本文へスキップ
東井悠友林

 ~ あきらめず、バンザイ70代 ~
  

     三重県厚生連 いなべ総合病院
          名誉院長 水野 章          

   

表題はゴルフのスコアではありません。「素晴らしき70歳代」という意味です。
人生、還暦を過ぎると人生の終焉の仕方がちらつく様になります。しかし何も断捨離や資産整理を勧める訳でもありません。この素晴らしい時期を大いに楽しみましょうという意味です。
自分を振り返ってみると65歳で病院の院長定年を迎えて特に延長することもなく、そのまま嘱託医になり、週4日勤務で精神的にも随分と楽になり、自分の時間も作れる様になりました。
定年を迎えたら家庭菜園で野菜を作ろう、大型犬(黒のラブラドールレトリバー)を飼って一緒に過ごそう、安曇野に中古の山荘を買って緑に包まれて四季を感じよう、日本画を習って風景や植物の絵を描こう、などと色々な目標を考えておりました。だが現在、これらは何一つ実現できていません。

でも二つだけ目標が叶ったことがあります。
その一つは歯の治療です。
恥ずかしながら「いなべ総合病院」に赴任以来15年もの間、歯の治療は一切しておらず、定年の頃は虫歯だらけのみすぼらしい状態で、揚げ物は歯茎を傷めるため全く食べられませんでした。定年後、時間も作れる様になったので、思い切って名市大歯科・口腔外科を受診し、11本の齲(う)歯治療を始めました。総入れ歯を覚悟していたのですがこの年齢でもインプラントが出来ると聞いて大喜びし、約1年掛かって8本のインプラントを入れました。費用はかかりましたが治療したお陰で、今では何でも美味しく食べられる様になり、とても良かったと思っています。

もう一つはオートバイの免許を取ったことです。
定年後、タイに移住して生活する日本人が後ろに奥さんを乗せてスクーターで旅する動画をテレビで見た時、「私もバイクに乗りたい!」と思う様になりました。
現職中は事故でも起こせば、病院の名前が出て迷惑をかけますので免許取得は定年を迎えるまで控えていました。当然、家族からは「65歳にもなってバイクに乗るなんて危険だから止めてください」と大反対されていました。だがどうしても諦めきれず、免許取得のためスクールに通い始めました。
今までバイクに乗った事のない老人(当時65歳でしたが、私はまだ老人とは全く思っていませんでした)が、急に乗ろうと練習しても簡単に上手くできるはずがありません。
教習所では課題をクリアできると次のステップに進めるシステムで、若い人はどんどん追い越してゆきますが、私にはなかなか進まない苦手がありました。クランクではよくバイクを倒しました。すると教官が慌てて飛んできて「怪我はありませんか?」と心配してくれました。車重200Kgもあるバイクが倒れるのを堪えようとすると、重いので身体の何処かを傷めます。(実は両手首を傷めて半年、教習を休みました。)
あまりによく倒すので「これはもう止めなさいと神様が教えてくれているのか?」とも思い、何度も挫折しそうになりましたが、教官は「頑張れ、がんばれ」と励ましてくれるので、めげずに頑張り続け、なんと規定教習回数の約1.5倍受講して教習過程を終了しました。そして、1回目の実技試験はスラロームでコーンを倒し、一本橋では最後に後輪を落輪させて失格。2回目の試験で合格しました。既に乗用車の免許を持っているので学科試験は免除です。
それからすぐにバイク店舗に行って、教習時に使ったバイクと同じ型のバイクを買って乗り始めます。まだまだ下手で、郵便配達人の様に手際よく乗りこなせる様になりたいと、暇をみつけては練習しました。よく日曜日に名古屋港にある広いスペースのある倉庫会社の敷地にこっそり入って、苦手のスラロームと極低速走行練習をしていました。バイクに乗ってみるとツーリングがしたくなります。そうすると力のある大型バイクの方が疲れにくく、安全装置もたくさん付いていて運転が楽だと聞いて大型免許が欲しくなります。1年ほど走って、大型自動二輪免許を取りに再び教習所に通います。無事教程を終了し実技試験を合格すると教官から「あなたはこの教習所で大型免許を取得した最高齢者(67歳)です」と教えてくれました。だからあんなに励ましてくれたのだと思い、嬉しくなりました。
バイクに乗るということは平衡感覚・スピード感覚の維持、安全確認や瞬時の判断力、決断力が求められます。老化予防にはちょうど良い訓練だと自己満足して楽しんでいます。
ツーリングでは京都・奈良・琵琶湖界隈はよく行きました。岐阜県・長野県、沖縄や北海道にも行きました。高速道路を飛ばすのも爽快ですが、田舎の田圃を見ながら走る、川の堤防道路を走る、木立の中の山道を走るのは坂道もあり曲がり道もあって、気持よく楽しいものです。ヘルメットは被っていますが身辺の開放感は素晴らしく、四季折々空気の匂いが心地よく、優しく自分を包んでくれます。また大型バイクは出力に余裕がありますので追い抜き、追い越しが瞬時にできて楽です。

免許取得して以来7年間で50,000 km以上走破しましたが、今のところ事故も起こさず、事故に巻き込まれずに楽しめています。しかし今でもオートバイに乗る私なりの5つのルールを決めています。

1. 雨の日は乗らない。
2. 風速5m 以上の風の強い日には乗らない。
3. 夜は乗らない。
4. 気温10℃以下は乗らない。
5. 自分は下手くそだと思って無理な走行はしない。

何歳まで乗れるか分かりませんが、まずは75歳までは乗りたいと思っていました。74歳になった今、更に2〜3年は乗れそうな気がしています。オートバイの趣味が一つ増えたことで、行動範囲が拡がり自然を満喫したり、美味しい郷土料理を食べたり、写真を撮ったりして私の趣味を更に広げることにもつながります。
高齢になってからでも、決して諦めずバイクの免許を取得したことは、私にとってはとても良かったと思っています。
まさに「バンザイ70代!」と言える最高の時期だと思って、楽しんでいます。
                         

       ~ 67歳の未成人 ~

                  (2016/6/8掲載)
   

 70歳も近くなると、見当識が崩れ出し、予想外のところに車のドアがあって頭をぶつけたり、敷居をまたぎ損ねて転んだり、妻との会話で何度も聞き返すほど耳が遠くなったり、眼鏡をかけないと新聞が読めなくなったり、わが身の老化を感じざるを得ません。しかし、年だからといって、なるに任せて、そのまま生活を縮めて良いでしょうか?

 さてここで少々、私の略歴など申し上げます。私の父は警察官でした。
勤務の終盤は派出所勤務であったため、小さな町で過ごした中学時代の私は「あそこの駐在さんの息子さん」と言われ、「品行方正で悪いことをしないお坊ちゃん」というイメージに縛られて生活してきました。大学へは父親の反対を押し切り、名古屋市立大学医学部に入り、医学生時代は真面目な人を演出し、女の子をナンパするなどハレンチなことはやっちゃいけない事として過ごしてまいりました。医師になればなったで医者の品格を失うようなことをしてはならない、と心に決めて型にはまった生活を強いられてきたような気がいたします。私の晩年は公的病院の院長として羽目を外さない管理職を勤めあげ、一昨年、無事に定年退職を迎えました。無茶のない選択をし、大勢の人々に支えられて歩んでこられた人生だと思います。これはこれで安全な人生で、強い不満を抱いている訳ではありませんが、何か一味足りなかったような気がいたします。リスクなく過ごす、羽目を外すこともなく、いわゆる冒険もせずに青春期を過ごし、成人になってしまったような気がしてなりません。これが今だ未成人たる所以です。

 私が定年退職を望んだ理由は、元気に身体が動くのも後10年しかないことと、今までやりたくてもできなかった自由に楽しめる生活をする時間がほしかったためでもあります。今は嘱託医として主として健康診断の仕事をし、高齢者には健康維持の講演をするなど地域住民の方々の健康管理の一翼を担うことをしていますので、多少、時間のコントロールができるようになりました。今まで制約があって、なかなかできなかったことには「自然の中で生活すること。野菜を作り、料理すること。書をかき、日本画を描くこと。山歩きをすること。バイクの免許を取って風を切って走ったり、自転車に乗って自然の中を自分の足で走り抜けること」など、きりがありません。

 前置きはこれ位にして、日本は戦争もなく、清潔で流行病も少なく、生活環境も食生活も素晴らしく、国民皆保険制度で誰でも一流の医療が受けられ、ますます長生きできる国になっています。平成26年の日本の男性の平均寿命は80歳、女性は86歳にもなっていますので、我々の平均余命からするとあと平均20年は生きていくことになります。後世に負担をかけずに元気に生きてゆくには、人生を楽しみピンコロでなくてはなりません。
 多くの人は、「人さまに迷惑をかけてまで長生きしたくない。でも元気で自立した生活ができれば長生きしたい」というのが本音でしょう。そのためにも、老後の生活には4つの大切な自立が必要と云われています。
  即ち、生活的自立(自分で食事を作り、掃除洗濯し、洋服もお洒落もし、メリハリのある生活をする力)。次に身体的自立(栄養を考えた食事をして、規律ある毎日を過ごし、健診も受けて自分の健康管理をする力)。次に経済的自立(年金や預貯金を含め最低限の生活費があること)。更には精神的自立(好奇心を持ち、実行して解決してゆく力、例え一人になっても孤立しない自立心)です。
 特にこの中でも精神的自立は最も大切ではないでしょうか。

 今年、若い頃から持っていた夢を一つ実現しました。齢67歳にして普通自動二輪の免許を取ったことです。途中、ケガで休息期間を入れ、取得までに9か月もかかりました。若者が17時間の講習でクリアしてゆく課題を、私は卒業までなんと34時間もかかってしまいました。やはり年ですね。当然、教習所ではどのインストラクターよりも年上で、平衡感覚も反射力も年齢とともに衰えていたことを痛感しました。もう少し楽に卒業できると楽観していましたが、思ったように簡単には運転できません。200Kg以上もある重いバイクを支えるため、両手首、左足関節、左膝関節を何度となく捻挫し、これは神様が「無理だから諦めなさい」と言っているようにも思い、何度も挫けそうになりました。
 ところが教習所の先生方は何とか私を卒業させようと、励ましてくれたり、気遣いの声をかけて下さいました。これに勇気付けられ、何とか取得できた次第です。これも神様の思召しかと有難くお受けし、一つ新しい世界を広げることができそうです。
 一つ夢が叶うと次の夢に向かえます。
今後も日々を愉しみながら、自分の世界を拡げられることの素晴らしさを感じつつ、ゆっくりと歩んでゆきたいと考えています。