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東井悠友林

    〜 67歳の未成人 〜  

     重県厚生連 いなべ総合病院
        名誉院長 水野 章

   


 70歳も近くなると、見当識が崩れ出し、予想外のところに車のドアがあって頭をぶつけたり、敷居をまたぎ損ねて転んだり、妻との会話で何度も聞き返すほど耳が遠くなったり、眼鏡をかけないと新聞が読めなくなったり、わが身の老化を感じざるを得ません。しかし、年だからといって、なるに任せて、そのまま生活を縮めて良いでしょうか?

 さてここで少々、私の略歴など申し上げます。私の父は警察官でした。
勤務の終盤は派出所勤務であったため、小さな町で過ごした中学時代の私は「あそこの駐在さんの息子さん」と言われ、「品行方正で悪いことをしないお坊ちゃん」というイメージに縛られて生活してきました。大学へは父親の反対を押し切り、名古屋市立大学医学部に入り、医学生時代は真面目な人を演出し、女の子をナンパするなどハレンチなことはやっちゃいけない事として過ごしてまいりました。医師になればなったで医者の品格を失うようなことをしてはならない、と心に決めて型にはまった生活を強いられてきたような気がいたします。私の晩年は公的病院の院長として羽目を外さない管理職を勤めあげ、一昨年、無事に定年退職を迎えました。無茶のない選択をし、大勢の人々に支えられて歩んでこられた人生だと思います。これはこれで安全な人生で、強い不満を抱いている訳ではありませんが、何か一味足りなかったような気がいたします。リスクなく過ごす、羽目を外すこともなく、いわゆる冒険もせずに青春期を過ごし、成人になってしまったような気がしてなりません。これが今だ未成人たる所以です。

 私が定年退職を望んだ理由は、元気に身体が動くのも後10年しかないことと、今までやりたくてもできなかった自由に楽しめる生活をする時間がほしかったためでもあります。今は嘱託医として主として健康診断の仕事をし、高齢者には健康維持の講演をするなど地域住民の方々の健康管理の一翼を担うことをしていますので、多少、時間のコントロールができるようになりました。今まで制約があって、なかなかできなかったことには「自然の中で生活すること。野菜を作り、料理すること。書をかき、日本画を描くこと。山歩きをすること。バイクの免許を取って風を切って走ったり、自転車に乗って自然の中を自分の足で走り抜けること」など、きりがありません。

 前置きはこれ位にして、日本は戦争もなく、清潔で流行病も少なく、生活環境も食生活も素晴らしく、国民皆保険制度で誰でも一流の医療が受けられ、ますます長生きできる国になっています。平成26年の日本の男性の平均寿命は80歳、女性は86歳にもなっていますので、我々の平均余命からするとあと平均20年は生きていくことになります。後世に負担をかけずに元気に生きてゆくには、人生を楽しみピンコロでなくてはなりません。
 多くの人は、「人さまに迷惑をかけてまで長生きしたくない。でも元気で自立した生活ができれば長生きしたい」というのが本音でしょう。そのためにも、老後の生活には4つの大切な自立が必要と云われています。
  即ち、生活的自立(自分で食事を作り、掃除洗濯し、洋服もお洒落もし、メリハリのある生活をする力)。次に身体的自立(栄養を考えた食事をして、規律ある毎日を過ごし、健診も受けて自分の健康管理をする力)。次に経済的自立(年金や預貯金を含め最低限の生活費があること)。更には精神的自立(好奇心を持ち、実行して解決してゆく力、例え一人になっても孤立しない自立心)です。
 特にこの中でも精神的自立は最も大切ではないでしょうか。

 今年、若い頃から持っていた夢を一つ実現しました。齢67歳にして普通自動二輪の免許を取ったことです。途中、ケガで休息期間を入れ、取得までに9か月もかかりました。若者が17時間の講習でクリアしてゆく課題を、私は卒業までなんと34時間もかかってしまいました。やはり年ですね。当然、教習所ではどのインストラクターよりも年上で、平衡感覚も反射力も年齢とともに衰えていたことを痛感しました。もう少し楽に卒業できると楽観していましたが、思ったように簡単には運転できません。200Kg以上もある重いバイクを支えるため、両手首、左足関節、左膝関節を何度となく捻挫し、これは神様が「無理だから諦めなさい」と言っているようにも思い、何度も挫けそうになりました。
 ところが教習所の先生方は何とか私を卒業させようと、励ましてくれたり、気遣いの声をかけて下さいました。これに勇気付けられ、何とか取得できた次第です。これも神様の思召しかと有難くお受けし、一つ新しい世界を広げることができそうです。
 一つ夢が叶うと次の夢に向かえます。
今後も日々を愉しみながら、自分の世界を拡げられることの素晴らしさを感じつつ、ゆっくりと歩んでゆきたいと考えています。