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東井悠友林

     〜 今日この頃 〜

    元厚生労働省統計情報部課長補佐
         服 部 和 夫
 
   
 私事ですが退職して2年半。毎日、目標のない怠惰な生活を送っています。
 始めは「40年働いて来たのだから、少々ゆっくり休んでもバチは当たらないだろう。」と高をくくっていたのですが、何もしない日々が当たり前になって来ると、「このまま自分は終わるのでは」と不安になり、焦っているこの頃です。
 たまに友人に会うと、「退職後、畑仕事を始めた。今年のスイカは出来がいい。」「習い事で絵を描いてる。」「近所の仲間と、グランドゴルフを始めた。楽しいよ」等々、皆さん頑張っているようです。
私はだらしない独身なので、片付いていない部屋を毎日眺めながら、「まずは部屋を綺麗にすること」を、今の目標にしている有様なのです。

 この頃、町を歩いていますと、何か一人で喋りながら歩いている人が多くなったような気がします。
 歩きながら携帯でもしているのかと思ったのですが、独り言だと知って驚きました。
年寄りが多いようです。
 言葉を発しないといられない人なのでしょう。
 先日は、病院の待合室で隣に座ったおばさんが、とどまることなく何かを喋っていましたが、これは病気かも知れません。
 私も一人で家にいますと、一日中、一言も喋らないことが多くなりました。
 たまに自分の独り言に気がつくことがあります。私は今のところ人と話さなくても平気と思っていますが、でもこの頃、身内のことで対話の大切さを考えるようになりました。
 私の母は88歳。妹夫婦と3人で暮らしていますが、妹たちは仕事で外に出るので、一日中家に一人でいるわけで、毎日退屈しているのです。話の出来る近所の年寄りは亡くなったり、施設に入ったりで、大分いなくなり、母も歳のせいで外出も危なくなっています。
 そこで、「暇してるだろう」と、息子の私に時折電話がきます。大体30分ほど。
 少々ぼやけていますので、毎回同じような愚痴や悪口、昔話です。
 そこで、たまには私が訪ねて行き、話の相手をすることにしました。
 その時私が気を付けているのは、何度か聞いている話でも「聞いた。聞いた」と言わずに、頷きながら聞くようにすることです。
 これは、私が気楽な立場にいて、たまにだから出来るのであり、同居していると無理かもしれません。
 人と話すこと。これは今の老人問題の基本だと思います。私も「自分はこれからどうなるのか」などと考えてしまいます。独り言を言いながら歩いているお年寄りは、きっとコミュニケーション不足で孤独なのだろう、と想像しています。
 私はそんなことから、今住んでいる所の、顔見知りの年寄りには、すすんで挨拶をするようにしています。この頃は少し話が出来るようになりました。

 先日、自転車に乗って大声で独り言をいってる年寄りとすれ違いました。すれ違ったとたん「死ね、死ね、死ね!」と怒鳴られて、びっくりし、次に腹を立てました。不満のはけ口にされたのでしょう。
 この頃の世相を思いました。
 こんなこともありました。細い道で出逢った幼稚園児に道を譲ったとき、「おじいちゃん、ありがと」と言われたのです。まだ若いと自負している私にはショックでしたが、正しい眼と躾をを持った子供です。これは今風という事でしょうか。
 取り敢えず、これが私の今日この頃です。
 まずは、部屋を綺麗にしなければなりません。