聞いて、フレディは少し安心した。
枝にはもうダニエルしか残っていない。
「この木も死ぬの?」
「いつかは死ぬさ。でも『いのち』は永遠に生きているんだよ」とダニエルは答えた。
「ねえ、ダニエル。ぼくは生まれて来て良かったのだろうか」とフレディはたずねた。
ダニエルは深くうなずいた。
その日の夕暮れ、金色の光の中をダニエルは枝を離れて行った。
「さようなら、フレディ」
ダニエルは満足そうなほほえみを浮かべ、ゆっくり、静かにいなくなった。
フレディはひとりになった。

次の日は雪でした。初雪です。
やわらかで真っ白でしずかな雪は、じんと冷たく身に沁みました。
日は早く暮れました。
フレディは自分が色あせて枯れてきたように思いました。
冷たい雪が重く感じられます。
明け方、フレディは迎えに来た風に乗って枝を離れました。
痛くもなく、こわくもありませんでした。
フレディは、空中にしばらく舞って、それからそっと地面におりていきました。
(以下略)

25年前の絵本を見終わると、なんとも言えない哀愁をたたえた感銘を受けました。
前書きに書いてあった編集者と作者の言葉の意味がよく理解できるのです。
私の死に関する感想は、いずれ機会があれば。

今日(11月28日)現在の時刻は午後4時。
2階の自室の西側の窓を開けると、雲一つない西の空が茜色に染まり始めています。
哀愁を帯びた綺麗な夕焼けです。
そして改めて絵本の最後の言葉を思い浮かべるのです。
「命というのは、永遠に生きているのだ」

それでは良い週末を。