東井朝仁 随想録
「良い週末を」

梅雨入り前に思うこと(2)
先日の5月26日、米国のトランプ大統領はハーバード大学に対する約30億ドルの連邦
補助金の支給停止を発表した。二日後の27日には、連邦政府がハーバード大学と締結し
ている全ての契約を打ち切るよう、関係機関に指示。さらに各国の米大使館に対し、学生
ビザ申請の予約を一律停止する旨を通達した。
なぜトランプ大統領はこうした政策をとるのか?
それは第1期目のトランプ政権の時代から始まっていた。
例えば。
①2017年:トランプ大統領は、ハーバード大学での「ポリティカル・コレクトネス
 (注・偏見や差別を防ぎ、政治的・社会的に公正な表現を採用すること)や「左翼的思
 想」が、学生に過剰に影響を与えていると批判。
②2018年:トランプ政権が移民政策を強化し、特に不法移民の取締りを進める中で、
 多くの大学が「移民学生」や「DACA・ダカ」(注・若年期に入国した不法移民の若
 者に対して、強制退去処分を猶予する米国の移民政策。オバマ大統領が導入)に関する
 立場を支持。しかし、ハーバード大学や他の名門大学がこの立場をとる中で、トランプ
 大統領は大学に対し、移民に対する優遇を撤回すべきだと批判してきた。
③2019年:トランプ政権は、大学の学費が急激に上昇していることに関して批判を強
 めた。特に大学の無駄な支出が学生ローンの負担を増加させているとし、大学に対して
 財務管理の改善を求めた。これにはハーバード大学も含まれ、特に学費の高さについて
 は「特権的な教育機関」を批判してきた。

そして2020年以降、アメリカ国内外の政治的・社会的な対立が激化するとともに、大
学の自由や学問のあり方が問題視され、ハーバード大学等に対して、政策や思想、教育の
内容に関して直接的・間接的に圧力をかけることが多く、特に、移民政策・学費問題・中
国との関係・学問の自由・政治的偏りに関する批判が目立ってきた。
近年の動向をみると。
④2023年:ハーバード大学内で発生した「反ユダヤ」的な発言が、社会的な議論を呼
 んだ。特に、ハーバード大学の学生グループがパレスチナ支持を表明し、イスラエルに
 対する攻撃的な発言が出たことが問題となった。一部の政治家は、ハーバード大学が
 「キャンパス内で反ユダヤ的な言論を許容している」として、大学への資金援助を停止
 すべきだとする圧力をかけた。
冒頭に述べたハーバード大学に対する補助金支給停止は、連邦政府の要求する政策変更を
拒否したことに対する報復措置とされている。

「政府の意に沿う教育」しか許されず、「政府に批判的な大学には制裁」、「気に入らな
い研究には資金停止」という権力行使が常態化すれば、言論の自由の抑圧、学問の自由
(独立)の破壊、大学の自治の形骸化が生じることは必定。ひいては学問の自由、結社・
言論・報道等一切の表現の自由が監視下に置かれ、世界に冠たるアメリカの民主主義制度
は崩壊。
アメリカは権威主義的な国家に変貌していくのだろう。

トランプ政権下のアメリカでは、「キャンセルカルチャー」が広がっているようだ。キャ
ンセルカルチャーとは「特定の人物・団体の発言や行動を問題視し、集中的な批判や不買
運動などによって、その対象を表舞台から排除しようとする動き」のこと。
トランプ大統領はまさにそれで、以前から一貫して民主党の著名候補者や反トランプの有
名人や、自分に同調しない身内でさえも、SNSなどで「フェイク」としか思えない罵詈
雑言を吐き、歴代の民主党の大統領に対してさえ、リスペクトのかけらもなく「馬鹿で無
能なバイデン」とか、容赦なく叩きのめしてきた。

何処に進むかわからない、今のアメリカが怖い。
そのアメリカにもみ手をしながら、何でもハイハイと従っていきそうな日本の明日も不安
だ。
トランプ政権から激しい圧力にさらされているハーバード大学で、5月29日に卒業式が
行われた。
アラン・ガーバー学長が「米国、そして世界中から来た皆さん、ようこそ。本来の姿であ
るべき『世界中から』です」と挨拶すると、会場から大歓声が上がったそうだ。
そのニュースを聴いて、私は「まだ気骨ある知識人が残っている」と感動した。
トランプ政権から圧力を掛けられている、他の大学ではどの様だったのだろうか。
言論の自由・学問の自由、ひいては民主主義の砦として、トランプ旋風に耐えて、頑張っ
て貰いたいものだ。

そんなことを考えてから、今回のエッセイはひとまずやめた。
昨日逝去された長嶋茂雄氏の現役時代のモノクロ動画を、テレビで眺めることにしたのだ。
「4番サード長嶋」という場内アナウンスの声と共に、バッターボックスに立つ長嶋選手。
「打ちました!球はぐんぐん伸びています。レフトスタンドに入りました。ホームランで
す。長嶋の逆転さよならホームランです!」アナウンサーの興奮した声が心地よく胸に響
いてきた。
各界の著名人が哀悼の言葉を述べている。
誰もが「プロ野球を国民の多くに広めた偉大な選手だった。昭和のシンボルがまた一つ消
えた」と。

私は着替えをして、外出した。
梅雨入り前に、少しでも青空の光の下で歩いておきたかった。
空の半分は薄雲に覆われていたが、あとの半分は青い空が覗いていた。
やや蒸し暑い大気に、梅雨入りの近いことを感じた。
悠久の時は、静かに流れてゆく。
今は、日々の平和を願いながら、一日一日を感謝しながら過ごすこと。
それが最善の心の持ちようだろうと思いながら、緑の並木道を黙々と歩いて行ったのです。

それでは良い週末を。