東井朝仁 随想録
「良い週末を」

人生の季節は一度だけ(3)
今日は7月30日(水)天気は晴れ。
世田谷区の最高気温は35度。
連日の猛暑で身体は既に夏バテ気味。
昔の「真夏」は八月上旬でピークを迎え、立秋(8月7日)を過ぎると、以降は何となく
朝夕の微風に涼しさを感じられ、慌てて時候の挨拶文を「暑中お見舞い」から「残暑お見
舞い」に変えて葉書を出していたものだが。
最近は少なくとも8月下旬頃まで真夏になっている気がする。
今までも「これからの日本の四季は春と秋が短くなり、夏が長くなると推測される」とい
ったことをこのエッセイで述べてきたが、今年の真夏(私の感覚では30度以上の真夏日
が頻発している期間)も同様。9月になってようやくピーク越えの残暑と呼べるようにな
る気がするのだが。
ここ数年、冬の厳寒や夏の猛暑が全国で多発し、その度に「観測史上一番の」とか「今ま
でにない暑さ(寒さ)」とマスコミから報道されている。
ということは、多くの観測地点(地域)で、年々記録が更新されているということ。
夏はより暑く、冬はより寒くという気候変動はキツイ。世界中が一つになり、各国が気候
変動対策を強烈に進めないと、厳寒・猛暑・巨大台風・豪雨・落雷・竜巻・洪水・干ばつ
・水飢饉などで人類も動植物も生きていけなくなる。第三次世界大戦勃発・核戦争の危機
と共に、その危機は目前に迫っている。
地球の自転軸が傾きながら、太陽の周りを公転している限り、四季は次の年もまたやって
くる。それが大宇宙の地球への恵み。しかし、地球上の人類が地球の自然の営みを破壊し
続ければ、前述したように天然自然から最大限のしっぺ返しを食らうだろう。

この猛暑の夏もやがて終わり、秋や冬がやって来る。だからその間は、この猛暑の夏から
逃れることが出来る。そして来年再びやってくる夏が「普通の夏」に戻るという、淡い期
待を持つこともできる。
(普通の夏とは例年並みということだが、この例年は過去の平均的なこと。現在の猛暑が
当たり前になって数年の実績が残ると、これが例年になるのだろうが、その時がいずれ来
るだろう)

ここで本題に入ると。
日本の季節は、一年を天候の推移に従って時間的に区分した春夏秋冬の四季からなる。
春(3月~5月)夏(6月~8月)秋(9月~11月)冬(12月~2月)と。
同様に、古来中国では人間の一生の移り変わりを、色を4つの季節に当てはめ、青春、朱
夏、白秋、玄冬と呼んでいるとのこと。
私は確定的なことは言えないが、次のようなイメージと意義のようだ。

・青春→人生の始まり、成長期。(青は若さ・希望・新鮮を象徴)
・朱夏→人生の盛り、活動期。(朱色(しゅいろ)は情熱・活力・愛を象徴)
・白秋→成熟と実りの時期(白は純粋・落ち着き・収穫を象徴)
・玄冬→終焉と静寂の時期。(玄(黒色)は老境・死・回顧・威厳を象徴)

これらの解釈は人それぞれで異なってくるだろうが、大筋は適切だと思う。
私が興味を持つのは、例えば若い人も高齢者も、自分の人生の春夏秋冬をどのように考え
ているのか(いたのか)ということ。例えば青春ならば、いつからいつまでだったと思う
のか、ということ。
かってヒットした森田公一の「青春時代」の歌ではないが「青春時代が夢なんて、あとか
らほのぼの思うもの・・」というように、君の青春時代はいつごろからいつ頃だった?と
珈琲でも飲みながら駄弁ってみるのも面白い。
私はいま、自分のこれまでの78年間(あと2か月で78歳)を、青春と朱夏と白秋に季
節区分することが出来ます。
その話は次回にでも。

それでは良い週末を。