三重県厚生農業協同組合連合会
代表理事常務理事
家 城 幸 弘
東井悠友林の会合になかなか都合がつかず、いまだ未参加のままの私に東井さんからエッセイを書いてくれとのご下命が…。読書は速読派の私ですが文書の作成は超スロー、額に(冷)汗しながらパソコンに向かってみました。
自己紹介させていただきますと、私は岐阜県飛騨地方で生まれ育ち、高山市の高校を出て東京で大学生活を送ったのち、大学時代に知り合ったカミさんに引っ張られて三重県に来ることになり、三重県厚生農業協同組合連合会(略称三重県厚生連)に勤めて39年目となります。
平成16年4月から平成19年12月まで東井さんが常務理事として勤務されたことは多くの方がご存知のことと思いますが、三重県厚生連はJA組織の一員で病院運営を中心に、医療・保健・福祉の事業を行っている団体で、私は東井さんの後任として平成20年1月より常務理事をさせていただいております。ほかの方のエッセイにもありましたが、私も東井さんとは仕事帰りにちょいといっぱいのお付き合いなどを随分させていただきました。感謝しております。
東井さんは着任後まもなく厚生連本部に野球部を創設され、私も野球部に参加することになりました。野球は20代病院勤務の時代に少し経験しただけの素人同然でしたので、50半ばになってまた野球をすることになるとは自分でも全く予想外でした。汗を流した後のビールはうまいぞ、との惹句に引き寄せられたのかもしれませんが、平成14年の夏からランニングを始めていたため、多少の不安はあっても野球部入部に踏み切れたのだと思います。
私が走り始めた動機は月並みにダイエット&健康維持。平成11年に本部勤務になってからは運動不足から徐々に体重が増加し、人間ドックの結果に動脈硬化という文字が目に入ったため、お酒を控えなくてすむようにとの思いもあって走り始めました。近所の河川堤防で何十年ぶりかのランニングをしてみるとすぐ息があがり、最初は数百メートルで一休みでしたが、週に何回か走るうち次第に長い距離を走れるようになりました。
そして、平成16年秋に津シティマラソン大会の案内を見て、5キロの部に初挑戦。しんどい中にも達成感があり、一般道路を大勢で走ることの面白さを味わいました。翌年には10キロに挑戦、県内外で開催される大会に出場するようになりましたが、京都での最初のハーフマラソン挑戦は準備不足で途中棄権する羽目に。そして平成21年に二度目のハーフマラソン挑戦で完走し、その後幾度かハーフを走るうち少しずつ欲がでてきて、平成22年にいびがわマラソンでフルに挑戦しました。
半年前に痛めた足が治りきっておらず不安を抱えたままスタートしたのですが前半はまずまずのペース。折り返した後半は下りが多く楽のはずが、30キロすぎてからは足がいうことを聞かず最後の数キロはほとんど歩くはめになり4時間53分かかってゴールにたどり着きました。
この経験から、しっかり調整し足の筋肉を鍛えれば途中歩かない「完走」は可能だろうと考え、翌年4月の長野マラソンにエントリーし、フル4時間半を目標に調整に励んでいた矢先、起こったのが3月11日の東日本大震災です。
エントリーしていたいくつかの大会がすべて中止になってしまい、その後は目標を失って練習量は次第に落ち、翌年からは大会出場も稀となって、徐々に体重も増えてしまいました。
そんな中、平成27年8月に初回から申し込み続けていたものの抽選に外れてきた東京マラソンに10回目にして当選。残り5カ月の準備期間で間に合うだろうかとかなり不安はありましたが、新しいシューズを買い毎月目標を定めて徐々に練習量を増やしたものの、自分の納得いく仕上がりには至らないまま迎えた平成28年2月28日。快晴で比較的暖かい朝を迎えた都庁前に3万4千人のランナーが集結、スタートの号砲が鳴りました。
なにせこのような大きな大会は初めての上、大学時代にも行ったことのない都内各所を走り抜けるのだから、楽しんで走らなきゃと思ってはいたのですが、余裕があったのは最初の5キロぐらい。御茶ノ水を過ぎたあたりの最初の給水所に寄ろうとして道路のセンターブロックにつまづいて派手に転倒。幸い打撲と擦り傷だけで大して痛くはなかったので気を取り直して走り続けましたが、20キロ過ぎから脚が痛み始め、30キロで休憩してマッサージや痛み止めを塗るなどしましたが、徐々にペースダウン。今回も最後の5キロはほぼ歩きとなり、5時間4分でのゴールでした。ゴール後も更衣室にたどり着くまでに延々と歩かねばならず疲労困憊。出走前にも随分歩かされたので、この日のWalk&Runの総距離は63キロ!!。完走賞のメダルはいただけましたが、二度とフルは走りたくないと真剣に思ったものです。ところが、ほとぼりが冷めたころ今年の東京マラソン募集が始まり、コース変更で走りやすくなると聞いたらまた応募してしまいました。さらに応募者が増えたせいか、残念ながらハズレでしたが。
今後もフルマラソンに参加する機会はそんなにはないでしょうが、その際は長期戦略で練習方法を組み立て実行にできればまだまだ完走可能かなと考えています。いずれにしても健康維持のため、おいしくワインを飲むためにも、あまり無理をしないでランニングを継続していきたいと思っています。