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東井悠友林


〜 学校教育と地域との共生について 〜
  

                  顧問 夏 川 周 介 (佐久総合病院名誉院長)


 長野県南佐久郡佐久穂町は、佐久市の南側に隣接した人口1万人あまりの小さな町。
 その大日向地区に日本初の「イエナプランスクール」である、学校法人茂来学園・大日向小学校が
ある。
 イエナプランとは1924年に、ドイツのペーターセンがイエナ大学で始めた教育方法であり、異
年齢の子供達でクラス編成がなされる点、学校での活動は、「会話・遊び・仕事(学習)・催し」の
4つを循環的に行う点などに特徴がある。1960年以降オランダで普及し、2004年に日本に紹
介された。そして2014年に一般社団法人「日本イエナプラン教育協会」が設立され、2019年、
大日向小学校が日本初のイエナプランスクールとして認定された。
 要約して解釈すると、当学校の建学の精神は「誰もが、豊かに、そして幸せに生きることのできる
共生社会を目指す」ことにあり、そのために「児童が自分の特性を活かしながら学ぶこと」「自分自
身の学びに責任を持つこと」「年齢も考え方も違う集団の中で協働し、お互いに助け合いながら成長
すること」「身近な自然や地域の人々との関わりといった、実社会と地続きの学習環境の中で学ぶこ
と」等を教育理念としている。
 こうしたイエナプランのコンセプトの多くは、日本の教育方針、教育目標としてまとめられている
現行の「学習指導要領」の内容を包含しているので、当然、学校教育法第一条に定められた「1条校」と
して運営されている。

 佐久穂町に日本初のイエナプラン教育を取り入れた小学校が設立された背景には、いくつかの理由
があります。
1.自然環境の魅力:イエナプラン教育は、子どもたちが自然と触れ合いながら学ぶことを重視して
  います。佐久穂町のような自然豊かな地域は、この教育理念に非常に適しており、都市部では得
  られない体験を提供できます。
2.地域資源の活用:佐久穂町では、廃校となった旧佐久東小学校の校舎をリノベーションして新し
  い学校として活用しました。このような既存資源の活用は、地域の再生にもつながります。
3.教育移住の促進:この学校は、県外からの「教育移住」を促進する役割も果たしています。多く
  の家庭が、より良い教育環境を求めて佐久穂町周辺に移住しており、地域の活性化にも寄与して
  います。
4.教育の多様性を求める動き:日本の教育に新しい風を吹き込むため、地方での実験的な取り組み
  が可能だったことも一因です。地方だからこそ、柔軟なカリキュラムや新しい教育モデルを試す
  余地があったと言えます。

 このように、佐久穂町はイエナプラン教育の理念と地域の特性がうまく合致した場所だったのです。
 創立以来、生徒数は予想以上の伸びを見せ、すでに200名あまりの定員数をほぼ達成しており、
2022年には中学校が併設され、さらに2026年には中等教育学校(中高一貫教育校)の開校をす
すめています。
 生徒は全員移住者で、約75%は県外者とのこと。当然のことながら関東圏が圧倒的に多いが、名
古屋や大阪方面からの移住者も増えつつあるとのこと。家族の住居は57%が佐久市。25%が佐久
穂町。その他が18%となっているようだが、一方で、住居の確保が難しく、移住家族の努力で空き
家のリノベーションが進んでいるのが現状です。
 大日向小学校の成功をみて、すでに佐久市では2カ所に廃校になった小学校をリノベーションして、
教育法の異なった私立の小学校が設立され、全国的にも珍しい地域になりつつあります。
 都市への一極集中化、地方の衰退と人口減少が進む現在、新たな教育法の導入は過疎化に悩む地域
の活性化に大きなインパクトをもたらすことになるでしょうが、歴史は浅く、また雨後の竹の子のご
とく日本各地に無定見に広がるとすれば、地域に混乱と摩擦を引き起こす懸念もあります。基本的か
つ継続的に、住民相互の理解と協力が何より求められることは間違いないでしょう。
 「共助を基本理念とし、国民の健やかで触れ合いに満ちた生活の実現に資することを目的とする」
当法人にとっても、「共生」が具現化することを大いに期待するところです。

                                   (2025年 4月記載) 


〜 人間は協力を好むようにできている 〜  

      初代顧問 高 久 史 麿 (元日本医学会会長・(公財)地域医療振興協会会長)


 人間は社会生活を営む動物である。社会生活を営む上で、一定の秩序が必要で、そのために各社会
に適合した「しきたり」が有史以前からあり、さらに近代社会になってその一部が法律という形で明
示されるようになった。
 複雑な現代社会のなかで、一定の規律を維持するためには、法律の制定が不可避であるが、人間社
会の成立の基盤となることの一つに、協力ということがあると考えられる。協力という行為は人間に
だけにみられるとは限らない。蟻の巣作り、ライオンの獲物捕り、動物の子育てなど、動物の世界で
も幅広くみられ、おそらく多くの動物は個体・種族の維持のために、ある程度協力しあうことが、そ
の本能の一部となっているのであろう。
 それでは、人間の社会の協力は動物と同じように、本能によって行われているのであろうか。それ
とも協力は人間の知恵として生みだされたものであろうか。常識的に考えると、その両者が関与して
いると考えられる。
 前置きが長くなったが、人間も協力という行為を本能的に選ぶということが、最近、機能的MRIと
いう脳の各部分の働きを調べる、新しい研究方法で明らかにされている。
 この仕事は、アメリカのエモリ―大学の研究者たちが行った17人の女性を対象にした「囚人のジレ
ンマ」というゲームで行った研究で、対象とする女性たちは「相手と協力する」、「相手を裏切る」
のどちらかの行為を選択する。その結果、損得にかかわらず、大部分の対象者は「相手と協力する」
ことを選んだという。また協力することを選んだときの脳の働きを、上述の機能的MRIで調べたとこ
ろ、空腹時に食事を与えられたとき、お金を与えられたとき、嗜好品を提供されたときと同じ脳の場
所で、その活動が盛んになったとのことである。
 この結果は、他人と協力するという決断が、自分の好む物を与えられたときと同じ喜びを、精神的
にもたらすように、人間は作られていることを示している。すなわち、協力という作業の推進に、人
間でも本能的な要因が働いていることになる。しかし、ますます複雑化する現代社会で、人間がお互
いに協力しあうためには、理性に基づいた協力の必要度が、今後ますます高まるであろう。
 当法人は「共助」を活動の基本理念としているが、一人でも多くの人に喜んでいただけたら、幸い
である。
                                   (2012年10月記載) 
(注・氏は2022年3月24日に御逝去。享年91歳でした)