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東井悠友林

〜日本の新型コロナ(COVID-19)感染者・
         死者の少ない理由〜

 
  

   アジア太平洋臨床栄養学会会長
    (元国立健康栄養研究所理事長)
        渡邊 昌


1. 西欧に比べて日本に少ないコロナ肺炎
 COVID-19肺炎は昨年12月に中国の武漢で最初に報告され、WHOがパンデミックと宣言した1月末には114カ国に広まり感染者数は11万8000人、死者は4200人に達し、4月末には150か国以上で310万人が感染、死亡も21万人を超えた。現在、世界の感染者は2000万人にせまり、日本でも感染者は45000人、死亡は1000人を超え流行はとどまらない。一方、回復者も世界で百万人以上、日本では3万人となった。PCR陽性者を感染者としていたが4月に入り抗体陽性者も感染があったと判断するようになった。しかし、多数例が報告されるに従い、PCRや抗体の感度が問題となり、決め手にはならないことがわかってきた。WHO Situation Reportsには毎日の新患者数と死亡数が掲載されるが、蔓延の程度を知るには患者数を各国の人口で割った値で比較する必要がある。国連人口部の人口10万当たりの患者数を計算すると、スペイン、イタリアは30人以上、仏、英などヨーロッパの多くの国は10〜20人、東アジアの国々、韓、中、日は0.1〜0.3人と欧米に比べると非常に少ない。

2. 何がこのような差になっているか?
 ウイルスの感染力が地域によって違うようになったのか、あるいは感受性に人種差があるのだろうか。今回のコロナウイルスパンデミックは炎症論の根幹の病原体と宿主という関係で極めて興味深い進展を見せている。私は最初の報告があったとき、高齢者の発症に偏っていることから、弱毒性でヘルペスのように人と共生をはかるウイルスになると思っていた。(1)重いコロナウイルス感染症はSARS(重症呼吸器症候群)、 MERS(中東呼吸器症候群)、COVID-19 とほぼ8 年ごとに流行している。SARS の死亡率は9.6% であった。MERS はサウジアラビアでは41%、韓国では20% であった。いずれも日本にはほとんど影響がなく、関心をひかなかった。
 イタリアやスペインの高死亡率は他地域と比べて非常に高い。EUの報告ではウイルス自体すでに10以上の系統に変異しているらしい。国立感染研は武漢ウイルスの感染が日本の第一波でそれはほぼ封じ込められ、今は欧州から持ち込まれたウイルスが広がっていると報告している。つぎつぎに変異株が現れるようだと従来のワクチン製造方法では難しい面がある。米国での死亡者は低栄養や肥満の黒人が多く、所得や生活環境と関係していると報告されている。
  一方でウイルスが感染しても発症しない人がかなりいる。これらの人は自然免疫の能力が高いと考えられる。口腔や腸管内の免疫を担当しているIgAにも人種差がある。新コロナ感染者の10% 程度に下痢などの消化器症状があるが、咽頭上皮に感染したものが唾液と一緒に消化管に落ち、腸内免疫が低いと感染が成立するのであろう。IgAには分泌型があり、欧米人ではIgA欠損症を有する者が7人に一人ほどいる。日本人では2万人に一人程度なので、この数千倍の違いが彼我の死亡者数の違いになっている可能性がある。(2)

3.コメ食う民族はコロナ肺炎が少ない
 
私たちは玄米の健康効果を研究してきたが、偶然にコメを食べる国はコロナ肺炎の罹患や死亡が少ないことを発見した。(3)米消費量に対する感染者数の決定係数はG20に参加する主要19ヵ国総人口45億人(世界人口の58%)を対象とすると0.59とつよい負の関係を示した(図1)
図1
コメ消費量と感染者数、コメ消費量と致死率の散布図
 
横軸に国民一人当たり米消費量(kg/年)、縦軸に100万人当たりの累計感染者数を示す。両軸共に対数化している。決定係数は0.592となり、負の相関が確認できる。


 アジア9か国はG20の5ヶ国に、ベトナム、ミャンマー、タイ、フィリピンの4ヶ国を加えた。アジア9ヵ国では、0.63とより強い負の関係を示した。(図2)
図2 
アジア9ヶ国の感染者数と米消費量の散布図
9ヶ国の合計人口は3,577百万人で世界の44.6%に当たる。米消費量の分散は少なく、決定係数は0.63と上昇し、米消費量との負の相関が強くなることが確認できた。なお、米消費量の平均は120kg/年で19ヵ国の3.3倍、百万人当たり感染者数の平均は92人で20分の1である。


同じようにコメを主食としながらも、過去のコメ消費量のトレンドをみるとベトナムやミャンマーのように一人年間200kg以上摂る国、タイや中国のように100kg程度の国、韓国や日本のように60‐70kgと過去50年間で半減している国とさまざまである。(図3)
図3
アジア9か国の過去60年間のコメ摂取量の変化


 ここには挙げなかったが、台湾のようにコメ摂取量が落ちているにも関わらず、コロナ肺炎を抑え込んでいる国もある。台湾は野菜摂取が多く、薬膳的な食事も多いので、それらが自然免疫能の強化に役立っているのかもしれない。また、中国でSARSが流行ったときに情報が十分に提供されてこなかったのでそれ以後、自力で防疫対策を強化した効果もあろう。

4.日本人に死亡の少ない要因Xは何か?
 
新型コロナウィルスの感染状況は、国によって大きく異なっている。日本の感染が少ないのはなぜか?アメリカはなぜ多いのか?アジアとヨーロッパはなぜ違うのか? これらの疑問に統一的に答えられるモデルは、これまでになかった。京都大学の山中伸也教授は未知の要因をファクターXとし、その科学的究明を世界に呼び掛けている。
 筆者らは自己免疫能、なかでも自然免疫に着目してきた。
 実は腸管免疫や口腔、咽頭の粘膜の免疫に関係するのにIgAがある。これは上皮から分泌成分をもらい、消化管内や気道に分泌されて免疫をになっている。しかし免疫グロブリンのIgMやIgGに比べるとあまり研究されていない。
  TTCの山本哲郎らは各種アレルギー患者(スギ花粉症、通年性鼻炎、アトピー性皮膚炎、喘息)では健常者に比べてs-IgAが有意に低いこと、さらに、s-IgA低値のスギ花粉症患者はインフルエンザワクチン接種の有無にかかわらず健常者に比べて有意にインフルエンザ感染率が高いことを発見していた。s-IgAの低値が気道感染リスクの重要な要因のひとつであることから、IgAおよびs-IgA(分泌型IgA)に関して人種による差があるかどうかを調べた。一般に、先天性免疫不全症候群は出生10万人に対し2〜3人とごくまれな疾患だが、IgA欠損症は例外的に頻度が高い。IgA欠損者はIgGやIgM量は健常者と同じレベルであり、無症状で通常の生活を送っている。国別に見たIgA欠損者の比率は驚くべき結果であった。
  調査されている範囲でIgA欠損者はアラビア半島は143人に1人、スペインは163人に1人、ナイジェリアは252人に1人、イギリスは875人に1人、ブラジルは965人に1人と高比率であった。アメリカ合衆国は223〜1,000人に1人、中国は2,600〜5,300人に1人、日本は14,840〜18,500人に1人の割合である。白人、黒人は日本人に比べて数十から100倍近くも多くのIgA欠損者が存在し、中国人は日本と欧米人の中間程度であった。しかも、IgA欠損者は症状がないことから実際の欠損者の頻度は上記数字を上回ると予測されている。この調査結果は、あたかも今回の新型コロナウイルスの爆発的感染パターンとよく相関しているように思われた。(4)
 そうするとコメとの関係はどうかと気になる。コメ摂取量とIgA欠損症頻度の関係をみるとなんとこの場合も逆相関の関係を示したのである。(図4)IgAの有無は遺伝的なものとおもっていたが、長年のコメ食習慣がIgA産生を促してきたのかもしれない。今後の研究が必要な面である。
図4
コメ摂取量とIgA欠損症の関係



5. ファクターXは米だった
 新コロナ肺炎の頻度の違いに関してマスクや手洗いなど生活習慣や医療体制、PCR検査の問題、さらに新型コロナウイルスの型の違いなどさまざまな要因が考えられるが、日本人は重症化する割合が低い。
 世界の主食はアジアは米、欧米は小麦食という違いがある。米消費量とコロナ感染者数に負の相関があることを前述したが、念のために小麦の個人消費量とコロナ肺炎罹患率の関係をもとめるとこちらは予期した通り正相関であった(3,4)。
日本人の年間一人当たり米消費量は食の欧米化が進み過去50年で半減した。とくに若年になるほど消費量は減っている。
一方、年代別コロナ感染者数は若年層の方が多くなる傾向が見られる。
https://vdata.nikkei.com/newsgraphics/coronavirus-japan-chart/#d7
 図5は日本国内の年代別感染者数と年代別米消費量の相関を示す。年代別米消費量は生涯米消費量から年間平均消費量を計算して求めた。例えば、50代であれば過去55年間の累計を55で除して年間消費量とした。決定係数は0.82と高い。
図5
米の年代別消費量


図6
代別感染者数(10万人当り)と米消費量


 以上の結果は、米消費量以外のファクターは何も考慮しない分析であるが、感染者数や死亡者数は最終結果として重みをもつ。マクロ的に考えてファクターXはコメ食だ、と言い切ってよいと思われる。

6.日本人の低い入院死亡率
 8月6日に国際医療研究センターは日本人のコロナ入院者2600人のデータを解析して発表した。入院患者の死亡率は英国が26%、米国が21−24%、中国が28%であるのに対し日本では7.5%と3分の1程度である。60歳以上が重症化しやすいといわれるが、肥満、喫煙歴、糖尿病などがなければ日本の老人は自然免疫能が高いので重症化しないと考えられる。コロナウイルスに対抗する自然免疫能がどのようにつくられているか、という点については腸内細菌やそれらがつくる短鎖脂肪酸が関係しているがメカニズムについては次号で紹介する。
 ウイルス感染によるパンデミックは再び襲ってくるといわれている。今後の対策として、医療体制の拡充は重要であるが、ウイルスを殺す薬の開発は期待できず、有効なワクチン開発も期待できない。とくに開発途上国では経済的な制約もある。とにかく自分の自然免疫能をあげて、ウイルスとも共存できる身体をつくるようにするのが一番有効である。(5)食の欧米化が進み、日本における米消費量は50年で半減しており、この傾向を放置すると、我が国の感染耐性が欧米並みに低下する危険がある。健康によいといわれる地中海食はイタリアやスペインでのコロナ肺炎の死亡者の多いことをみると感染抵抗性はなかったとみなされる。
(次号へ続く)

文献
1.Watanabe S. The COVID-19 pandemic reminds us of the importance of primary immune defences". Acta Scientific Nutritional Health 2020; 4.6: 08-09.

2. Watanabe S, Naito Y, Yamamoto T. Host factors that aggravate COVID-19 pneumonia. Int J Fam Med Prim Care. 2020; 1(3): 1011-1014.

3. Watanabe S, Inuma K, Low COVID-19 infection and mortality in rice eating countries Scho J Food & Nutr, June 25, 2020:326-327

4. Watanabe S, Inuma K. The Combined effects of IgA-mediated immunity and rice consumption in suppressing COVID-19 infections. Scho J Food & Nutr. 3(2)-2020. SJFN.MS.ID.000158. DOI: 10.32474/SJFN.2020.03.000158.

5.Watanabe S, Wahlqvist M. Covid-19 and dietary socioecology: Risk minimization. Asia Pac J Clin Nutr 2020;29(2):207-219

(以上、「精米工業」からの転載)