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東井悠友林

    ~近頃のわたし
      
   元(公社)日本水道協会調査部長
        中 村 幸 雄
 

 私は、サラリーマン生活を卒業してから、何か活動したいと思っていました。
 その一つが社団法人の「悠友林」への参加です。高齢化社会と言われるようになって久しく、健康維持が現代社会の最大の関心事かつ課題です。悠友林の会の顧問をされている高久史麿先生の疾病予防・健康増進に関するご講演をはじめ、毎回いろいろな講師の興味深いお話を聴いて勉強し、毎日の健康管理に努めるようにしています。また、会員間の交流・親睦も楽しく、精神的にも充実した日々を過ごしています。高齢化の進み方では韓国が早いようですが、日本でも超高齢化社会になっていて、人々の関心も、食事・運動・休養等の健康管理に集中し、連日のようにその情報が新聞、テレビ、ラジオ、雑誌、書籍、電子情報等に氾濫していますが、悠友林の健康講話はとても心に残ります。
 私も今年11月で75歳になります。健康の源は、毎朝、家内が作ってくれる季節の野菜や果物に、ヨーグルト・豆乳を混ぜたジュースを大きなコップで一杯飲み、次に、すり黒ゴマ、きな粉、ココアをお湯でかき混ぜて一杯飲み、さらに、身体に良くボケ防止にもなると宣伝されているサプリメント類を5種類10粒ほど、家内に飲まされています。飲まないでいると機嫌が悪くなることもあり、止む無く飲んでいますが、私が病気にならないで元気なのはこの健康ジュースなどのお蔭、と家内は言っています。誠に有り難き幸せなことでございます。

  二つ目は、「水を語る会」への参画です。これは、今までの仕事の延長になるのですが、水道関係者を中心とした産官学の個人の集まりの会です。
 水道事業を中心とした研究を通して、水道利用者への水道に対する関心と正しい知識を広める活動を主としています。私としては、今まで勤めてきた日本水道協会への側面的な支援と考え、取り組んでいます。今年で11年目になりました。その間、水道事業界、水環境等の著名な先生方にご講演をいただいています。また、水道事業関係の現役とOBとの交流の場でもあります。

 三つ目は、卒業以来50年以上続けている大学時代のサークルOB会の運営です。OB会の活動は、現役学生の言論活動を支援することやOB相互の親睦を図ることです。大学における言論活動は、かつての大学紛争や学生の意識変化により低調となっています。母校の日本大学でも昭和30年代には、部員は100名を超え、みな切磋琢磨して勉強し、様々な議論ができる場でありました。現在は10名ほどで、やや保守的で穏健な考え方が多いように感じます。私は、学生時代のサークル活動で多くのことを学びました。当時の大学教授、先輩のご支援ご指導を忘れることはありません。また、職場を通じての沢山の水道関係の皆さんから受けた多くのご指導ご鞭撻によって今日が有ると思っています。その原点である大学クラブ活動を支援、指導して、やがては国際社会でも活躍できる人材を育てたいと考えています。
今秋、10月6日には、学生が主催、OB会後援で第22回桜門杯争奪全日本学生弁論大会を開催することになっています。どれくらい成長しているか期待して楽しみにしています。

 四つ目は、家庭菜園です。始めたきっかけは、団地内のゴルフ仲間で広い土地をもっている人がいて、一緒に畑作業を誘ってくれたことです。
 私は、多摩ニュータウンの多摩センター鶴牧地区にある大団地の中に住んでいます。畑までは自宅から4.5㎞ほどで、町田市小野路町の市街化調整区域内にあります。南多摩地域には谷戸と呼ばれる地形が幾つもあります。そこの畑は、なだらかな南斜面の高台にあり、見晴らしが良く南西の方向に富士山信仰の大山を見ることができます。
 畑までは、自転車を漕いで行きます。上り下りの坂道が多いので出来るだけ車道を避けて平坦な団地の歩道を選んで漕ぎます。運動を兼ねてです。小道を抜けて高い所に出ると西に丹沢山系が見え、特に、冬は山肌がくっきり近くに見えて朝日に映えて凛とした気分になります。また、夕焼けに浮かぶ丹沢の稜線、夕焼け空を見上げながらゆっくり自転車を漕ぐと、畑作業の疲れも飛んで気が晴れ晴れとします。
 それにしても、今年は暑かったです。猛暑の連続。農作物、特に葉物類が焼けるという現象で野菜の出来が良くなかったです。警戒すべきは、アライグマの出没です。いちご、トウモロコシ、スイカがやられました。これから落花生を狙って夜な夜な出て来ます。見事に食い散らかして行きます。月夜の晩ばかりないぞ、と電気柵を設けて応戦中です。モグラもいたずらもので、畑を荒らします。モグラ取り器が上手く効きません。トマトは、雨に弱いし日照りにも弱く、熟してくると青虫、カメムシ類のエサとなり、カラスもやってきます。畑を耕して肥料を施し水をやって、そろそろ収穫だと思ったら彼らの良い餌になっている。実に無農薬の野菜作りは難しいですが、手をかけた分だけ良く実ってくれます。無農薬野菜の採り立ては、スーパーの物と比べられない美味しさです。畑作業が雨でできない時や暑すぎて作業できない時は、野菜作り談議で当然に酒飲み会となります。高い野菜作りです。
 今年、プランターで稲を育てています。穂先に実が沢山ついて間もなく刈り取るのが楽しみです。お米にするほどの量はないのですが、食べるわけではなく正月の松飾に加えて少し豪華にします。家族の健康、安寧を願い祝うのです。

 今、少しずつ秋らしくなってきました。手を休めて汗をぬぐい何気なく空を見上げると、いわし雲が広がっています。ボーとして見とれてしまいます。青空に高く白い一直線の飛行機雲が伸びて行きます。厚木基地へ向かう軍用飛行機も頻繁に飛んでいます。私の小さい時、母は口癖のようによく言っていたことが浮かんできます。「B29戦闘爆撃機が東京上空に来てね、市街は焼け野原になり多くの人命、財産が失われた。お前は栄養失調でよく泣く子、防空壕の中で大変だった。激戦、敗戦後の暮らしも苦しく大変だったね。戦争は絶対にするもんでないよ。」母の3人の兄さんも戦死している。ああ、平和の世の中で幸せだなあと、その尊さを噛みしめつつ、だけどこれがいつまで続くのかと強く懸念している、近頃の私です。