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東井悠友林

~Covid-19 感染症に罹って(3)~     


     いなべ総合病院名誉院長
        水野 章


先日、東京都で2回目の都民の新型コロナ抗体保有率の調査が行われ、意外にも0.91%という低い値でした。母集団がどんな条件で抽出されたか分かりませんが、意味するところは都民の0.91%以上がすでに新型コロナに感染して抗体を持っているという事です。東京都民が1,400万人とすると12万7,000人が既に感染していたことになります。その頃の東京都の累計感染者数は約10万人でしたので、捉えられていない不顕性感染者数は2万7,000人いたという事になります。軽症でカウントされるほどの抗体ができなかった人は含まれませんので、罹った人の実数はもっと多いはずですし、東京都に限らず、その中の一部の方がキャリアになって第3波の感染を拡大してきたとも考えられます。
第2回目緊急事態宣言が発令されて8週間が経過し、やっとその効果が数字に表れてくるようになりました。しかし第1回目に比較すれば下げ止まり値が生じ、それ以上減りません。都民・国民が1回目と同じように行動自粛すればきっと今頃は解除になっていたでしょうが、すべての人が同じように自粛はできませんのでこれ位が限界なのでしょうか?
 これ程までに日本で新型コロナを感染させない方法はなかったのでしょうか?
 私なりに感じていたことを綴ってみます。内容はタイムリーでないとインパクトは薄いですが、当時考えていたことや、現在少し改善していることも追加しておきます。

① 水際作戦はできたか?
 わが国にはない外国の感染症がわが国に入って来ると輸入感染症といわれます。
 令和2年1月15日、日本で初めて新型コロナの感染症が確認されました。そして1月24日~30日の間、中国では春節の7連休が始まり、大量の中国人観光客が日本に訪れてくることが分かっていました。だが、政府には中国の習近平国家主席を国賓として迎えようとする気持ちが何よりも優先していたのでしょうか?また、中国人観光客の日本での爆買いを期待して、外貨を稼ぎたかったのでしょうか?結局、何の制限もかけずに入国させ、都市部や観光地で多くの感染者を生んでしまい、これが第一波になりました。
 日本は島国ですから、防疫体制を強化して水際作戦をきちんと取れば、外国から新しい病気が入って来ることは防げたでしょう。(*1)中国にも遠慮せず、外貨獲得の俗欲も捨て、ブロックすべきでした。中国は日本に対し遺憾の意を表明したでしょうが、発生源の後ろめたさがあるので、少し経てばきっと理解してくれたでしょう。
 4月7日に第一回目の緊急事態宣言を発令されました。日本には罰則はなく、検査数が少ないにも拘らず、なんとか収束に向かったことは、素晴らしい国民性と世界から驚きを持って評価されました。この時の新型コロナはまだ実態のよく分からない急速に悪化する肺炎で、死亡率も高くて恐れられ、国民も行動自粛を自ら徹底したため収束を迎えることができました。
 しかし、夏に第二波、秋口から第三波が到来し、今では43万人以上の方が感染し、8,000人以上の尊い命が失われています。慌てふためいて実効ある施策が取れなかった政府にも重い責任があります。また国民は第一波を経験し、感染症の実態が少しずつ見えてくると、「こうすれば自分は罹らないとか、罹ってもたいしたことないとか、日本人は罹りにくいとか、罹っても重症化しにくいとか」様々な情報が錯綜し、病気の怖さが希薄化してゆき、行動自粛が甘
くなってしまったことにも原因がありました。

*1 台湾やニュージーランドは、いち早く鎖国の様にして外国人の入国を制限し、非常に厳   しい制約を設けて、入国後2週間は隔離し新型コロナが陰性であることを確認してからしか自由にさせなかったため、輸入感染症が広まらなかった。そのおかげで感染も予防でき経済も回せてGDPも落ちず、新型コロナに負けない国として成功しました。
オーストラリアも厳しい制限を付けて入国者を管理し、例えば全豪オープンテニスの時は、数人新型コロナの感染者が発生しただけで、メルボルン市全体をロックダウンしました。このように徹底した感染対策でみごとに全豪オープンテニスを成功させました。

② 経済を回しながら感染を予防することはできただろうか?
 国民の経済活動を維持したかった気持ちは分かりますが「経済を回しながら、感染症も予防しましょう。」などと、いい加減な虫のいい話をしているから、こんな羽目になったのでしょう。どちらを優先させるかは明らかで、最初から決めてかかるべきでした。
 感染症が蔓延したら、絶対経済は回せませんが感染を食い止めれば経済は回せます。
 どうしてこんな単純なことが分からなかったのでしょうか。鉄則は【感染した人を市中に出さない。感染しやすい人も(抗体の出来ていない人)市中に出さない 】ようにすれば感染は広がりません。(*2)
 第一回緊急事態宣言は効果がありました。とりあえず収束しましたが、2か月後には第二波が襲来してきました。その引き金になったのが、7月22日から始まった GO TO トラベルやGO TOイートであることは疑う余地もありません。冷え切った経済を回す企画としては良かったですが、結果的には全国の観光地を中心に感染を広めてしまい、感染した地元民がさらに感染を地域内拡散させてしまいました。政府は地元の産業が潤ったと成果を評価していましたが、反面 感染拡大の後始末で、自治体や国庫の出費は相当に増えてしまったと思います。
 当時から、日本はPCR検査が少なすぎて、日本の感染者数は実態を表していないと指摘されていました。それは検査機器の不足や検査体制が整っていなかったためであります。
 しかし、フランスで使っていた全自動のPCR検査機器は日本製だと云います。それが国内には全然普及していなくて絶対数が足らず、検査をするにも保健所の許可を得ないとできないシステムになっていて、他国に比べ圧倒的に少ない検査体制でした。令和2年夏にいくつかの国産メーカーが参入し、秋には大手の島津製作所も検査機器を作りはじめ、検査体制の自由化も進んで自費でも検査ができる様になってきたのは、ごく最近です。(*3)
 しかし、遅過ぎます。また検査費用が高すぎます。昨年の春先に国産検査機器の増産を指示し、無料でいつでも誰でもできるようにすべきでした。そうすれば例えばPCR陰性証明書を作って、陰性者のみ仕事をしても、旅行しても、飲み屋に行っても、カラオケに行っても、ジムに行ってもよいとすれば経済は回るはずです。飲食店やバーの従業員もそこで遊ぶ人も、社会で活動する人は全員毎週1回PCR検査をして陰性証明書を持参して行動すれば、相当感染は防げたはずです。無料にしても総検査費用は全国の支援金に比べれば安いものです。国民全員が検査する必要はありません。感染発生者数の多い人口密度の高い都市部の指定された地域
だけでもそうすれば、相当感染拡大は抑えられたはずです。
 陽性者は2週間入院か隔離生活を徹底すべきで、あけたら再活動を許せばよい。そうすれば経済を回しながら感染防御にもつながると思います。検査もせずに活動したり、謹慎期間に活動したら罰金というのは理解できるし、納得できる措置だと思います。特措法で、規約に違反した業者や新型コロナ受け入れを拒否した病院から罰金を取るのはお門違いです。

*2 イスラエルは、いち早くワクチンを承認し、首相自ら先頭に立って接種し、世界で最も早くワクチン化を進め、既に国民の50%以上が接種を済ませています。そして「ワクチン接種を2回済ませた人と新型コロナに感染して治った人だけが渡航も社会活動も認められている」この許可制は、誰でもわかりやすく納得できるものでしょう。
最近、アメリカ疾病予防管理センターでも、ワクチンを2回接種した人の行動自粛やマスク着用の緩和が発表されました。

*3 韓国は、春先から国民のPCR検査を大々的に行って、陽性者を徹底的に洗い出し、その行動をトレースして感染の拡大を予防しました。(K方式と云って世界で評価されています。)

③ 医療体制はこれでよかっただろうか?
 医療体制についても先手の施策が取れませんでした。新型コロナのような感染力の強い病気を一般の病気と同じ病院で診るのは、医療従事者ばかりでなく患者同士の院内感染やクラスターを作るのは必至です。また呼吸管理を必要とする重症者は高機能病院でないと治療できないので高機能の大病院へ転送されます。すると新型コロナの重症患者と一般の重症患者を同一病院で治療していく体制下におかれ、無理が生じます。いくら感染対策をしても病院クラスターを発生させているようなものです。こういったことは防げなかったでしょうか?
例えば新型コロナ専門病院(*4)を設けて中等症から重症まで一括して診てゆくようにすれば、病院クラスターが発生することはかなり防ぐことができたと思います。 大阪府、東京都、神奈川県では既に試みられているようですが、数が足りません。全国の大都市には患者数に応じていくつか専門病院を設けてゆけば有効だったと考えます。そこには国公立病院や公的病院(日赤病院、済生会病院、厚生連病院)から専門医やスタッフを供給して診療してゆきます。医療従事者は交代制にして疲弊しないように配慮します。
また軽快した患者さんはウィルスの発散が無くなった時点で、速やかに自宅療養に戻すか、体力の衰えた方はリハビリ病院へ転送すべきです。重傷者は回復しても相当体力や筋力が衰えていますので、近隣のリハビリをする病院と連携して(*5)転院させ、後療法を継続すれば医療崩壊は防げるはずです。
 日本は国民皆保険制度があり、日頃はとても助かっていますが、この保険医療体制がこのようなパンデミックな感染症には追いついてゆけず、逆に足かせになってしまいました。
病院は診療報酬の収益の中で予防もリハビリもやっていかなければなりません。さらに独立採算制になりますので、収益率の悪い部門はどうしても投資が薄くなりがちです。一時的でもよいので、ここに新たに予算を付けて医療のやりやすい環境を作って頂きたかったですね。
 クリニック(診療所)や民間病院で発熱患者を診ない、あるいは受診要請があっても断るなど問題なった事例が多々ありました。患者さんを救急車に収容したが救急隊員が何十件も電話して受け入れ病院を探すという事がニュースになり、診療拒否ととられて非難の声が上がっていました。クリニックなどでは新型コロナが怖いから嫌がっていた訳ではありません。何の費用も出ず(*6)、感染防御グッズも品薄で手に入らず、完璧でない感染防御態勢で無理して診ても、院内感染やクラスターが発生し、自分が診ていた患者さんや職員に多大な迷惑をかけることになるのを、恐れていた結果だと思います。
 また口では医療従事者に感謝を述べながら、身近なところに新型コロナ感染症の治療にかかわる医療従事者がいると、彼ら彼女らを敬遠したり白眼視したり、その子供や家族にまで通学や通園を拒んだりする風潮があるのも現実です。こうした社会の風潮を皆でなくしていく意識も、感染拡大防止対策をこれからもしっかりと継続していくために、必要です。

*4 新しく病院を作ってもよし、大病院の敷地内に専門病棟を建てるもよし、既存病院を借り上げるもよしです。ここで働く医療従事者が過重労働にならないような配慮が必要です。

*5 東京都墨田区では民間病院との連携が出来ていて既に受け入れ態勢が稼働し、新型コロナ患者のベッドに余裕ができているようです。

*6 今は発熱外来を診療所とは別に作ったり、感染予防のパーティションを設けたりする費用の補助が出るようになりました。

④ 隔離待機患者の管理基準は?
 一時的に赤字になっても新型コロナ病床を確保しておく必要があります。
家庭内感染はなかなか防げるものではありません。入院病床が不足しているため、やむなく自宅あるいはホテルで隔離待機する患者さんが多くいらっしゃいます。しかし、その管理基準がまちまちで明確ではないため、急変して命を落とす方が出てしまったことはとても残念なことです。この病気は本人の自覚症状(*7)とは別に急速に悪化するケースが多々ありますので、隔離待機者には急激な変化をきたした場合に速やかに転送できるよう基準を決めておく必要があります。例えば自覚症状が急変した場合の他に39℃以上の発熱や酸素飽和度95%以下になった場合は、肺炎が急速に悪化していることが想定されますので、いつでも専門病院へ転送し検査や治療を進める必要があります。

*7 自覚症状は本人が感じた主観的な症状を云います。病態が同じでも症状の強く出る方とあまり出ない方がいらっしゃいます。後者は急変して状態が悪化したと云われがちですので客観的な診断基準が必要です。

⑤ 備えと対処はどうだったか?
 PCR検査機器、人工呼吸器、感染防御グッズ(ガウン、手袋、マスク、ゴーグル、消毒用アルコール類など)を、現在とこれからの感染症対策として、シェルター倉庫などに常に備えておくことも必要です。日本人には危機管理意識が不足しています。誰かが助けてくれるという他人依存・他国依存が強く、自ら国や地域を守るという意識がまだ十分に育っていません。備蓄は決して無駄ではなく、必要経費だと考えておく必要があります。
 やはり、PCR陰性者に限って、遠距離移動やGO TO トラベルを許可すべきでした。そうすればこれほどまでに全国に感染が拡散することはなかったと思います。また、せっかく作った国の「接触確認アプリ」をもっと活用できるように義務化するべきでした。濃厚接触者を割り出すのに行動を遡ってトレースすることは、感染拡大を防ぐのにとても有効です。個人のプライバシー保護も大切な権利ですが、国全体を守ることの方がもっと優先度の高い義務だと思います。

 世界では1.2億人以上の人々が感染し、200万人以上の尊い命が失われました。
米国内でも、第一次世界大戦と第二次世界大戦の両方で失われた人命より多い、50万人以上の命が新型コロナで奪われたと云われています。これはとても悲惨なことです。地球は一つです。そこに住む人間も一つです。まず発生国が新しい感染症を見つけたなら、世界に拡散させない公正な判断をして対処すべきでした。すべてで後手になってしまった結果、多くの犠牲者を出してしまい、とても残念なことです。次にまた新しい感染症が発生するでしょうから、この経験を活かして感染輸入国は最大限の防御策を取るべく世界基準を作って対応すべきでしょう。この次はこんな多くの犠牲が出ないようにしたいものです。

⑥ おわりに
 こうしているうちに世界でワクチン接種が始まり、感染者数の増加が減少し始めました。日本でも医療関係者から接種が始まっています。接種の副反応を懸念する報道もありますが、他に防ぐ手段がないのですから自分が感染しない、他人に感染を広めないためにも、こぞってワ
クチン接種を受け、集団免疫をつくるのが最大の防御策だと思います。2回目の緊急事態宣言が出されて約2か月経過し、ある程度感染指数は減ってきたものの、下げ止まりになっています。同じことをしていてもこれ以上、下がりませんので次の一手が必要だと云われています。
是非、参考にして頂きたいものです。
 こう考えながら1年を過ごしてきましたが、今回の教訓が次に発生する新しい輸入感染症に対して有効に反映されることを願ってやみません。

おわり