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東井悠友林

突発性健忘症・・不思議な病気?
      
        駒沢女子大学教授
           井 上 浩 一
 

 昨年の夏の話である。正確な日付は忘れたが、昨年の7月の木曜日であることは間違いない。それも、朝の7時40分から11時40分の2時間、私は記憶喪失になった。その間はまったく、状況を覚えていない。というよりも全く記憶がない。
 当日は暑くて、ちょうど引っ越しの準備の最中。その1週間前から、朝早く起きては引っ越しのための準備や掃除をしていた。そして当日の朝。
 女房によると、当日分の引っ越しの片付けが終わり、シャワーを浴びて仕事に出かけるその時、「出かけるぞ」と言って踏み出した瞬間、それは起こった。女房と息子に、突然「あれ、今日は何曜日だ?」「今、俺は何しているのか?」とか言って行きつ戻りつし、わけのわからない行動をとった(らしい)。普通にしゃべるのだが、何かいつもと違う。どうやら冗談ではなく異常と思った女房と息子は、救急車を呼んだ。到着した救急隊員に「自分が今、何をしようとしているのか、何をしたらいいのかわからなくなった」ことを自分で告げ、さっさと救急車には自分で乗り込んだ(らしい)。急に倒れて救急車で病院に運ばれたわけではない。その時、女房は「おかしい、どうしようこれから・・」という恐怖が頭をよぎったそうだ。後からついてきた女房と息子に、病院の救急外来待合室で、当日予約していた歯科のキャンセル、大学の午前の授業休講を電話するよう指示した(らしい)。外見は普通で元気なのである。 そして突然、いつものとおり、今どのような状況なのかわかり始めたのは、目の前に若い美人女医が自分に向かって話しかけている、まさにその時である。

  「井上さん、わかりますか、頭の血管にはつまったところはありませんね」、私は「ええ、はい」と告げ、周りを見ると、女房と息子が後ろに立ち、自分は椅子に座っていた。その時、初めて「なんで自分はここにいるのだ」と気づいたのである。CT、レントゲンなど、簡易検査結果に異常はなかった。これらの検査の間も、普通に医師、レントゲン技師等としゃべり、検査も言われたとおり淡々と済ませていたそうである。しかし、この間も全く記憶がない。私もこのような経験は初めてのことで、この2時間、どこか違うところへ行った気分となった。病院では、何かあってはいけないので、念のため詳しく検査したいということで、3日間の入院となった。
 結局、脳の血管などにも異常はなく、短日で退院となった。美人女医も「何がなんだかさっぱりわかりません」と言うことだった。付いた病名は、「突発性健忘症」。
 原因は結局、分からずじまいである。女医さんに、「突然、この症状が出たりしませんか」と尋ねたところ、「まったくわかりません。出るかも知れませんし、出ないかも知れません」とのこと。ニコッとしながら「気をつけて下さい」と言われた。ニコッとされても、突然、車に乗っていてこの病気がでたらどうするのだと思い、さすがにゾクッとした気分になり、その後1週間は車に乗らず、仕事場には電車で通ったことを覚えている。そして1ヶ月間ほどは、歩いていても、車に乗っていても、「いつの間にか健忘症が現れたら、どうしたらいいのだ」と不安であった。自分が何をしているのか、あるいは何をしていたのかわからないのだ。
 しかし有り難いことに、この1年間何も起こっていない。
 私はこれまで、実は少し疲れていて無理すると、まずは痔となり、さらに無理がたたると顎が外れるのである。何気なくあくびをしたと思ったら、顎が外れているのだ。今回のことを今一度、思い起こすと、睡眠不足で、暑い日に汗をかきながら無理をしていたような気がする。
 これが「ぼうーっ」となった原因かなと思う。今では、危険信号が現れるのがどのような状況の時かわかってきたので、症状が現れる前に、「躊躇することなく、休む。無理をしない」を厳守していこうと決心している。
 ついでに、今回の病院の入院で怖い経験をしたので、それもお伝えしたい。
 たまたま、今回入院したのが脳神経外科であったためか、昼間は隣の人も窓際の人も、普通の人かなと感じていたが、夜になるとブツブツ言いながら歩き回ったり叫ぶ患者がいて、2日目には私のカーテンまで来て、ぶつぶつ言っているのである。さすがに、いつ襲われないかと熟睡できなかった。今は、いつもの腰痛以外、特記すべき症状はなく、毎日を健やかに過ごしている。あの日の記憶回復の鍵は美人女医であったかもしれない、と退院してしばらく想い出すこともあったが、最近はもうない。
 これは加齢による健忘症か?
 ともかく、健康で普通が何よりである。