ケアハウス桜ケ丘保育園施設長
徳 光 重 雄

平成13~15年度の3年間、広島県東京事務所で厚生労働省の担当をしておりました德光と申します。66歳です。随分前になりますが、悠友林の会にも一度参加させていただきました。大変ご無沙汰をしております。
この度が2回目の寄稿となりますが、昨年12月のエッセイを拝見しますと、山口県の西田隆男さんが東京事務所(平成9~12年度)での勤務を終えて山口県庁へ戻られた翌年度から私が東京勤務をしながら、東井さん主宰の「六本木会」の幹事を引き継がせていただいた形になります。このエッセイも引き継ぐこととなりご縁を感じております。県を退職して6年が経過したため、この間の自身の振り返りと、今、思いを持って取り組んでいることを書かせていただきます。
■退職時の振り返りとその後
令和2年3月に県庁を退職しました。「飲み会の世話は買ってでもしろ」……これは現役時代に大先輩から教わった名言(?)です。東京での体験もあり、ちょっとした会議の打ち上げや、特に送別会・歓迎会のお世話はよくしてきたものですが、私が退職したときは、まさにコロナが世間を騒がせはじめた頃で、送別会は御法度。再就職先の広島県社会福祉協議会(県社協)でも歓迎会は無く、静かで健全な退職と第2の職場スタートとなりました。
県社協は私が長く在籍した健康福祉分野とのつながりが濃く、仕事のやり易さはありましたが、それよりも素直に良かったと感じたのが、県庁を外から眺めることができたことでした。県で作った施策は届いても、その魂までは届いておらず、逆に県社協で働いてみると、県庁からは県社協の取組や頑張りが見えていなかったことも感じました。東京から広島が見えなかったことは致し方ありませんが、同じ広島市内でもこんな感じでしたので、いかに周りや現場を見ていなかったのか反省しました。
令和5年3月には2回目の定年退職(63歳)を迎えることになり、その後は「のんびり」を決め込んでいたのですが、子どもが同い年で2軒隣りにお住いの社会福祉法人を経営するご夫婦から「老朽化した施設の建替えを手伝ってもらえないか。」とのお誘いをいただき、今は高齢者福祉と児童福祉(認定こども園)事業を運営するその法人で、理事(兼)軽費老人ホーム(ケアハウス)施設長という肩書ながら、結構、幅広な業務を担当しています。
このように私の職業人生はとてもうまくできていて、県から県社協(中間支援組織)へ、そして社会福祉施設へと仕事の対象が順を追って広域から地域、そして現場・個人へと変わりました。そのため日々の業務ではそれまでの知識・経験・つながりを生かすことができ、本当に恵まれた職業人生だと感じています。
一方で、地域や現場の実態が分かり始めたからこそ見えてきたもの、今の制度や仕組みに不十分さや疑問を抱くことが少なくありません。行政や社会福祉協議会が設置する明らかに形骸化した会議の存在や、行政計画の策定過程で行われるパブリックコメントに素直な疑問を投げかけると、「ご指摘のとおり修正します」とあっさりと返事が返ることもあります。「住民や利用者など支援の対象者のこと、地域のことを本当に考えていますか?」と感じることもあります。
かくいう私も、きっと現役時代はそうだったのだと思いますが、東京から広島に戻った数年後からでしょうか、意識的に公務員以外の人とのお付き合いを大切にしていきました。これも東井さんによる、ありがたい「お導き」のお陰と思っているのですが、異業種交流の飲み会には努めて参加するようにしました。メンバーも良かったのでしょう。話題は仕事のことよりもプライベートなこと(趣味やボランティア活動、地域活動)の方が多く、皆さん決して他人の悪口は言われず、自分なりのしっかりした考えを持たれていました。ひと言で言うと「かっこいい」、「他人に語れるものを持っている」人たちです。それまでの私は同業者での飲み会が中心でしたが、今思えば、傷の舐め合いになることの方が多かったように思います。
ちょうどそのころから、退職後のことを本気で考えるようになり、少なくとも地域で孤立することだけは避けたいとの思いで、少しずつ、いろんなボランティア活動を始めました。今回はその中でも、東井さんのお父様もされていた保護司活動について触れたいと思います。
■保護司活動
保護司は、犯罪や非行をした人の立ち直りを地域で支える民間のボランテイアで、保護司法に基づいて法務大臣から委嘱された非常勤の国家公務員(無報酬で活動経費は実費支給)で、保護観察官(更生保護に関する専門的な知識を持ち、保護観察の実施等にあたる国家公務員)と協力して保護観察対象者との面接や相談、就労支援、地域での犯罪予防活動(「社会を明るくする運動」など)を行っています。
私の場合、県の児童福祉担当課で児童虐待やDVなど配慮が必要な子どもと家庭への支援業務(支援といってもマイナス状態をゼロにするためのもの)を長く担当したほか、平成24~26年度には児童自立支援施設(不良行為をなし、またはなすおそれがある児童や家庭環境等の理由で生活指導を要する児童を入所させ、自立を支援する児童福祉施設)に勤務していたからか、県社協時代にお声がけいただき、令和3年12月1日付けで保護司になりました。
早速、担当したのは20歳の青年でした。4年間の執行猶予付き保護観察で、罪名・非行名は「窃盗」、特別遵守事項は「仕事をすること」でした。4年間、毎月2回の面接(うち1回は家庭訪問)や関係機関との調整行いました。保護観察期間中に、転職1回、転居5回、交通事故1回(100%加害者)など、いろんなことがありましたが、本人の頑張りによって昨年11月に無事に観察期間が満了しました。今は、しっかり働いており、被支援者から立派な納税者になりました。
私は、福祉専門職ではなく心理学を学んだわけでもありませんが、先輩保護司から教わった「入れ込み過ぎず、むしろ試行錯誤を楽しむくらいで取り組むこと」で、少しずつ青年との信頼関係を築き深めることができたように思います。その青年もそうですが、犯罪や非行に走る人には、それぞれ不遇な過去や家庭環境が根底にあります。加害者になる前は、ある意味、社会の被害者でもあったわけです。普通の大人と接することや話す機会も極めて少なかったため、面談では取りとめのない話が大切だったような気もします。大変といえば大変ですが、期間満了時には大きな達成感がありました。仕事を休んで面接に来てくれること自体、やり直したいという気持ちの表われであり、それをしっかり受け止めて認めること、その繰り返しでも若者は変われることを実感しました。私自身もとても勉強になり、まさしく「育てる側も育てられ」です。
昨年末に満期祝をしました。本人と本人の実兄、そして偶然にもその兄弟の恩師で私の知人でもある某中学校長との4人で飲み会をし(勿論、お世話係は私)、閉店まで盛り上がりました。1月からは新たな青年を担当しますが、楽しみです。
保護観察対象者などの立ち直りの支援には、社会経験の豊富な大人の関わりがとても効果的です。少しでも関心をお持ちいただけましたら幸いです。
(2017/3/1掲載)
札幌市の米田さんからバトンをお受けしました広島県庁の徳光と申します。私も会合への参加経験がありませんので、自己紹介をさせていただきます。
「東京で、東井さんにお会いしたことで、多額の酒代を費やした。」―(と、このように感じている人が多いと思われる)地方人間の1人です。
広島県東京事務所で厚生労働省の担当をしていた平成13〜15年度の3年間、東井さんには、複数の東京事務所の厚生労働省担当者で構成する「六本木会」(会則等は無く、今思えば、飲み会を通して東井さんから、“たった一度の人生なんだから、一日一日を悔いの残らないように生きよう!”ということを、言葉と態度で教えていただく会合?)を通して、また個人的にも大変お世話になりました。
「東京に行ったら、飲み会の世話は買ってでもやれ!」―東井さんと懇意だった私の先輩からの教えに従い、3年間「六本木会」の幹事をさせていただきましたが、お陰様で、六本木の桜庵、目黒雅叙園、隅田川の屋形船等々で、たくさんの美味しいお酒と料理を堪能するとともに、東井さんが主宰されている「とわ会」の方々とも交流させていただき、厚生労働省や外郭団体、民間企業の方々など素晴らしい人たちとの出会いをいただきました。極めて安い酒代であり、改めて東井さんには感謝しております。
東井さんから、東井悠友林への入会の話をいただいたのは、おそらく私が県立総合精神保健福祉センターに勤務していた平成21年度のことです。東井悠友林の目的や事業に関連する職場であり入会させていただきました。しかし、その職場は1年限りで再び本庁に戻されましたが、東井さんからメールでいただく悠友林の会合の写真には、「とわ会」でお会いした方々や厚生労働省の方々の楽しそうなお顔があり、「東井さんは、今もこうして多くの友人と楽しく熱く夢を語っておられるのか。」と懐かしみ、今も賛助会員という形ではありますが継続して入会させていただいております。東京勤務当時、高井元局長は保育課長でおられました。古畑さんは健康局総務課の健康増進担当部署に、関係団体では日本ウエルネス協会の方、家族計画協会の方などのお顔もあったかと思います。今後、機会があれば、会合に参加させていただきたいと思います。
話は変わりますが、現在、私は日々、活動量計を身に付けて、カロリー消費量・血圧・脈拍・歩数(階段や早歩きを含む)に加えて、毎日、体重も計測しています。これは自ら始めたことではなく、ICTを活用した、県の「疾病予防モデル事業(先ずは県職員で試行し、成果を普及させる)」の対象者として、知事部局約4,100人の中から選ばれて始めたものです。選定理由は、
①事業の一定の成果を出すために、毎日、データ計測できる几帳面な人
②モデル事業なので、実際に成果が出そうな身体状況である人 かと思いきや、担当課によると、なんと「危ない人」とのことでした(驚!)。
昨年10月、保健師による身体測定(身長173㎝、体重73キロ、腹囲85㎝)があり、運動と食事に気をつけるようにとの指導を受けてスタート。本日までほぼ欠かさず計測しスマートホンに入力していますが、蓄積されたデータは「ひろしま健康手帳WEB」ページにおいて、グラフ表示は勿論のこと、同い年の参加者間での健康年齢や歩数の順位表示、健康リスク予測として健康余命のほかに今後10年間の入院確率、死亡確率、がんへの罹りやすさなども閲覧できます。また、週に一度、体重変動等について事業の委託先である県医師会から注意喚起等のメールが来ます。3月には改めて保健師による身体測定と評価があり、その後、事業の検証が行われる予定です。
この事業が、健康に対する意識を高め、行動変容を促すことが狙いであることは言うまでもありませんが、私の場合、実験台としての選定理由に驚くと同時に高機能体重計を購入し、今では一つ前のバス停で降りて歩くこと、毎日の腹筋運動、更には週末の犬の散歩も習慣になってきました。
しかし…です。食事面のチェック(監視)が入らないことから、数値面での大幅な改善はありません。飲食は大きな課題です。油っこいものを避け、塩分も控え目にはしていますが、なかなか食欲を抑えるのは至難の業です。家族からも言われます。“お酒”を控えれば良いのでしょうが……、こんなとき、頭に浮ぶのが東井さんの言葉。
『たった一度の人生なんだから、一日一日を悔いの残らないように生きよう!』
(言葉の趣旨をはき違えているかもしれませんが)今宵もお酒を飲める身体に産んでくれた両親に心から感謝しながら、“手に持てないくらいの熱燗”をいただいています。(昼間は本気で、県内の子どもたちと家族の幸せを願って、児童虐待、社会的養護、子どもの貧困、ひとり親家庭福祉、DV対策等の仕事に取り組んでおります。)
お酒の量はほどほどに、とりわけ異業種の方々との交流を大切に、楽しく会話しながら飲むこと、「それじゃまた」と言葉を交わして別れることを心がけています。これらは、東京でお会いした多くの方々に教えていただいたことです。
長文で拙い自己紹介となりましたが、最後までお付き合いをいただき、ありがとうございました。どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。